ニッカウヰスキー余市工場
日本のウィスキーの父と言われる、竹鶴政孝氏が
英国留学から帰ってウィスキー作りに最適の土地、として
探し当てたのが北海道・余市だったそうです。
行くまで「ニッカは辛いからなぁ云々・・・」と言っていたぽちですが、
これ以来「北海道に行く」=「ニッカに行く」という図式が
できあがったようです。
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(なぜかセピアがよく似合う?)
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. JR余市駅から徒歩2分。初めてでも迷いようのないところに余市蒸留所はあります。 . |
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ウィスキーを蒸留する ポットスチル。 竹鶴氏の実家が 造り酒屋だったため、 その習慣を受け継いで しめ縄で結界されて います。 |
竹鶴氏が英国で得たものは、ウィスキー 作りのノウハウだけではなかった! 最愛の奥さま、リタの名をつけた 建物は、今はカフェになっています。 私たちのバックは、ハマナスです。 |
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. 広い敷地を歩き回って、「疲れたなぁ」と思うところに現れるベンチ。 |
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. 隣には、優雅に白鳥が遊ぶ池も。
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おや?誰か覗いていますね? 何か、隠れているような・・・? ここは貯蔵庫のひとつだけれど、 他の使い方もしているところです。 どんな使い方でしょう? |
ニッカウヰスキーの社名は、前身の「大日本果汁」から
きているそうです。
余市や仁木といえば、道内有数のリンゴや梨の産地。
てっきり果物関係の会社が母胎なのだと思っていましたが、
工場を見学して事実は逆だったことがわかりました。
というのは、ウィスキーができあがるまでには
仕込んでから10年はかかる。
竹鶴氏は、売り物ができるまでの10年間、
周囲に豊富な果実を加工することで、従業員の暮らしが
立つようにと考えたのだそうです。
竹鶴氏がこの地を選んだのはこれも重要な
ファクターだったのでしょう。
考えてみれば、余市版タマゴとニワトリ。
今となってはその真実は誰にもわからないのです。