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モーレ・ポブラーノ。食都プエブラで有名なこの料理は、モーレというソースで鶏肉を煮込んだものである。こう書くと何の変哲もない料理に思えるが、このモーレが大問題。トマト、アーモンド、ゴマ、干しブドウ、チョコレートに各種唐辛子を混ぜた、我々日本人には想像もつかない取り合わせのソースなのである。味は複雑にして玄妙。やみつきになるほど美味だそうだ。新し物好き、珍し物好きのalegriaが「プエブラに行ったら真っ先にモーレに挑戦してやる!」と思ったのも無理はない。 そんな訳で、学校で「歓迎会を開くけど何が食べたい?」と聞かれて「モーレ・ポブラーノがいい!」と間髪入れず答え、この日プエブラ1の名店、フォンダ・デ・サンタ・クララにて念願の初対面となったのである。 時刻は職員会議後の夜9時。モーレに備え、朝、昼と小食ですませてきたalegriaの空腹が最高潮に達した頃、ついにモーレが目の前に運ばれてきた。 「・・・!」最初のイメージはイカ墨で真っ黒にしたカレー。思っていたほど匂いはない。恐る恐る最初の一口を入れる。う〜ん。味が複雑すぎて何を食べているのかわからない。これが本当に「メキシコ料理で一番の美味」なのか?おいしいと言うより不思議な味で、果たして慣れる日が来るのか非常に疑問に思った。これを鳥2分の1羽分食べるはかなりきつい。その間にも、他の先生たちが自分の料理を一口ずつ分けてくださる。食後のデザートも一度は辞退したが、「せっかくだから」のお言葉に無理無理流し込んだ。もうこの頃には味などわからなくなっている。 満足を通り越して苦しい時間が過ぎ、やっとのことでベッドにたどり着いたが、おなかの中は消化不良で戦争状態。一晩中のた打ち回り、それから2日間の間寝たきり動けなかった。 恐るべし、モーレ。 余談であるが、このことはあっという間に学校中に広まり、「先生、元気?」と聞かれて「まあまあ」と答えると、皆「昨日モーレ食べたの?」と聞いてくるようになったのである。 |
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まだまだ休みの続く火曜日。今日のお目当てはプエブラ州民芸品博物館。もうすっかりファンになったタラベラをはじめ、プエブラ州内で作られた品々を展示してあるということだ。 建物はもともと修道院だったもので、内装にもタラベラがふんだんに使われ、いい感じ。 博物館入り口で名前を書き、無料ガイドツアーを申し込むと、受付のおじさんが「じゃ、行こう」と言う。えっ。私一人?ま、そのほうがいいけど。 中に入ると、思ったより広い館内に家具、食器、絵、きれいな刺繍を施した服などがゆったり並べられている。「きゃー。すごい。これ、全部プエブラの?!」と騒ぎまわり、地図を片手に「これはどこの村で作られたもの?」とおじさんを質問攻めにし、はっと気が付くと、おじさんを1時間も引き回していた。 「これは・・・。いろいろ親切に教えてもらったし、一人で一時間以上付き合ってもらったし、チップをあげたほうがいいんじゃ?でも、無料ってあったよな。それってチップは不要ってこと?それに、あげるとしたらいくら?」さんざん悩み、他の人に習おうと決めて回りを見ると、ちょうど前のカップルが「Gracias」の一言を残して出て行ったところ。「そうか。やっぱりいらないんだ。」と安心して丁重なお礼だけで博物館を後にした。 後日この話をメキシコ人にしたところ、非難ごうごう。やはりチップはあげるべきだったんだそうだ。ごめんね、おじさん。今度また行ったときに倍にしてあげるよ。 |
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日曜日。先輩のMさんがセントロを案内してくれるというので喜んで行く。カテドラル、ロザリオ礼拝堂など、プエブラは数多くの教会で有名な町。それに加えて、タラベラという独特のタイルで装飾された家がそこかしこにあり、とてもきれい。しかし!町を歩いていると修復されていない建物が多いのも目立つ。はがれたタイル、割れたままのガラス、崩れかけた壁・・・。さぞや往時は美しい町だったろうに(涙)。タイムマシンがあれば、とこのときほど思ったことはない。 気を取り直し、毎週日曜日に開かれる民芸市やアンティークマーケットへ。さまざまな店がひしめき、並べられている何もかも私好み。うおーっ。お金がいくらあっても足りないよ〜。 途中、Mさんが用事があるということで、別れてどきどきの一人歩き。初めての外食は食堂に入る勇気はなく、ファミレスで済ませた。それにしても、市で売っている屋台の食事のおいしそうだったこと!「絶対だめ」と言われているけど、慣れたらちょっとだけ食べちゃおうかな。 |
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1週間メキシコシティで疲れを取り、今日はいよいよプエブラへと移動する日。昼過ぎに出発し「プエブラまでは2時間だから、着いたらちょっと観光できるな」と考えていたが、ひどい渋滞に巻き込まれ、着いたときは夕方だった。 それでも、車で町の中心部を一回りし、風情ある町並みに感激。メキシコ、というよりヨーロッパの町のイメージ。今日は良く寝られそうである。 |
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メキシコシティは標高2,240m。空気は薄く、しかも今の季節は一番大気汚染がひどい。そのどちらにやられたのかはわからないが、着いてすぐは、ちょっと歩いただけでも気分が悪くなり難儀した。それでも、頭痛をおしてメキシコシティ郊外のテオティワカンピラミッドを見に行った。 テオティワカンは太陽、月の2大ピラミッドを中心にしたアステカ人の巨大祭事場。炎天下2kmはあろうかという大通りをてくてく歩き、体調を考慮して太陽のピラミッドはパス。高さ46mの月のピラミッド登頂に挑戦した。 休み休み登って頂上に到着し、はるか遺跡全体を見渡すと、あまりのすばらしさに今まで悩まされていた頭痛はすーっと消えていった。 しかし、それもつかの間。ピラミッドを降り平地に戻った私を襲ったのは、今までの2倍はあろうかという強烈な頭痛であった。 ・・・教訓。メキシコシティに着いて間もないのにピラミッドに登るのはやめましょう。 |
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| 2002年2月28日現地時間夜7時。成田空港を1時間遅れて出発した日本航空機は、首都メキシコシティに到着した。実に15時間の空の旅。疲れたなんてもんじゃない。足を引きずりホテルへ。夕食にコンビニで買った「マルチャンカップラーメン」を流し込み、すぐさまベッドへ。こうして、記念すべきメキシコ生活第一日目は何の感慨もなく過ぎていくのだった・・・。 |
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