| ○9月9日(日)
ドバイでは、乗継客用のゲートなので、飛行機を降りたとたんにまた金属探知機を くぐらねばならず、おかしな気持ちだ。ここで慶祐がまたつかまってしまうが、 係員が“こっちへ”と言ったとたん、慶祐に続いて通ってきたアラブ系の男性の一団が 次々とキンコンカンコン鳴り、慶祐は放っぽっておかれるので、「行こ、行こ。」と そのまま行く。首からナイフぶら下げて北海道行ったときと同じだ。行きと同じパターンの 乗り換えだが、今回は2時間ほどしかないので忙しいな、と思っていると、 大混雑のトランジットカウンターで何やら変なチケットを3枚、書きこんで渡された。 字も読めないし、よくわからないので、とりあえず“When? Where?”とだけ訊くと、 紙に貼られたシールを指して、17と19のゲートの間に行け、と言う。よく見ると、 それぞれには“Refreshment”“Morning”“Lunch”と書いてある。え?ということは、 delayなわけ?どこまでもムッとしている慶祐とともに、出発の案内表示画面を見るが、 そんなことは書かれていない。EK68便メルボルン行き(この行き先も、行きと同じで 教えてもらっていないので、不安になる。また、あとで出てくるが、綴じられたしおりには シンガポールの入国書類のことが何も書かれていなかったので、これも混乱のもとに なった。全く英語が話せず、海外旅行の経験が少ない人は、このコースには申し 込まない、ということか。二人だけで心細い思いをすることの多い旅だった。)remark欄 は空欄である。ということは、単なる航空会社のサービスか?とりあえず、飲み物だけ 飲もうか、と指定のレストランへ。Refreshmentのチケットを入り口の係員に出すと、 “ディナーじゃないのか?それとも、モーニングのチケットは持っていないのか?”と 訊くので、“これではダメか”と言うと、“それだけでいいのか?”と重ねて訊いてきた。 奥まった関に案内されると、今度はウェイターさんが“ペプシとチキンサンドイッチで いいか?”と心配そうに訊く。確かに、周りの人は夜中の1時だというのに、ビュフェで もりもり食べている。かなり待たされて、ペプシの缶にストローを挿して持ってきてくれた。 久々に、本当にバリディーの飲み物を飲む。同時にスライスしたフルーツケーキに 粉砂糖を飾ったものが来るが、甘いものはとても食べられない。さらに待たされて、 本当にたった今洗って刻んだばかり、というパリッパリのサラダと、作り立ての サンドイッチが来た。新鮮な野菜が身体にしみるが、慶祐はブスッと「日本のパンが おいしいのがよくわかった。周りの人が臭いから出よう。」と言ってすぐ席を立ってしまう。 全くの言いがかりだが、こういうときの慶祐は自分でも持て余しているので、時間も あまり無いし、従うしかない。しかし、ロビーのいすには横になって眠っている人が いるので座れない。慶祐がトイレに行き、「インド人が洗面所で体を洗っていた。」 (ここの水は、ご存知の通り温水だ。)と報告する。恭子もトイレに行きがてら、行きに 目をつけておいたペルシャじゅうたんを大急ぎで10枚選ぶが、レジの女性がT/Cから 米ドルでおつりを出す方法がわからず、電話をかけたりレジのコンピュータと格闘して すごく時間を取られてしまい、恭子が走って慶祐のもとに戻ると「もうみんな 乗っちゃってるよ(これも言いがかり)。買った物早くこっちのカバンに入れなさい。」 と憮然としているのだった。
こんどの飛行機は、やはりイコニの配慮で、スクリーンの前の、足元の広い席だったので、 とても楽だった。2人ともぐっすり眠り、シンガポールへ。シンガポール入国で、また ひと悶着、機内で入国カードも配らないし、前述の通りしおりにもシンガポールの入国方法 についてひとことも書いていないので、(別のプリントに書かれていたのに後で気づいた。) カードの無い国なのかと思って入国審査へ行くと、係員の人のよさそうなおばさんに 即刻戻される。辞書はトランクの中だし、記入見本も無いし、慶祐はブリブリだし、という 最悪の条件の中で、それでもなんとか書き上げて無事入国。出迎えの係員 (恭子の弟に似ている←二人の感想)も「ハヤクしてください。」と言うし、到着自体が 20分以上遅れていたので、シンガポールの滞在時間が少なくなってしまう、と 関空組の皆さんにも申し訳なかった。ホテルに向かう途中、「マーライオン公園には、 タクシーで行けばいいですか?」と訊くと、「あー、がっかりね。歩いて散歩にはちょうどいい。 でも、他のところに行った方がいい。」とのこと。アフリカでホスピタリティー120%の ガイドさんたちに接してきた身には、アジア系はいつに増して冷たく感じてしまう。 彼は、「皆さんシンガポールドル持ってますか?夕飯のとき、飲み物飲むのに、ゼニない人、 どうしますか?」と案内なのか脅迫なのかわからないことを言う。一行は困ったように顔を 見合わせ、ナイロビでISLE席を取ってくれといった人が、「でも、カードは使えるでしょう!?」 とちょっと怒ったように言うと、「あー、カードあれば大丈夫ねー。」 彼は彼なりのペースがあり、やはり悪い人ではないのだと理解しよう。 ホテルに入り、まずお風呂へ。シャワーブースが独立しており、広くてきれいなバスルームで 文字どおり旅の垢を落とす。恭子はコンタクトをはずしているのでよく見えず、「泡立ちの 悪い石けんだなぁ」と思い、石けんを追加して体を洗っておしまいにしたが、慶祐によると、 「タオルが物干し竿を拭いたように真っ黒になった。(この適切な表現! いかに普段 洗濯をしているかがわかる。)あのタオルはもう使えないだろう。」とのこと。 久々に熱めのお湯をたっぷり張ったバスにつかり、心身ともにサッパリしたので、 マーライオン公園に行ってみることにした。行きのANAでもらった簡単な地図を持って、 いきなり歩き始める慶祐。「ちゃんとホテルの位置を確かめてから」と恭子が地図を見ると、 全く逆方向へ歩き出していたことがわかって、セーフ。全く日本あんぽんたん連盟だ。 横断歩道は、ゼブラのペイントになっているところは常時渡ってよいらしいが、 信号機のあるところは歩道の幅に白線が引かれているだけで、押ボタンの ついているものもある。いずれにせよ、青(横断開始可)は数秒で、点滅しているうちに 渡りきるのはちょっと早足が必要だ。中学の英語の教科書にあった、 clean and green countryなんて、大ウソ。吸殻や紙くず、お菓子の袋など、 歩道や植え込みにいっぱい散らばっているので、恭子は「証拠写真を撮ろう。」と言うが 慶祐が「そんなもの撮らなくても…。」と引き戻してくれる。マーライオンが見えてきた。 恭子は、「はー、あれか。思ったより大きいじゃん。」と思った。実は、恭子は、大きな マーライオンは陸から見えないと勘違いしており、今見えているのが小さい方なのだと 思っていたのだ。期待にたがわぬがっかりさに満足し、(複雑な思いだ。)ホテルの隣の 免税店へ。慶祐、ギャラリア初体験、1階でお決まりのテングを買う。(しかし案の定、 帰国後見たら成田の消費税のかかる売店の方が安かった。) ホテルへ戻り、夕食は スチームボート。2人とも初めてだが、要するに水炊き食べ放題だ。JAPANESE SOY SAUSEにライムを絞り、ポン酢完成。慶介は、ネギととても辛いピリピリ(生の唐辛子)を 入れる。本当に辛くて、目からも汗が出るという初めての体験をした。(なお、帰国後も お尻で再体験したらしい。)ギターデュオがリクエストを受けながら、テーブルを回っている。 私たちのところへ来たら、ジャンボブアナをリクエストしようと思っていたが、その前に 彼らの持ち時間が終ったらしく、来なかった。残念。ナベは大変おいしく、これ以上 入らない、という程食べた。さらにデザートも食べた。帰りは、食いしごきの旅である。 また時間に追われて部屋に戻り、シンガポールのコインがないので、部屋から東京に とりあえず無事の電話をかけた。すぐ荷物をまとめ、チェックアウトする。最初にチェック インした団体カウンターに行くと、集合時間の5分前だったのに、関空組がおらず、 《みんなのんびりだなぁ》と思ったが、恭子が“チェックアウトお願いします”とカウンターに 声をかけたとたん、ロビーのあちこちにいたほかのメンバーが次々後ろに並んだ。 (何していたんだろう。) 迎えにきてくれた人は、また別の人だった。隣のホテルに寄って、 他の客(シンガポールお買い物ツアーのOL2人組、すごい荷物で積み下ろしに手間どる。) をピックアップし、チャンギ空港へ。慶祐はのどが乾いて、ジューススタンドに行きたがるが、 ホテルのおつりでもらったのは49セント。いちばん安いカップベンダーの自販機でも 60セントなので、横にあった冷水機で水を汲んでガマンする。「えっ、これも税金戻って くるの?アリガトウ!」と叫びながら駈けてゆくおばさんがいたり、英語で何度か呼び 出され、ついに日本語で「お急ぎ搭乗口まで。」と放送されている日本人に、慶祐はまた ムッとしている。 23:00過ぎ、酔い止めの眠気と戦いながら搭乗口へ行くと、 「いらっしゃいませ。」の日本語に迎えられ、「日本語だぁー」とホッとする2人だった。 機内はとても空いていて(50%以下か)、水平飛行になったら移動してよいと言われる が、慶祐はやっぱり依怙地になっていて「いい。」と言うので、恭子は遠慮なく横になって、 ぐっすり眠る。 |