Jul.13.2000

○○○○への道 (17)

沖縄への思い

僕は沖縄に一度だけ行ったことがある

それは、沖縄が日本に返還された次の年の1973年5月のことだった

なにぶんにも遠い話で僕自身も記憶が薄らいでしまっているが、当時は労働組合の青年婦人部の活動が盛んで、大手電機メーカーの労働組合の全国規模の交歓会で、沖縄往復1週間の船旅という企画が実施された

行きに神戸から2泊の船旅、沖縄では万座毛の近くでテントを張り2泊、そして帰りの船も2泊という、かなり過酷なスケジュールであった

あいにく行きも帰りも船は嵐にもまれ、700名の参加者のほとんどが船酔いでダウンというありさま...

結局船の中で終始元気だったのは、僕を含めわずか10名程度しかいなかった

それでも沖縄につけば何とかみんな元気を取り戻し、また強い日差しに沖縄は5月でも充分夏だということを実感した

ものすごく昔のことだったけれど、エメラルドグリーンから沖に行くと群青色に変わるきれいな海の色だけは、思い起こすことができる

そして返還されて間もなかったので、帰りの船に乗る前に通関と酒・タバコなどの免税品のチェックもあった

島内では車も右側通行であったし、沖縄からフルーツを持ち出すことも日本国内の農作物をミバエなどの害虫から守るため禁止されていた

その反対に同じく検疫上の問題から、甲子園の砂を持ち帰ることが許されずに、神戸の船で廃棄させられていた高校球児の姿もニュースで流れていた時代だった

日本でありながらまだ日本とは呼べない沖縄がそこに存在していた

それから30年弱、今では非常のたくさんの人々が沖縄を訪れるようになった

海を愛する人は本島や数々の小島に足を伸ばし青春の夏を謳歌し、また年配者は遠い日の悲劇を偲ぶとともに美しき景色を堪能している

そらに今年沖縄ではサミットが開かれ、沖縄の過去の悲劇と現在の美しき自然の対比を世界に向けてアピールすることになる

そんなことを考えていたら、沖縄にももう一度行ってみたいと思うようになっていた

〜 つづく 〜

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