○9月4日(火) その@ 

 恭子は2日ぶり、慶祐に至っては3日ぶりに平らなところでぐっすり眠り、さわやかな朝を

迎えた。慶祐、「アフリカの日の出を撮る。」とカメラを持ち出し、窓を開けたが今日も

あいにくの曇り空で、外気は寒いくらいだ。6:30のケニアはまだシャッターが切れないほど

暗いが、すでに車の往来は激しく、ホテルの真下の公園を行き来する人の姿もある。

慶祐は「腹減った。」と機内食で食べきれず持ってきたパンと都こんぶを出して眺めている。

と、昨日アンジェラがフロントに頼んでいてくれたモーニングコールが鳴る。ナマのオペレーター

さんによるモーニングコールは初体験だ。レストランを見下ろすと、すでに朝食をとっている

人がいるので、今度は堂々と行くことにする。また伝票が回ってきたので、中を見ると、

やはり朝食代の請求だったが、日本円で1,400円見当だったので、≪へぇー、ケニアって

やっぱり物価安いんだ≫と思いながら、これもとりあえずサインしてレジへ行くと、キャッシャー

さんが“こっちにもサインを。”と言う。よく見たら、一人分ずつ2枚の伝票になっていた。

全然安くないじゃないか!!  

 アンジェラは昨日よりカジュアルな格好で、約束より10分前に来た。

首都ナイロビもラッシュはひどく、少しでも早く出た方がいいと言うが、伝票の件があるので

チェックアウトをまだしていないと話して、交渉してもらう。エヘヘー、ワシら英語しゃべれ

へんねん。(何故急に関西人のフリ?…)結局もとの約束の時刻を少し回って、国内線の

ウィルソン空港へ向かう。今日のドライバーはジョージア、車は本物のサファリカーだ。

 市内へ向かうメインストリートはなるほど渋滞している。その分、いろいろ観察できるので、

私たちは困らない。止まっている車を縫うようにして新聞や日用品の類を売り歩いている人が

いるが、見ている限り誰も買っていない。信号か青になる前に中央分離帯や歩道に逃げないと

大変なことになるが、さすがに身のこなしが素早い。昨日に引き続き、道端の花の名を教えて

もらったり、ハゲコウが鈴なりになった街路樹にびっくりしたり(マサイマラでは、ハゲコウは

単独でしか見なかった。間近で見られた一羽も、シャイで車が近寄ると少しずつ動いて背を

向けてしまったので、いちばんハゲコウをよく見られたのはここだった。)しながら、空港に到着。

ケニア全体でのシステムなのか、いずれの施設でも、駐車場の入口でドライバーが現金を支払う。

     

 空港は、いろいろな人でいっぱいだった。飛行機は全てプロペラ機(セスナ)で、タヒチの

エアータクシーのタイプが沢山と、ボラボラのときのような大きなのがひとつ(ただし、これも

ジェットではない)駐機している。空港建物の入口脇に大きな秤がある。アンジェラは、「中で

休んでいてください。トイレはずっと奥です。」と、わざわざトイレまで案内してくれ、その間に外の

秤の係員と長いやりとりをしている。(トイレから戻ってもまだやっていた。)無事話がついたようで、

「今はお客さまが多いから、大きい飛行機ですので、15s全然大丈夫です。」と重ねて言う。

そして、「絶対なくさないでください。」とダメを押して帰りの航空券と、パウチされた紫色の

ボーディングパス、手荷物の数だけの荷物札をくれた。荷物札には、“MPATA SAFARI CLUB

AT KICHWA TEMBO”と書かれている。前半はホテルの名だが、後半は何と読むのかすら

わからないので訊くと、微妙な発音で「キッチュワ テンボ。2つ目で降りてください。」と言われ、

自分たちの降りるエアストリップがそういうところなのだ、とわかったが、2人は「荷物でなく、

人間に付けてほしい」と思う。ドイツ語の観光客の一行が(現地ガイドがついておらず、

自分たちでチェックインしていた)カウンターのお姉さんに“2nd stop. 2nd stop!”と念を

押されている。持っている荷物札は私たちのとは全く違うが、ボーディングパスが紫色なので、

同じ飛行機で同じところで降りるのだろう。 待合室には昨日の日本人アベック、彼らは

ガバナーズと書いた荷物札をつけ、手には緑色のパスを持っている。やがて、エアタクシーの

大きさのが目の前に停止し、青や赤のつなぎを着た作業員が給油や整備をし始め、真っ黒な

ミラーのサングラスをかけた白人のパイロットが乗り込むと、待合室に放送が入った。

なんとかかんとかー、グリーン!”(タヒチの旅行記と同じ表記ですいません。)同胞よ、

さようなら。建物に残った黄色人種は、私たちだけになってしまった。 さらに十数分待つと、

大きい飛行機がこちらに移動し、パープルが呼ばれたので、アンジェラにお礼を言い、

「また土曜日によろしく。」と言うと、「帰りはまた違う人来ます。ハイ、乗り遅れないで

ください。」とサバサバ送り出されてしまった。

タラップの下に、さっきカウンターにいたお姉さんがいて、ボーディングパスを回収する。

機内は40人も乗れるだろうか。お姉さんはそのままスチュワーデスに早変わりし、

シートベルトと荷物棚のチェックをすると、バスケットを持ってキャンディーのサービスを

してくれた。客室のチェック終了を機長に告げ、なぜか操縦室のドアを、ぶらぶら

開けっ放しにして離陸。

機内の内装は、意外としっかりしているし、ヘッドレストにも使い捨ての新しいカバーが

かかっているが、ふと見ると窓ガラスのにくもの巣がある!?

 40分ほどで最初の着陸、客が降りるとスチュワーデスさんが名簿片手に

乗客の数を確認する。機内放送が入り、“なんとかかんとかー、キチャテンボ。”と言って

いるので、えっ、2番目じゃなかったの!? と不安になる。2人とも荷物札を荷物の精一杯

上の方につけなおし、スチュワーデスさんに見えるように表に向けておくが、スチュワーデス

さんは何も言わず、見るそぶりもせず通過。そして、後方に座っていた客をうながして

降ろすと、新しい客が搭乗してきた。さっきの放送は何だったんだろう。日本式の、

「次はー、キチャテンボ、キチャテンボでございます。」式の内容だったのだろうか?

 とりあえず、再び離陸、こんどはわずか5分ほどで飛行機の足が出た。陸が

近づいたところで数頭のトムソンガゼルが走って逃げていくのが見え、感激する。

チャチャマンボのリズムで「キッチャテンボ、キチャテンボ♪」と浮かれる2人。  

     

 キチャテンボエアストリップは、サバンナのそこだけ草を刈りました、という感じの

スペースだった。何台ものサファリカーが並んでおり、その前にはスーツケースを持った

観光客が大勢立って、泣きそうな顔でこっちを見ていた。(半分は強い太陽光線のせい

でしょう。)5日後は自分たちがこうなるんだな、と早くも寂しい気分になる。タラップを

降りると、ローカルの女性が、「カワシマさん? こちらです。」と一台の車に案内してくれ、

ドライバーさんと荷物を積み終わると「行きましょう。」車が発進すると突然“Do you speak

English?”いきなり英語になってしまった。ドライバーさんが引き取って、早速自己紹介、

「ジェイムスです。」と言って、次の日本語を一生懸命探しているよう。恭子、カバンから

ムパタ・サファリクラブの日本人スタッフ、加藤さんのHPをプリントアウトした写真を出し、

「あなたのこと知ってる。ジェイムス・ンジュグナさんでしょ。」と言うと、ジェイムスびっくりした

顔で振り返るので、プリントを見せてあげると“オワッ!? It's me!!”前の2人が

大興奮状態になってしまった。“加藤さんが、インターネットでムパタのドライバーを

紹介しているのよ。ジェイムスは、一番若くて、勉強家で、日本語がとても上手、って

書いてあるよ。”と英語で言うと、照れながら大喜びで“アサンテ・サーナThank you)”を

連発。でも、インターネットやHPは2人とも何のことだかわからない様子だった。

      

 車は、一面の草原(秋の川原のようなイメージだ。)の中をのびる一本道を、かなりのスピード

で走る。道は思ったほど悪くなく、常時つかまっている必要は全然ない。(むしろ、クラクション

鳴らしてつっ走り、手足を突っ張っていても首がおかしくなるバリの舗装道路の方が辛い。)

土は、確かにナイロビより赤い。また、おもしろい草が沢山生えている。茎の部分に丸い実の

ようなものがいっぱいついている草や、黄色い丸いナスがなっているのが、そこらじゅうの

道路脇に生えている。しばらく行くと、急に道路の左右が開けたようになり、路肩に

チョウセンアサガオが植樹帯のように並んでいるところに来て、むこうから真っ黄色の

鮮やかな盛装で、マサイのモラン(戦士)が一人、悠々と歩いてきた。最高の被写体なの

だが、当然マサイは撮影禁止(車に乗って一番先にジェイムスが注意したのは、

動物と自然は撮ってよいが、人と建物は絶対ダメ。ok?”2人を交互に見て念を押した。)

ジェイムスは車をポレポレ(ゆっくり)走らせてくれた。モランはこっちをじっと見つめ、全く

無表情なので気圧されてしまう。さらに、写真でよく見る赤地にチェックの毛布をまとった

男が一人、あるいは数人で自転車(!)をこいでいくのに何回か出会った。前の女性が、

マサイの商店で扱う炭を買いに行くのです。3時間かけて行くんですよ。”と教えてくれた。

いくつか質問をして教えてもらったことには、彼らは大雨でも乾季でも、毎日毎日山を越えて

炭を運んでおり、自転車のない頃は一日がかりの仕事だったのだそうだ。自転車の買える人

は、豊かなことの象徴という。  

     

 お目当ての動物は、ずっと遠目にバッファローの大群、ゴマ粒のようで形まではわからないが、

雄大な自然に感激していると突然、目の前の道路を横切る形でシマウマの群が出現、2人とも

度胆を抜かれるとはこのことだろう。慶祐、大慌てでカメラを組み立てる。ジェイムスはにっこり

して待っていてくれる。シマウマは、信号が変わらないうちに(こういう言い方は、ドライバーさん

たちが好んで使うジョークだった。)道を渡り、道端からこっちをじっと見ていた。生後2、3ヶ月の

仔ウマもいる。かわいいし、きれいだし、大興奮で「すごーい!」しか言葉の出ない2人に、

ジェイムスが「カワイイねー。」と追加。日本人は「すごーい」と「かわいいー」しか言わないそうだ。

(そりゃ、そうだろうな。)ジェイムスが“サワサワ”(finished、もういいよ、の意)という

スワヒリ語を教えてくれた。マサイの店や学校などが建ち並ぶ、人間の生活しているエリアの

すぐ近くでは、コブ牛が道を占領していて逃げる様子が全くない。少しずつ追い払うように

ポレポレ進みながら、脇をすり抜ける。牛飼いらしき人の姿は、私たちの視力の届く範囲には

見あたらない。  MPATA SAFARI CLUB10q→ と書いた看板を発見。ムパタは丘の上に

あり、サファリをするマサイマラ・ナショナル・リザーブ(NR)まで車で30分かかるのが難点、

と誰かのHPに書かれていたが、今までの道のどこまでがNRで、どこから一般道になったのか、

気づかなかった。今ここの道幅は確かに広いし、道らしく平らだが、最初のマサイの炭屋さん

に会ったのは確かシマウマの前だったし…と考えると、野生動物がこんなに人間の近くにいて

いーのだろーか?とうれしい困惑をしているうちに、右手にある沼で、バブーンの親子が水を

飲んでいた。バブーンも想像していたよりずっと小さい。これをバブーン池と名付け、滞在中

ランドマークとして使った。 ジェイムスが“もうすぐ着く”と無線で連絡して、やがて大きな

木製の門に来ると、門番さんが出てきて、ジェイムスがバインダーを渡して中に入る。

エントランスには件の加藤さんが、HPで見たとおりのサファリスーツで迎えてくれた。

「説明しますので、ここに座って少しお待ちください。」と沢山のソファへ案内してくれ、そこへ

冷たいウェルカムドリンクがサービスされた。歩いているゲストはみな日本人。一人の女性が、

今朝のサファリで首がムチウチのようになってしまって痛い、と加藤さんに訴えている。

加藤さんが、「筋肉痛が2、3日して出る人も多いですよ。あんまりひどければ、氷も用意

しますから。」と答えているところに通りかかった男性が、「あ、ボク整体やってるんで、

よかったら見ましょうか?」と言い、加藤さんが「よかった、助かります。」…この様子を見て、

ちょっと不安になる恭子。これから5日、朝晩2回の苦行に耐えられるのだろうか…。

     

 オリエンテーションの前に、部屋のグレードアップを訊いてみる。ANAのパンフレットには、

ジャグジーつきのスイートルームは48,000円のアップだと書いてあったので、タヒチは

お風呂がなかったのが唯一の欠点、という慶祐のため、ANAに申し込もうとすると、

一人あたり48,000円のアップだという答えだったので、即座に却下したのだった。

しかし、他のいろいろな情報から、室料自体はそんなにしないと判断し、行ってから交渉

しようと思っていたのだ。果たして加藤さんは、「お二人で一泊100米j、空いていれば

変更できますよ。」と、すぐ変更の手続きをしてくれた。(ANAには、旅行代理店を通してと、

自分で日を変えて三度、この料金のことを確認したが、いずれも最初ルームチャージだといい、

後で電話してきて「パンフレットの表記が紛らわしくて申し訳ありませんが、一人あたりの

追加代金です。」という答えだった。ちょっと儲け過ぎじゃありませんか、ANAさん!?)

     

 加藤さんはとても細やかな心配りで、お腹の調子が整わない、と言う慶祐に「お腹痛いとき

は言ってください。おかゆも用意できますし、ドクターもいますから。」と言ってくださる。

慶祐は「イエ、いつものことなんで。」と慌てて答えた。ベルボーイが来て、部屋へ案内

してもらう。6号室、よかった、サバンナに面した側の部屋だ。 部屋中の説明を受け、慶祐、

二度目のチップ体験「だいぶ慣れた」。早速部屋の写真を撮りまくる慶祐、部屋と外の風景

(主に雲)を狙っている。ナイロビでもずいぶん撮っていたようだけど、全部で20本しかフィルム

持ってこなかったのに大丈夫なのかしら、と心配する恭子。(出発前、「一日10本計算だな。」

と言っているのを聞いていたので、シンガポールの空港でも「フィルム売ってるよ…」と

言っていた恭子だった。)荷物を片づけようと、部屋中の引き出しを開けまくる恭子。

このロッジはアーティスティックでおもしろいのだが、使い勝手という点では大変よろしくない。

引き出しも作りつけの関係で渋かったり、デザイン上の問題から、奥が丸くなっていたり

見た目より小さかったりした。しかし、荷物自体の多い旅ではないので、ハクナマタタ。

荷物を片づけると、昼食へ。途中で加藤さんの所に寄り、さっきの女性に渡してもらおうと

成田でもらったアイシング2パックと、機内でもらった一昨日の朝日新聞を渡す。

加藤さん、歌舞伎町の大ビル火災にビックリしている。「日本のニュース、貴重ですよ。」

と言って、広げて読んでくれている。

レストランの客はオール日本人、席には“Reserved KAWASHIMA×2 No.6”のカードがあり、

ウェイターのフランシスが満面の笑みで迎えてくれる。彼の笑顔とホスピタリティーは最高

だった。彼の、ゲストに奉仕する姿、ゲストに楽しんでもらうことに全力で取り組む姿から、

彼の大陸の人々が奴隷とさせられてしまった悲しい原因がわかるような気がした。しかし、

今、彼はその持つ最高のホスピタリティーを以て、接客業のプロとして勤めている。これぞ

天職ということだ! 客が少ないので、ビュフェも小規模だったが、コックさんが2人ついて

料理の説明をする。今日はチャイニーズのメニューが2、3出ており、“あら、中華じゃない。

大好き。”と言うと“中華料理を知っているのか。おススメだよ。”と自ら取り分けてくれ、

デザートを取りに行ったときに“おいしかったよ。”と言うと、自分ごとのように、よかった、

と喜んでくれた。重ね重ね、このローカルの人々の暖かさ。かなり時間がたってから、

私たちの後ろのテーブルに日本人の男性が一人来たので、さっきの整体師さんといい、

一人で旅する男性も多いんだな、と思っていたら加藤さんだった。 隣のテーブルのカップルが、

食事を終えて席を立ったが、椅子の背に通したルームキーを置いていってしまった。

各ロッジはレストランから離れているが、指定席なのでウェイターさんたちも悠然として、

そのままにしている。およそ5分もしてから、2人が戻ってきた。昼だからいいが、夜だったら

暗いので大変だったろう。