| ○9月4日(火)−そのA 夕方のサファリは3時出発なので、意外と忙しい。セーフティーボックスに預けるものを まとめて早めにさっきのソファへ。セーフティーボックスのカギをもらうと、慶祐はトランクの カギと一緒にして、首からぶら下げた。初めてのサファリなので、どういう格好をしたらいい のか見当がつかないが、とりあえずTシャツのまま、ジャンパーを持って行く。恭子は 迷ったが、使い捨てコンタクトをして、サングラスとメガネ、双眼鏡を持つ、というワレモノ 重装備になった。(その後、一つずつ持ち物は減り、最後はコンタクトをして双眼鏡だけ ぶら下げる、というスタイルに落ち着く。)慶祐はほとんど機内持込手荷物のまま、という やはり重装備だった。(こちらもその後、カメラをカバーごと持ち、あとは魚釣用のベストに 細々入れる、という身軽なスタイルになった。)集合場所のソファには、赤い毛布のマサイが 3、4人いて、お茶を飲んでいた。彼らはムパタの地主さんとのことで、丁寧にもてなされて いるのだとか。加藤さんがゲストの名前を読み上げ、6人ずつでドライバーさんの名前を 聞いて車へ。私たちは、関西弁の女の子のペアと、色白の姉妹とで組になり、ウィリアムの 車になった。 車は屋根が四角く切り取られた形で大きく開いているが、一番後ろに座った 私たちは前の方に身を乗り出して立ち上がらないと頭が出ない。だからといって、頭が 日陰に入るほどではないので、この席はハズレだった。慶祐は大荷物を置けるベンチシート なのでここでいい、と言うが恭子は走り出してすぐ「明日からは最後に乗ろう!」と主張した。 バブーン池あたりまで来ると、急にパラパラと雨が落ち始め、ウィリアムが幌をかけてくれる。 車を降りて外側のスナップをとめ、最後に室内側から木のつっかえ棒を入れて張りを出す。 ウィリアムは、すれ違うマサイには手を挙げて挨拶する。NRの入口にはゲートがあり、 やる気のないマサイのお土産屋が商品を並べた後ろに座り込んでいる。関西の お姉ちゃんが、「アトデ〜」「ミルダケ〜」と言っているが、逆に向こうが全く無視している。 ロッジの宿泊客は相手にしないということか。
ゲートからしばらく走ると、単独オスの象、ライラック・ブレステッド・ローラ(ライラックニシ ブッポウソウ)の美しい姿を見つける。雨が上がったので幌をはずし、木の骨はみんなで 足元を譲り合ってしまう。(最初はどこにあったのだろう。全然気にならなかった。) さらに走り、カンムリヅルとシロエリコウ(ウィリアムは“サンドリなんとか”と言い、 後で加藤さんに訊いてシロエリコウの名がわかったが、持っていった本には載っておらず、 帰国して『東アフリカの鳥』という本も見たが、「シロエリコウ」は出ていなかった。似た鳥で、 いずれの本にも出ているのが「クラハシコウ」だが、この時撮った写真を見ても、クラハシ コウの特徴ある嘴の模様が確認できないので、『Bird』(いろいろな写真で見るガイドさんが、 皆手にしている本)を元にした加藤さんの言うのが正しいのだろう。)が遠くの方に一羽ずつ 立っているのが見える。 続いて、象のファミリーが2、3グループ、トピが座っている。 野生のイボイノシシ初見参。仔は生後一ヶ月くらいとのことだが、すでに一頭しか残っていない。 親はわだちに沿ってなぜか前足を折って食べながら前に進んでいく。ダチョウ(オス1、メス3)の 群れ、トムソンガゼル、シルバーバックジャッカル(これはウィリアムに確認したが、ブラック バックではないと言う。帰国後調べたら、和名セグロジャッカル、英名シルバーバックまたは ブラックバック、となっていたが、あの時ウィリアムはきっぱり“different”と言った。 あとでも同じようなのが出てくるが、現地の人が長年培ってきた動物を見分ける方法は、 “文明人”には気づかないことまで使っているような気がした。)と見ながら、早くもライオンに 行き当たった。大きなオス2頭、メス3頭のプライドで、ちょうどメスは狩りに出かけるところ だった。「すごーい」を連発しながら進むうち、また雨がポツポツ降り出したが、全員見る方が 優先なので、誰も幌は所望しない。右の後ろ足を傷めていて、びっこを引きながら逃げる ジャッカル。彼の怪我は、命を脅かさないだろうか。…と、他人(?)の心配をしている間に、 車のワイパーが破損してしまった。しかし、この時はまだ笑っていられた。 左右のワイパーが交叉して、動かなくなってしまい、ウィリアムが無理無理曲げて、左の ワイパーは起こしたままにして“better.”と納得して走り出したのだが…(ちなみに、 この車のワイパーは、かつて何度かこのやり方で調整したらしく、グニャグニャに曲がって いた。)。まだ太陽の明るさ残る中、キリンの親子連れを発見。結局この5日間で、この時 しかキリンの親子には会えなかったのだが、まだ先は長いし、慶祐はまだこの日は シャッターチャンスが終わるといちいちカメラを分解してカバンにしまっていたので、 面倒くさいのと、やはり頭を出しづらいこの席のせいで、(見るものはどうしても車の前方が 多いので、前の席の4人が立ち上がると、私たちは人の頭しか見えなくなってしまう。当然、 ファインダーにも人の頭が入ってしまうので、前の人の「キャー」が済むまで待っていなくては ならず、2人ともすでにシマウマやガゼルでは立ち上がらなくなっていた。なお、この席が 良くないことは皆わかっていたので、毎回交替で席を替わり、全員仲良く頭を最低1回ずつ ぶつけた。)愛らしいキリンの仔の写真は、ない。しばらくレイヨウ類など見ながら走り、チーター 親子に出会う。美しい模様とスタイルは、息をのむほど。中型のサギ類がいるが、ウィリアムは 鳥については訊けば必ずその名を答えてくれるが、こちらから声を掛けない限り停まって くれなかった。日本人観光客は鳥には目が行かないのだろうか。そのうち、急にすごい雨で、 再び屋根に幌をかけるが、ライオンのすぐ前なので、車内から。遠くで稲妻が走る。ものすごい 雨の中を帰るが、次第にまっ暗になり、それと同調するようにエンジンの音が少しずつ重く なっていく。「なんか、エンジンの音、変じゃない?」と2人言いあうが、初めてのサファリで 初めての車のことなので、今ひとつ危機感につながらない。ウィリアムは無線で仲間の車と 連絡をとりながら、ぬかるんですでにわだちに水のたまった道路を、慎重に進めていく。ゲストの 6人は、最初のうちは単なる帰り道、とそれぞれにおしゃべりを楽しんでいたが、ウィリアムが ガチャガチャとかなり乱暴に無線のバンドを切り替える様子や、プレストークボタンを押しっぱなし で話しながらハンドルを回す姿に、少しずつ何かおかしい、と気づき、やや寡黙になってきた。 ウィリアムは“ポレポレ、ハクナマタタ”と私たちを心配させまいとして声をかける。私たちが 心配しても何の足しにもならないし、ウィリアムにも余計な心遣いをさせないためにも、 おしゃべりを再開し、真ん中の席の色白の妹が慶祐に「すごいカメラですね、カメラのこと 教えてください。」と話しかけてきてくれたので、シャイな慶祐一転、教えまくりとなった。 最前列の関西弁の2人は、ウィリアムがまっ暗な大雨の中を、片方だけのワイパーで前屈み にゆっくり車を進める姿を、「いやや、道わからへんのとちゃう?」「迷子になったんやわ。」と 判断して、心配している。ウィリアムの無線の声はかはり緊迫してきた。車内で雨漏りが 始まったが、少しずつぬれないように各自移動するだけで、ウィリアムが振り返っても “No-、no-、ハクナマタタ!”と合唱。ついにウィリアムが車を停め、ボンネットの横から のぞき込み、再びスタートしたが、ガラガラ音がし出して、ウィリアム再度エンジンを 止めた。やがて、先行していた車までポレポレ追いついて、“この車は仲間が引き取りに 来るから、狭いけど前の車に乗り換えてくれ。”とのこと。ウィリアムが一人ずつの手を 取って車から降ろしてくれ、しきりと“I'm sorry.”を繰り返す。 むしろ一人残る彼の方が心配だが、ここでも英語力のなさが災いして、何も言って あげられない。慶祐も、「道具がないし、すでにデフがいっちゃってるから、部品がないと どうしようもない。」と手伝いを申し出られる状態ではなく、2人とも大いに心を残しつつ、 大雨の中、手を振るウィリアムを置いて、前の車に移った。皆つめ合って座るが、最後に 乗った恭子は、慶祐の膝の上へ。「マタトゥ(ケニアの乗合自動車)のようだ。」と冗談を 飛ばしながら、新型の揺れの少ない車で、7:10、予定より40分遅れて帰着する。 こちらのドライバーはウィリアムより若く、一行の中に英語の堪能な人がいるのもあってか、 笑い声をたてながら明るく振る舞っている。遅くなったこととすし詰めなことを詫びていたが、 暗くなってから帰ったおかげで、夜行性のノウサギを見ることができてラッキーだった。
部屋に戻るなり、慶祐おなら連発。「ガマンしているところに恭子ちゃんが押すから、 辛かった。」とのたまう。シャワーを浴びて、ジャグジーへ。雨のせいもあってか、かなり 寒いのでジャグジーのある部屋に替えてもらったのは大正解。夕食は、今日の大猟を祝って、 慶祐、赤ワインを注文する。ステージでは、さっきオプショナルツアーのシシリ(楽器)作りを 教えていた人が、歌い、奏でている。初めて耳にする音色とリズム。歌がひと息したところで 拍手するのだが、そのまま終わりそうだったシシリが次のイントロにつながってゆく、というのか、 歌い出しが曲の途中のような感じなので、実は私たちの拍手のポイントがずれていたのかも しれない。(最後はポツンといきなり音が切れて終わった。)続いて、音感のバッチリなギターの 男性デュオ、そしてマサイのダンスショー。一列になって、前から2番目の人が太鼓を持っている。 恭子の弟がはまっているジェンベ(西アフリカの太鼓)とは形が全く違うが、いろいろな音を ひとつの太鼓で打ち分ける、音の出し方が似ている。何曲か歌い踊ると、そのまま踊りながら 外へ、太鼓の音はフェイドアウトしていった。(後日加藤さんに訊くと、あのまま村まで帰るのだ そうだ。)滞在中、ショーのあったのはこの晩だけだった。一日の疲れとワインとで、部屋に戻る と恭子はそのままバタンキュー。慶祐は成田から遠路運んできたウィスキーでご満悦。夜は 本当に寒く、なるほどこれでは蚊もいないはずだ。メイクされたベッドの中には、湯たんぽが!! これが大変ありがたく、これを言葉で表すと、 慶祐「ホケホケフニフニ」 恭子「ほにゃぁ〜」 不思議なことに、この湯たんぽは、翌朝まで冷めることなく温かなのでした。 |