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日付 |
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8月15日(木) 晴れ |
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ルート
裾野→東京→船橋
走行距離
193Km
宿泊
姉の家
食事
【朝食】コンビ二(パンなど)
【昼食】ケンタッキー
【夕食】居酒屋
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<第6日目> この時ばかりは私の胸に心地よくチクチクと突きささり、
さて、この日はいよいよ最大の難関「箱根越え」の日。
昨日はキャンプ場に着いてからずっと雨だったが今朝はすっかり晴れていた。5時に起床、6時ごろ出発。テントの中に干しておいた洗濯物は少しも乾いていなかったので後ろの荷台にくくりつけて走り出した。待ちに待った箱根。いよいよこの旅のクライマックス。「あ〜、箱根越えか・・・」と楽しみでありながらもなぜか少し憂鬱な気分のまま箱根峠の出発地点である三島まで下り坂をすべるように走っていった。
途中、コンビニで朝飯を食べて7時半。ついに箱根峠の入り口に到着した。 入り口のところには「箱根路」と刻み込まれた存在感ムキ出しの大きな岩がどどーんと置かれていてその迫力に気おされそうになった。
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その石碑を前に写真を撮ったりしてモジモジとしていたが、ついに覚悟を決めて出発!! をりゃーーーーーっと気合を入れて走りだしたが実際はかなりノロノロ。走り出してすぐにロードに乗った40代くらいのおじさんに追いつかれて少しの間併走。「箱根は今日がはじめてなんですよ」と言うと「いやぁ、西から東はだいぶ楽だよ、じゃぁ頑張ってね」といってビューっと追い抜いてすぐに点になった。「こっちは後ろに重い重い荷物積んでるんだぃ!空荷だったら絶対負けへんわいっ!」と思いながら(たぶんムリ。かなり速かった)ギシギシと思いペダルを踏んで登っていった。
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さて、その肝心な坂はというと「恐怖の箱根越え」とよく言われているほど激しい坂ではなかった。ただ何がしんどいかというとやはりその距離の長さ。いけどもいけども坂が終わらない。人間というのは都合のいい想像ばかりするもので長い長い坂を登っている時に曲がり道があると「きっとあの曲がり角をまがるとしばらく平坦な道があるに違いない」と確信してしまう。そしてその曲がり角をまがると・・・またもや果てしない上り坂。その時の絶望感がたまらなく・・・・・・いい。(ってオレはマゾか!)
だいたい私のようなノロノロペースで登るとだいたいふもとから頂上までは2時間くらいかかるのだが、この間にいろいろとドラマがある。箱根というのは自転車旅の人にとっては聖地のような場所である。だから道中何人かのサイクリストと出会うのだ。
のぼりはじめて1時間くらいたった頃だろうか、私はカードレールに自転車を止めて写真撮影&休憩をしていると後ろから4サイド(前後2つずつ、合計4つの荷物をつけることをこう呼ぶ)の自転車が迫ってきた。追い抜きざま彼はさわやかに「箱根長いっすね〜」といって抜いていった。
また、別のサイクリストとは抜きつ抜かれつの勝負をした。途中自動販売機があるので私が休憩しているとその彼はこちらにさわやかな笑顔を向けて抜きさっていった。私が上りを再開してしばらくすると今度はさっきの彼が別の自動販売機で休憩をしていた。私はまた笑顔を向けて抜き去った。彼は私に向けてガッツポーズを向けてくれる。そんな感じ。
苦しいからこそ分かち合えるこんな気持ち。
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10時ごろ(だっただろうか?)ようやく頂上に到着。私が当初想像していたのは箱根峠のてっぺんというからには展望台があり観光地のように賑やかになっていると思っていたのだが、実際頂上についてみるとこれといってなにがあるわけでもなく薄汚れたラーメン屋と喫茶店とファミリーマートがひとつがある程度だった。私はてっきりかの箱根峠の頂上というからには展望台なんかがあり、賑やかなものとばかり思っていたので少しさびれた感じにちょっと面食らった。
(実際はこの頂上を越えてすこし下に下った芦ノ湖あたりは観光地になっていてかなり賑やかになってたのだが。)
しかし上りきった達成感は最高である。
ここまでの道のりで出会ったサイクリスト達とも再会してどこどこがしんどかっただのという話題で盛り上がった。頂上はピューピューとラーメン屋ののぼりをなびかせる風が、少し肌寒くさえあった。
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2002年8月16日、箱根峠を越えた漢(オトコ)たち1
福岡の学生2人組み。福岡発、北海道行き
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2002年8月16日、箱根峠を越えた漢(オトコ)たち2
フルサスの若者とロードレーサーのおじさん
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そこでウダウダしているといつのまにか1時間ほどたってしまっていた。この日は千葉に住んでいる大学時代の友人と会う予定だったので急がなければならない。みんなとお別れのあいさつをして再び出発した。ここからはひたすら下るだけ。芦ノ湖で記念撮影をしてグングンと下っていった。途中、「お〜い!」という呼び声が聞こえたので止まってみてみると一台の車が止まっていた。
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行ってみるとおじさんおばさん4人組みがテーブルを広げて休憩していた。「ちょっと休憩していきなよ」とおじさんが声をかけてくれた。
実はこの車の方々はちょっと前私の横を追い抜いていった時に「大阪→東京」の看板をみて中から声を掛けてくれていたらしい。で、私が気付かなかったのでちょっと先で車を止めて待ってくれていたというのだ。
お言葉に甘えてイスに腰掛けさせてもらってキンキンに冷えたジュースやらヨーグルトやらを頂いた。私がこの旅のことを話すと「すごいねー、すごいねー」としきりに感心してくれた。「この子将来有名になるかもね〜」(残念ながらそれはなさそうですが・・)
もう少しゆっくりとしたかったのだが、千葉で友人が待っているので先を急がねばならず休憩もそこそこにお礼を言ってふたたび出発した。
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また、その少し先では道がふたつに別れていてどっちにいけばいいかわからなくて立ち止まってキョロキョロしていたら、これまた私の看板を見た人が車のなかから「東京はこっちだよ」と教えてくれた。この看板のおかげでなんどうれしい目にあったことか。人っていうのは本当に親切なものなのだ。
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この坂を下りきったらそこは小田原。北条氏康がいたかの有名な小田原城があるところだ。時間があれば城見物もしたかったのだが、そういうわけにもいかずそそくさと立ち去った。
ずっと1号線沿いに走り、途中ケンタッキーフライドチキンで昼食。本来ファーストフードというのはあまり食べた気がしないのであまり好きではないのだが店から漂うスパイスのいい匂いについついつられてフラフラ〜と入ってしまった。チキン4ピースとサラダ2つのセット(通常の二人用)を食べた。そして走る走る。
茅ヶ崎やら横浜やらを通ったのだが海沿いではないので特におもしろくもない。しかも車も多い。そんななかで少しうれしかったこと。茅ヶ崎あたりでダイハツのMOVEに乗った若い女4人に「がんばって〜、東京はあとちょっとだよー」と声を掛けられた。声を掛けられるのはよくあることだがこんな風に女の子に声を掛けられると「よーし、おにいさんがんばっちゃうぞー」と一気にモチベーションがあがるのだ。
夕方5時頃ようやく神奈川と東京の境目の多摩川のあたりまできた。橋の手前あたりで信号待ちをしていたらバイクにのったニーチャンが「本当に自転車できたんスか?あの橋をこえたら東京っすよ。おめでとうございます。」と言ってくれた。その他追い抜いていくバイクや車が次々と祝福のクラクションを鳴らしてくれた。ふだんは街中でうるさく耳障りに聞こえる車のクラクションも、この時ばかりは私の胸に心地よくチクチクと突きささり、恋人との写真を友達にみられて冷やかされるのと何の変わりもない快感だった。
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そしてだいぶ傾きかけた夕方の心地よい陽射しを左頬に浴びながら、そして「あぁ、やっとここまで来た」感をたっぷり味わいながらいつもよりも少しゆっくりした速度で橋の真ん中まで走っていき「東京都」の標識をうやうやしく仰いだ。
大阪を出て6日目、600kmを走って私の東京への旅は終了した。
その後は千葉に住んでいる大学時代の友人と居酒屋が閉店するまで飲み、船橋の姉の家に泊まらせてもらった。
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