| 足下地蔵尊の由来 此の地蔵尊八御本体は今より約六百五十年前運慶(雲慶とも称し我が国最大の仏像彫刻師)の作と傳えられ長さ七寸二分の半跏趺坐像であります。 慶安二年(317年前)時の小田原城主稲葉美濃守正則が此の地蔵尊の真に霊験灼かなることを聞き別に一体を彫刻せしめて基の腹籠りと致しました。堂内に安置せられて在る十王も亦此の当時のものであります。 明治34年近郊近在の信徒相集りて浄財を寄せ現在の御堂を再建し今日に及びました。 徳川時代に於いて”はなとり地蔵尊”の傳説を生んだことも薯名であります。 御開帳1月23日 法界山 西光寺 |



