02年大阪→東京 <第3日目>

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8月12日(月) 晴れ



ルート
 名古屋→浜松

走行距離
  100Km

宿泊
 浜名湖渚園(キャンプ場)

食事
 【朝食】コンビ二(パンなど)
 【昼食】きしめん定食
 【夕食】自炊(ハヤシライス他)


 <第3日目> 座り込んだまま長い間じっと眺めていた

 ヒザの痛みは昨日1日の休養ですっかり治っていたので朝8時半、とりあえず浜松に向けて出発することにした。
 ホテルのそばのコンビニで朝飯を食べながらサドルの高さを調整した。高さが微妙に合っていなかったからだ。
アーレンキー(六角レンチのこと)でぐいぐいネジを締めつけていると突然シートピンが「キュンッ!」という気の抜けた音と共に弾けとんでしまった。
要はネジを締めすぎてネジが壊れてしまったのだ。
(あぁ神よ、どうして私の旅はこうも複雑化していくのでしょう・・・)

 こうなったらもうお手上げで自転車屋に行って部品を交換してもらわないといけない。しかし現在時刻は朝8時。そんな時間から開いている奇特な自転車屋などあろうはずもない。仕方なくここから先数時間、自転車屋で修理してもらうまで立ちこぎではしることになる。気分は立たされ坊主といったところか。
 おしりフリフリしながらの立ちこぎで走り、自転車屋を見つて修理してもらった後は国道1号線ぞい(いわゆる東海道)にずっと南東に走っていく。名古屋から浜松あたりまでは約100kmほどだ。1日走るにはちょうどいい距離。

 途中、うどん屋で昼食を食べた。今日で愛知県ともお別れなので最後の記念に今回二杯目のきしめんを食べた。 前回はぶっかけ風だったが今回はつゆに入ったやつ。つゆの上にどばっとかつおぶしがのっていてかなり風味豊か。
 旅の途中、その土地土地で特有のものを食べるというのは旅の楽しみのひとつである。しかし、残念なことに私は極度の「あじ音痴」で、何を食べてもおいしく感じてしまう。だから今回食べたきしめんもどうおいしかったのかと聞かれると非常に困ってしまう。じっさい駅で食べる立ち食いうどんとどちらがおいしいかよくわからない。どっちもすごくおいしいからである。
 よく人は私のことを「うまい味を知らないかわいそうな奴」というのだが、これがどうして、そんなことはない。逆にとてもとても幸せであると思う。何せ出会う味のほとんどがおいしいのだから・・・

昼食後も1号線をひたすら真っ直ぐ走っていく。ほとんど平坦な道なのだが、ここでまたもやトラブル。
またもやヒザが痛くなってきたのである。すぐに走行を中止したかったのだが悪いことにその辺りにはキャンプ場がまったくなく、(あるのかもしれないが私のキャンプ場の本には載ってなかった)浜名湖あたりまでいくほかはなかった。

 ノロノロと走り、途中自転車を止めて写真を撮っていたら後ろから1台の自転車が追いついてきた。僕を少し通り過ぎた辺りで止まり、「こんにちは」

大学で自転車部に所属するニシヤマ青年
(大阪出身)

しばらく彼にドラフティングさせてもらった
 
大学で自転車部に所属している大阪出身のニシヤマ青年。これから合宿とのこと。 行く方向が同じだったので一緒に走ることにした。(とはいっても私はヒザ痛だったのでずっとドラフティングさせてもらっていたのだが…) 30分ぐらいだっただろうか、途中で別れてまた一人になった。

自転車で日本一周中のサカエさん
(大阪出身)
 ニシヤマ青年と別れて1時間ほどした頃、今度は反対側から走ってきたこれまた自転車野郎とすれ違った。彼もまた大阪出身。
日本一周の最中だそうで、大阪から北へ向けて旅立ち、北海道まで行って折り返し、現在南下しているとのこと。三ヶ月で日本一周するそうだ。自転車旅行中の人としては珍しくとてもこぎれいでオシャレな男だった。
(左の写真を見るとわかるように、彼はピースでさえオシャレだ。それにひきかえ私といったらやたらにもうオッサンくさいピースだ)
彼と記念撮影、写真の撮りあいっこをしていると近くのガソリンスタンドのおっさんがでてきて「一緒に写真とったろか?」といって撮ってくれた。
 今までの旅で自転車旅の人と出会ったことはほとんどなかったのだが、今回はよく出会った。やはり東海道というメジャー路線だとこうなるのだろうか。
15分ほど彼と立ち話をしてお互いの通ってきた道などの情報交換をして別れた。(彼は箱根峠をさけて山梨の方から来たとのこと。箱根の情報はきけず)
 午後3時ごろになってようやく県境までたどりつき見事愛知県脱出。そして静岡県へ突入。
ちょうど県境のところで長いトンネルがあり、そこを抜けると目の前に海が開けた!今夏初めてみる海。

 この辺りの海では遊泳している人はほとんどおらず、海辺にいる人はほとんどがサーファー。おそらく波がきつすぎて泳げないからだろうけれど、関西周辺の海といったらサーファーなんてほとんどいないので私にとってはその光景がめずらしく、座り込んだまま長い間じっと眺めていた。

ここからは浜名湖まではすぐ近くで、夕方4時ごろ「浜名湖渚園」というキャンプ場に到着した。

テントを張りおえたころ、ちょうど日没の時間だった。
湖の中に沈んでいく太陽はとても赤々と輝いて、容赦なく私の目を痛めた。
 
 「浜名湖渚園」でキャンプ場使用料を払い(400円)広いフィールドの中から好きな場所を選ぶ。盆なのでまわりはほとんどオートキャンプの家族連ればかり。子供達がワイワイはしゃぎまわっている。
にぎやかでいいのだが、みんなが団体で来ている中、私だけひとりぼっちというのは寂しさを感ぜずにはいられなかった。

 テントをはる場所はかなりあったのだが、わたしはあえて入り口から一番遠いところにあるサイトにテントを張ることにした。水道などからは一番離れていたのだが、ここはちょうど湖のほとりだったし、子供達のフリスビーが飛んでくる危険性がないので決めた。
 ヒザが痛くて明日もまた走れないのではないかと不安ではあったのだが、浜名湖から吹いてくる心地よい風はそんな不安な気持ちを忘れさせてくれるのには十分だった。

「一番暑い日」
 わたしの記憶の中ではこの日が一番暑い日だった。東へ東へと向かっていく私の右側はとてつもなく高い太陽がありその日差しの熱さたるや、効果音さえ聞こえてきそうなほど。
 私がこの東京から大阪にかけての旅で一番よく思い出すのはこの箇所だ。ジリジリと肌を焼く太陽の下でコンビニの前に座りこんだ私は休憩をしている。ノドの乾きを癒すのは本当はお茶か水がいいのだろうけれど私は我慢できず甘い炭酸飲料を飲んでいる。なにも特別なことはない。ただ暑く、ただ眩しかっただけ。なのに私はこのひとときがなぜか頭から離れない。
 みなさんもそんなことはないだろうか?なんでもないようなことが古いテレビの画面に焼き付いたチャンネルの跡のように頭にこびりついて離れないこと。私にとってこのシーンはそんな「チャンネルの跡」であり、またこの旅がこの旅であったことの唯一の証拠なのだ。
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