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| みなさま、お正月は無事に過ごせましたか?いえいえ、体重に変化は無かったか?という問いでございますよ。我が日本では、お正月は太っても仕方が無い、という観念はありませんか?だって、餅やおせちや酒や、しかもお休みで寝正月とくりゃ…。私は無事に体重の変化もなくバンザーイでございます。ただでさえ、年くってきてお腹ぽっこりなのに、これ以上太ってなるものか!駄菓子菓子、ビールは絶対に止められそうに無いので、この下腹部は成長する一方でしょう…。はいっ、前書き長いね!ごめんね!ドイツ人の体型。これはアメリカ人とよく似ている。もちろん、全ての人達ではないが特徴としては、「若い頃はナイスバデイ」年をとれば「???人間?」ってなくらい太るのだ。彼等に聞くと(何で年寄りはデブばっかなの?とダイレクトに聞きまくっていた。笑)、原因は様々。「水道水に入ってる大量のカルキの所為で、足首が無くなる」とか、「小さい頃は好んで食べなかった、ジャガイモを年をくってから良く食べるようになったから太っちゃった、てへっ」とか、結構言い訳がましい。確かに私がドイツでベビーシッターやら、保育園で働いていた時、それぞれの親は、「とにかく食べないのよ〜、お菓子でもなんでも食べてくれればいいと思って、何でも食べさせてるんだけど…」という母親が多かった。だからって、チョコレートやケーキやクッキーやらを毎日3食の食事の代わり与えるのはどうよ?年をとると味覚が変わってきますよね?小さい頃ワサビのような刺激物や、ピーマンのような独特の味が苦手で、大人になったら美味しく思えるようになった人って多くないですか?私もそうです。それは舌が退化しているからだそうです。強い味や刺激への反応が鈍くなった所為だそうです。ドイツの方達はそれで、いろんな物が食べられるようになったとしたら、決して責めてはいけませんな。大体健康おたくが多い国にしては、ドイツ食は太る要素満点でございます。「恋人の親を見てから結婚を決めなさい」といのはアメリカだけではございません。日本もそうでしょう。だが、ドイツ人のみなさん、私はこれだけは言いたい。子供達がちゃんとした食事を食べずにお菓子ばかり食べるのは、毎日の食事のレパートリーが極端に少なく、素材の味プラス塩と胡椒とハーブの味しかしない所為ではないでしょうかっ?我々日本人は「旨味」が命なのです。もちろん我が国の子供達も甘いお菓子が大好きですが、ドイツの子供達よりは、ちゃんとご飯を食べると思いますな。 |
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2003年01月30日 02時03分42秒
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| そうだ。お正月の事書いてなかったわ。ってな訳で、今回はドイツの大晦日&お正月の事をば。初めてドイツで年越した時、私は当時Au-pair(住み込みで奥さんの家事の手伝いをして「お小遣い」を貰い、語学学校に通う長期留学生の事。一年間はビザが下ります)をしていた夫婦の友人宅に誘われました。そこでは、年越はフォンデュをすると言うのです。フォンデュといっても、チーズフォンデュでは無い。チーズではなく、ただの水を入れて、小さく切った肉や野菜がささった串をジャプジャプ入れて食べるという、日本の「しゃぶしゃぶ」みたいなものである。これ、どうやら結構な御馳走らしい。そして、子供達をとっくに寝かしつけてのカウントダウンは、シャンパンで静か、かつ優雅に乾杯。その友人宅の奥さんが「花火もやるから、窓の外を見てごらん」というので、「お〜日本みだいだ!」と喜びながら、窓の外を見ると、パンパンと音はすれども、なにも見えない。「ここからは見えないの?」と訪くと、「見えるじゃない、ほら、そこ」と指をさされたとこは、そのアパートの下。「え?」見ると路上で数人の人達がねずみ花火や爆竹を鳴らしていただけでした。奥さん方ったら口を揃えて「綺麗でしょ?」だってさ。しょぼいっつ〜の!年に一度の大きなお祭り、クリスマスが終わったドイツの大抵の町は、年越しなんて手抜きそのものである。それ以来、年越しはなるべく日本に帰ってました。我が国にとっては、お正月が一番大きなお祭りですもんね。(笑) |
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2003年01月15日 02時02分33秒
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| これは大体どこの家も手作り。私も作りました。写真はトップに貼ってあります。モミの小枝を編んで環を作り、それにろうそくを4本立てます。これまたクリスマス迄、毎日曜の朝食時に1本ずづ火を灯していくのです。クリスマス迄には4本全部火が灯されるっていうことですね。これは天井から吊るされるのが普通ですが、ウチは吊るすと、ニゃんこズに悪戯されそうなので、普通にダイニングテーブルの上に置かれています。とは言え、早速モモエラが興味津々で近付き、去年同様ロウソクの炎にヒゲを焼かれて、さきっちょがカールしています。(笑)ウチ、今年はストロベリーの匂いのロウソクを百円均一で購入し使いました。さて、これと同じ様な意味を持つ、「アドヴェンツ・カレンダー」これは、12月1日から24日迄のカレンダーで、大体家庭では24コの袋を作り、そこにアメやチョコレートやおもちゃを入れて、子供達が毎日その日付けの数字の袋を開けるという、要するに、クリスマスイヴ迄の24日間をワクワクしながら過すためのものといっても過言ではない。アドヴェンツ・カレンダーは最近日本でもよく見るようになった。まぁ、大体一枚の大きな紙に24コの小窓が付いていて、それがめくれるようになっているものや、その小窓に小さなチョコレートが入っているというものだ。かく言う私も購入しました。だって、作るの面倒なんだもん。(笑)小さいコも居ないしね。私が働いていたドイツの保育園では、毎日子供達の誰かが袋を開けることができ、その中には大体、消しゴムやスーパーボウルやアメといったモノが入っていました。24コ目の袋は他のよりちょっと大きめで、チョコレート等、子供達にとって一番素敵なプレゼントが入っていた様です。 シャルギエラ。 |
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2002年12月17日 01時29分57秒
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| 時期が時期なので、私のドイツ滞在記はちょいとお休み。やはり、キリスト教徒にとって、年で一番重要かつ、楽しみな行事であるクリスマスについてお話しようかな。 私ももれなく、ドイツのクリスマスは非情に興味深く過させて頂きました。18年間日本のクリスマスしか知らなかった私は、あまりの違いにビックリしたものです。大きく違う点は、日本の様に恋人達の為のイベントでは無いというところ。「イヴの夜には恋人とホテルでディナー」これ日本。「イヴの夜には大切な家族と家で簡素なパン食(ハムはチーズはいつもより豪華)」あともちろんミサ、これドイツ。イヴより4週間前からクリスマスの準備が始まります。まず、「Stollen」(シュトレン)を焼く、これはドイツに昔から伝わるクリスマスのパン菓子です。 その形は、おくるみに包まれたイエスを、白い粉砂糖は雪を現していて、このお菓子無しにはドイツのクリスマスは始まらない。これをクリスマス迄の毎朝に食べるのです。私のホームパパは生ハムやソーセージをのせて。私はもっぱらバターだけを塗って食べていました。保存食でもあるシュトレンは、作られてから段々とおいしさがまして、焼成後3〜4週間が食べ頃ともいわれているけど、私個人的には、やっぱり作り立ての方が美味しいです。 本来は各家庭で焼くらしいのですが、最近ではパン屋さんで買ってくる奥さんも多いようですな。実際、私のドイツの知人では誰一人自分で焼いている奥さんはいませんでした。クリスマスに近付くにつれ、堅く、パサパサになるシュトレンを、パパの手前、さも美味しそうに食べていたシャルギエラでした。 |
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2002年12月13日 01時26分08秒
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| そういえば電車の乗り降りの際、私はものすごく重いスーツケースを持っていたのだが、毎回必ず近くにいた顔の恐い、ごっついお兄さん達が無表情で荷物の上げ下ろしをしてくれた。ヨーロッパの鉄道の電車は段差が激しいのだ。不機嫌そうな顔して何ともジェントルマンなオーストリア男性軍。素敵だ。ありがとう。でも、もうちょいとニッコリしやがれ。と思いきや、ホームステイ先の息子さんはけっこう朗らかで明るかった。ふむ。さて、タクシーを降りて、ホームステイ先のドアの前に立つ私はチャイムを押しがなら、頭の中で挨拶の言葉を復唱していた。『グーテンターク(こんにちわ)、いや、もう夕方だからグーテンアーベント(こんばんわ)だ』よしよし。ドキドキ…ワクワク…。そして暫くして出て来たでっぷり太った婦人は言った。「ぐごっ」????ぐご?なんじゃそりゃ?パニくることわずか3秒、私は『あ、たぶん挨拶の言葉なんだろう!』と思い、とにかく真似してみた。「ぐ、ぐご?」すると婦人はちょいと首を傾げて再び、「ぐごっ」と言うので、私も負けずに「ぐごっ!」と繰り返した。婦人はまたもや首を傾げると、「入りなさい」という感じで私をようやく中にいれてくれた。さて、部屋を案内される途中で気付いたのだが、この婦人なんと英語が通じない。ぬぉ〜どうしよう!と頭を抱えること5分。その息子がやって来た。この人はなんとか英語が話せるという。ほっと胸をなで下ろし、後の説明は彼から聞くことに。しかし、先程の「ぐご」の意味を聞きたくともそこまで英語が達者では無い私は、夕飯まで(その日は特別ごちそうになった。基本的に自炊)部屋にひきこもり、辞書で例の「ぐご」を調べることにした。ドイツ語はローマ字読みするということだけはなんとなく知っていた私は当然「GUGO」を調べたが載っていない。そこから2週間程経って、日本人の友達に指摘されるまで私は「ぐご」を挨拶の言葉として使いまくっていた。が、その友人によると、「ぐご」ではなく「グリュースゴットGruess Gott!」と言っているらしい。いや、どう聞いても「ぐご」にしか聞こえないぞ?でもしょうがないから、ちょいとバージョンを変えて「ぐっごっ」にしてみた。カフェに入る時も「ぐっごっ」、朝クラスに入った時も「ぐっごっ」今思えば恥ずかしい…。みんな小首を傾げてたが、気にせず「ぐっごっ」を連呼していた。18才の私は恐いものは無かったようです…。 |
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2002年12月05日 05時10分24秒
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| さて、何とかザルツブルク行きの電車に乗った私は、丁度、目の前に座った中年の男性に「何処へ行くの?旅行?」(と言ってる様に理解した。なんせドイツ語だったので)と聞かれました。私はオドオドとただ一言「ザルツブルク」と答えながらも、『おいおい話し掛けるなよ、こちらとドイツ語なんて解んねぇんだよ』と心の中で悪態を吐いてました。(←なんて奴だ)そして数分後、私は目的地に向かう電車に乗れたという安心感で、つい眠り込んでしまいました。今思うと恐ろしい。あのままだったら、私は何処へ行っていたのだろう…。ウィーン駅を出る時あれ程時間が掛かったというのに。だが、幸運な事にザルツブルクに着いた時、先程話し掛け手きた男性が私を起こしてくれたのだ。私は半泣きでお礼を言うと、心の中で『ごめんね、おっちゃん。さっきはうっとおしいなんて思って』と謝りました。そうこうして、無事にザルツブルクに着くと、サクサクとタクシーに乗りこんだ。道中、運転手さんはいろいろ話しかけてくれたが、なにせ「グホッ、ガホッ」という擬音にしか聞こえない。こんな言葉を勉強しに来たのね、と私は少々泣き言を入れたものだ。どうやら運転手さんはその住所が解らないらしく、近くまで来るといろんな人に訊ねていた。やっと目的地に着くと、「迷って申し訳ない(多分こんな風に言った筈だ)」と料金メーターをいじり、乗車料金を安くしてくれました。そして最後に握手。私はその時まで、『日本ほど礼儀正しい国は無いので、オーストラリア人もさぞかし態度が悪いだろう』と勝手に決め込んでいたので、とっても反省したものです。ウィーンでのホテルの人、駅員の人、そしてタクシー運転手さん。みんな信じられないくらい、優しかったです。どうもありがとうございました。 |
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2002年11月07日 03時44分56秒
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| ウィーンに着いた次の日、ホテルを出て、「ウィーン西駅」で呆然とする事約1時間。だって、どうやってここからザルツブルクまで行くの?いや、そもそも何処で切符を買うの?日本の様に改札口は無いし(ちなみに、ヨーロッパの電車は(地下鉄や路線バスを除く)車内で切符をきられます。日本の無人駅のようなものですね。)、切符の自動販売機も見当たらない。おろおろ・・。英語で誰かに訊こうにも自信がない。そこでハタと気付く、「あらやだ。あたしったら[おはよう]と、[こんにちわ]と、[こんばんわ]しかドイツ語知らないじゃない!」ここまで来てもう遅いわっ、ぼけっ!もう半泣き状態で電話ボックスへ向かい、そこでまたもや途方にくれる。「どうやってかけるの?これ・・」コインマークはあるもののいくら入れるの?適当に一枚いれてもウンともスンともいわない。しかも母に電話掛けようとした私。日本にいる母に一体何が出来るってのよ?日本への電話の掛け方も解らないし。もうダメだ。私このままこの駅で一晩すごすんだわ。そして恐い外人にどこかにつれさられて売り飛ばされるの・・と、落ち込むこと更に小一時間。頼るものは誰もいない。・・・。ふんぬっ、と歯をくいしばり思いきって、何やら銀行の窓口みたいなとこにいるお兄さんに声をかけてみた。このお兄さん、大きなスーツケースの横でえぐえぐする私をちろちろ見てたのよね。「アイ、ワナ、ゴー、トゥ、ザルツブルク」うるうると見上げる私に、お兄さんは、紙に値段を書いてくれ、ホームの番号と、出発の時間を教えてくれた。あれ?なんだ簡単じゃん?わたくし、2時間弱もメソメソしてたくせに、「切符買えた!」と、足取りも軽やかにホームへ向かったとさ。シャルギエラ |
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2002年10月11日 01時55分17秒
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| 前にも書きましたが、私の初めての海外滞在はオーストリアはウィーンでした。国内旅行でも、殆ど学校の行事でしか旅行したことの無かった私は、たった一人異国の地で途方に暮れました。まず、ウィーンの空港に降り立った時、「コーリアン?」としつこく話し掛けられ、(コーリアン(韓国人)の意味すら解らなかった私)「アイ ドント アンダースタンド」と答えたら、フンってされた。なにさ、感じわるぅ〜い。その5分後、日本で母が予約してくれていたホテルにタクシーで向かおうとすると、またもや韓国人の男性に話し掛けられた。「このスーツケースを見ていてくれないか?ロビーに忘れ物をしたから、取りに行って来たい」と、なんともアクセントの可笑しな日本語だった。ちなみに「ボクはサンスイという会社で働いてるから、心配ない」とも言われた。サンスイって何?何が心配ないの?どうやら、日本に進出してる韓国の会社らしい。うちの旦那さんによると、「三星」と書き「三菱」のバッタモンと言われてるらしい。まぁ、それは置いといて、荷物くらい見ててやるっつーの、と思った私は「オーケー」と答えた。待つこと数分。戻って来た彼は、私が乗り込もうとしたタクシーに無理矢理乗り込んできた。私がホテルの名を言う前に、運転手と何やらドイツ語で話している。「良いホテル知ってる。大丈夫、一人部屋を2つ借りるから、心配しないで」と言われた私は、そこで初めて気がついた。あら、やだ。これって危ないシチュエーション?タクシーに乗っている間に「私ホテル予約してあるのよ」って何度も言ったのになぁ。ホテルに着いた。仕方ないのでそのホテルに、予約して宿泊チケットを見せると、「あらウチのじゃないわね」ってな感じで別のタクシーを呼んでくれた。そしたら、その韓国人の男またもや無理矢理私のタクシーに乗り込んでくるではないか!その頃にはもう腹が立っていた私は彼の話す事など一切無視。やっと着いたホテルは、その日宿泊する日本人(私)の為だけに日本人従業員がいました。その人は私とその韓国人男性を見比べると、「ご予約は一名様で承っておりますけど、失礼ですがどういったご関係で?」とにこやかに聞いてきたので私が「空港から付いてくるんです。しつこくて」と答えると、その従業員の女性はものすごい笑顔で「お任せください」と頭を下げました。そして彼女は韓国人男性となにやらホニャララ語(英語かドイツ語とみられる)で話しをしてくれた。するとそのしつこい男は「ここは高すぎるから、ボクは違うホテルに行くよ」とやっと引き下がった。しめた、と思った私は「そう、じゃぁね〜」とにこやかにバイバイすると、無理矢理、彼の電話番号を渡された。そこでまたもや、気付く。ほほぅ、ナンパだったのか・・。そそくさと尻尾を巻いた彼にも納得はいく。実はそのホテルっていうのは、初めての一人海外旅行に心配し切ったウチの母が、旅行会社のすすめる通りに予約してしまった「ヒル○ンホテル」だったんですな。当時一泊素泊まりで3万5千円。そんだけあれば1ヶ月は過ごせるっつ〜の!ちなみにウチは決して裕福ではない。だって、私この留学の為に交通誘導のアルバイトで半年で100万円溜めた位ですから。母の心配性の賜物である。もう2度とあんなくそ高いホテルを利用するもんかってな勢いだ。なんにしろ、その女性従業員には助けられました。彼には宿泊料金の事をくどくど話してくれたらしい。そりゃ、そうだろ。私だって素泊まりで何万も出したくないさ。この場を借りて一言お礼を。天童よ○みの様な化粧をしたお姉さん、その折はどうもありがとうございました! シャルギエラ |
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2002年09月29日 01時00分28秒
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| 2ヶ月我が家に滞在していたミリちゃんも、無事にドイツに帰ったことと思われるでしょう。そして、我が家には再び平穏な毎日が。彼女が帰る前こんな事を言ってました。「今頃ドイツはもう寒くて街中は紅葉してるかも」えっ?もう紅葉?そいういえばそうだ。私はもうドイツから帰って来て5年の月日が流れようとしているのだ。ドイツの気候などすっかり忘れさり、である。私は18才の時ドイツに渡り、それ以降はほぼ毎年の様に夏はドイツで過していたのだ。ドイツはエアコンなどありゃしない。デパート内は別として、車にも暖房しか付いていないのである。だって必要ないもん。日陰は涼しいし、空気は乾いているから、日本の様にムッとしないのである。日向はねぇ、肌が痛い感じな暑さかな?夜も寝苦しいなんて事なかったような。ミリちゃんも日本の夏にはかなりマイっていた程。各部屋にエアコンが付いてるってビックリしていました。そしてドイツでは寒くてあんまり着れないという、薄い生地のキャミソールばかり毎日着て、ぷりぷりと街を闊歩し、我が日本の男性共の視線を釘付けにしていました。(笑)まぁ、今頃はカーディガンでも着て、仕事に通っているのだろうか。いいよなぁ、ドイツには〈衣替え〉というものは無いのだから(年中長袖は必要ですからね)、日本の主婦達の様な大仕事も無い。衣替えって結構大変なのよ?こっちも、もう大分涼しくなって来たとはいえ、まだまだ残暑と戦う日々が続くのでありましょうな。みなさん、まだまだ踏ん張らねばっですね!!シャルギエラ |
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2002年09月14日 00時35分36秒
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私は鼻炎持ちである。特に朝が辛い。辛いったら、辛い。くしゃみ5回連続はあたりまえ。おかげで、我が家のティッシュペーパーの消費量は私一人で4人家族並みさ。最近フト思ったのだが、私、ドイツではあんまり鼻炎が発症しなかったような。やっぱ空気が違うのかな?私が主に住んでいた町は、小さな町で、ちまたじゃ(ドイツに港は殆ど無いが)ちょいと有名な療養の町である。ところで、ドイツ語には「Gesundheit(ゲズントハイト)」という言葉があって、これは本来「健康」という意味の名詞なのだが、誰かがくしゃみをした時に、「お大事に」という意味でも使われる。私がオーストリアで初めて言われたのは、電車の中でした。「ぷしっ、ぷしっ!」と、それはもう可愛いらしく、くしゃみをした私に、目の前に座っていた強面のおっさんが、ひっくい声で「ゲズンッハイ!!」と野太く囁かれたのだ。私はというと、当時ドイツ語なんて全然解らなかったし、何やら恐ろしかったので、取りあえずニッカリと笑いかけたら、これまた無気味にニッカリと笑い返された。終わり良ければ…、っやつだ。でもアレですな。日本は反応がまったく逆ですな。普通誰かがくしゃみをすれば、「汚ったねぇな」と思いません?(私だけ?)咳をすれば「大丈夫?」って思うけど。だって咳って病気っぽいじゃない?くしゃみは鼻が牟ず痒くても出るけどさ。ドイツではくしゃみすれば心配されて、咳をすれば謝らなければいけないという、私的には???である。今日も我が家では、私の豪快なくしゃみと、みりの「ゲッスンッハイ!(と聞こえる)」が鳴り響いています。
2002年07月29日 23時21分00秒 |
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ドイツに居た頃、困ったのがサングラス。私はただでさえ視力が死ぬ程弱いので、眼鏡が大嫌い!「日本人は瞳の色が濃いので、大丈夫さ」、と根拠の無い軽いノリで、太陽がサンサンと照りつける、ヨーロッパの町を練り歩いてたら、にゃんと目が日焼けした!う〜ん、感覚としては、視界が少々赤っぽくなる感じ?とにかく、熱も出ました。みなさん、気を付けようね。特に、日本では日射しの強い日に、サングラス無しで歩くと、妙ないちゃもん付けられかねません。(目付きが悪くなるから)実際、高校生の時、よくケンカを売られました。(泣)もちろん、それらは全て買いましたが。(笑)だって、私の視力は0.02なんだもん。コンタクトしてたけど、そりゃ、見下す…、おっと間違えた、見降ろす(私は背が少々高いので)目も細められるわな。でも、これドイツでは普通。奴らは瞳の色素が薄い所為か、ほとんど皆、目を細めてるので、目付きが悪い様に見えるったらありゃしない。なので、ビビらないように。日本でもだが、もし外国人と視線がバッチリ合った場合、向こうが顎をクイっと上げれば、それは「よう、良い天気だな」って挨拶してる様なもんです。(笑)その場合は、同じ様に顎を上げて、ニコっと微笑んであげましょう。そして、もし外国人に話し掛けられたら、思いっきり日本語で答えてあげましょう。「郷に入っては郷に従え」という教えを身を持って解らせるべきです。英語を話さない自分を恥じる事はありません、日本に来ておきながら、一言二言の日本語も話せない奴らが勉強不足なのです。自分の国の言語が世界の公用語になるべきだった、と言って譲らないフランス人よろしく、「おウチ帰って、日本語勉強し直してきな」と笑い飛ばしてやりましょう。その代わり、どこか、外国へ行く時は、その国の言語である「こんにちは」、「ありがとう」、「さようなら」の最低3単語は必ず覚えて行きましょう。これが、異文化交流に対する人間としての、ゆずれない礼儀だと思います。
2002年07月13日 06時20分05秒 |
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ドイツの友人がもうかれこれ二週間程酷い風邪に苦しんでいるそうな。なんせ奴ら、 あまり「薬を飲む」という事をしない。知ってますか?ドイツ人は世界でも有名な健康オタクなんだな、これが。じゃぁ、どうやって治すかって?そりゃ、我慢の一言。手負いの獣の様にひたすらじっとしてるのです。その代わり、ハーブティーは飲みまくる。咽に効くもの、熱を下げるものと種類は多く、しかもこれらはまったく身体に害が無いので、非常によろしい。私の場合といえば、風邪をひいた時やれ病院だ薬局だと、母親が走り回っていた様な気がします。私もドイツで病気にかかった時は、やたら茶を飲まされたり、咽の痛みを和らげるという、お香を焚かれたりしました。「病は気から」というように、人間気のもちようで、自然の治癒力に任せるのが一番良いであろうな。とは言え日本では薬に頼ってばかりだった、当時高熱にうなされてた私は、薬を与えられず「このまま死ぬんだ…」と遺書を書いた事があります。(笑)しかもその内容が笑える。「遺体は引き取りに来て下さい。ドイツに埋められるのは嫌です。日本でシロ(昔飼ってた犬の名前)の首輪と一緒に焼いて下さい」この遺書はまだ残ってます。(笑) 2002年07月01日 04時33分47秒 |
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と、ドイツ語では「痛っ!」って言う時に使います。英語の「アウチ!」に似てますね。ちなみに、イタリア語では「アイー!」です。(←関係ない?)今日旦那さまのお弁当を作る際に、勢い良く親指をザックリ切ってしまいまして。血ィだくだく垂れ流し状態。程よく頭にきたので、思わずここをUPしてしまいました。そういえばこういうかけ声(?)のようなもの、って国によって違いますよね。私が一番おや?っと思ったのは、消防車のサイレン。奴らは「タトゥータター」と言います。我々はシンプルに「ウー」だよね。あと、「おっと危ない」はまぁ、地域によって多少の違いはありますが、私が居た町は「ホップセレ!」どういうこっちゃい。ちなみに鶏の鳴き声は「キケリキー」、ってどう聞いても「コケコッコー」じゃろうが!しかし、動物の鳴き声は置いといて、これまた慣れてしまうのだ。今でも普通に出てしまう。まぁ、こういう日常頻繁に使う言葉から覚えていくといいんだけどね。よく留学すると、「くそッ」とか「いてまうぞ、ワレ」とかいう、教育上よろしく無い言葉を覚えて、連呼する人達がいますが、これはやめましょう。だって、そうじゃない? ろくに喋れないくせに、人をけなす言葉や汚い言葉を、嬉しそうにやたら連呼するなんて100万年と7月、あと27日早いってなもんよ。あれ?親指の傷がズキズキしてきたじょ?血が上ったかな?ビール飲んでるからな?まぁ、今日はこの辺で勘弁してあげよう。
2002年06月16日 04時40分49秒 |
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ドイツと言ったらビール?うん、その通り。でもワインも良く飲むって知ってる?まぁ、ワインの事はまた今度。ちなみに私は ビール大好き。ワインもしゅき! わたくし、20歳までアルコールはダメでした。だって臭いんだもん。でもね、ドイツではね、下手したらビールがミネラルウォーターより安いのよね。私は、南ドイツはミュンヘンの学校に通っていたことがありました。そのミュンヘンという町には、9月の半ばから始まる「ビール際」なるものがあります。別名「飲め飲め際」。各ビール会社がこぞって観光客達の財布を空にしようとする祭りである。私?うん、もちろん空にしましたとも!そんな世界にいて、アル中にならんわけないがね。駄菓子菓子、ドイツはビール消費大国の第3位であるらしい。なんで?奴らは朝っぱらからスタンドでビールをかっ食らってるっていうのに、1位ではないというのかっ?奴ら以上に飲む国があるというのかっ?みんな、身体は大切にね。いや、ほんと。ドイツビールは大きく分けると3種類。黒ビール、明るいビール(我が国のビールの色)、そして白ビールである。この白ビール!旨い!なんつぅ〜か、フルーティ?学校帰りに喫茶店で、宗教的にアルコールが禁止されていると言い張るマレーシア人の友人と、白ビールを毎日の様にかっくらってました。日本に帰ってきてもう4年近く…、この白ビールが恋しい今日この頃です。 シャルギエラ
2002年06月09日 04時46分34秒 |
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っつ〜ことは、やっぱドイツ語のこと?私は高校卒業後、オーストリアはザルツブルグへ語学留学するまで、世界で一番難しい言葉は日本語だと思ってたのね。でもいざ
向こうへ行って、ハタと気付くと、あるわあるわ、フランス語、ロシア語等、他にも小難しい言語が!ドイツ語もその一つ。ドイツ語には、各名詞に3種類の性別があるのね。男、女、中性ってな具合。やぁ〜ね、何で3種類も冠詞があるのかしら?さぁ〜ね。ドイツ語をこれから勉強しようとしている皆さん、まず最初に当たる壁があるなら、間違い無くこの3種類の冠詞でしょう。その壁を避ける為には、殆ど真っ白な知識のまま、ドイツ語圏に身を投げるしかにゃ〜でかんわ。私はそのおかげで壁と言う壁にブチ当たらなかったもんね。だって、もう日本でドイツ語を習い始めちゃったもんっ、大学2だもんっていう人は、自分の頭の中で使う言語をドイツ語に代えて慣らしていくっていうのはどうでしょうか?シャルギエラ。
2002年06月1日 04時40分49秒 |