2日目は「土曜日の朝 日曜日の夜」にて

2003年 12月20日 山形県山形市「庄司屋」〜尾花沢市「銀山温泉」

1. 一年前のとある会話より

「そばは絶対に山形ですよ。長野のそばもおいしいかもしれませんけど、山形のそばのほうが絶対おいしいです!」。1年前に長野への旅行から帰ってきた時、長野のそばがうまかったという話をしたら、それを聞いた山形出身の友人は、語調強めにそう言い切った。長野の旅行には大学の同級生の山下氏と、先輩の田中氏と三人で行って、山梨のサントリー白州蒸溜所に立ち寄ったあと松本に入り、車を借りて乗鞍高原や上高地、白骨温泉を巡った。その道中、ほとんどの食事をそばにした。2泊3日の旅で、7〜8回のそばを食べたはずである。甲信越はそばがうまいのだ。ちょっと通りがかりの店に入ったとしても、東京のどんなそば屋よりもうまい。駅の立ち食いそばでも充分にうまい。うどん屋のメニューに、ついでにそばがあるような「うどん文化」の福岡に生まれ育った僕は、うまいそばにあまり出会うことなく、ここまで育ってしまった。安価でうまいそばは、その存在だけで、僕に感動を与えてくれているのであった。その感動とともに帰ってきて、土産話をしたとたんにこれである。「そばは信州ではなく山形だ」。一年前のこの会話は、年中僕の頭の片隅から離れることはなかった。

2. 山形での昼飯は、とにかくそばである

 今回の旅は山形県である。山形県のちょっと奥の方にある「銀山温泉」が目的地だ。本当は、初日は銀山温泉に泊まって、翌朝から樹氷祭りで有名な山形蔵王でスノーボードをして、蔵王温泉にも入り、帰りは米沢で米沢牛を食べるという完璧な2泊3日プランであった。この頃JR東日本が売り出していた「東北新幹線はやて開通1周年記念きっぷ」は3日間の乗り放題ができるきっぷで料金は23000円。鉄道好きの僕は、こういう企画切符が好きなのだ。これを使って、さきほどのような完璧なプランを立てていたのに、有給休暇を取ろうと思っていた22日が大阪出張となってしまって、急遽1泊2日に変更しなくては行けなくなった。多忙を極める最近の業務で、自分だけそれを回避するわけにいかず、無念のプランの変更であったが、とにかく、来たからには存分に楽しんで帰りたい。東京を出発して2時間半くらいで山形だ。ちょうどお昼くらいに着く。これはそばだ。そばを食わねば。一年前に「そばは信州ではなく山形だ」と言い切った友人の子に連絡をとって、おいしいそば屋を教えてもらった。大雪が降りしきる山形でタクシーに乗って「庄司屋」というそば屋に向かった。ら、3分くらいで着いてしまった。目的の庄司屋は駅のすぐ近くだった。

3. 山形そばの驚くべき実力

 いや、ほんと、たまげた。正直「またまた、お国自慢も分かるけど、所詮そばやで〜」とくらいにしか考えていなかったのだけど、これはこれは大変失礼いたしました。僕と今回の旅の友、会社の同期の藤井氏、二人して絶句でございます。うまい。信州のそばはもちろんうまい。でも、ここのそばはそれと同じ次元にはなかったのである。大差で山形そばの勝利であった。まず、麺のコシが全然違う。いや、信州そばだってコシはあるんです。かなりあるんです。でも、山形そばと比べられたら、もうそれは「かわいそう」というしかない。相手が悪すぎる。ここのそばはコシが強いので、歯ごたえが違う。そばの甘みはもちろんあるんだけど、その「コシ」で勝負あった。だいたい、同じそばの実からこういうそばが作れるんだったら、日本全国の他のそばはいったい何をやっているのだろうか。とにかく、すばらしいそばであった。特に更科そばと呼ばれる白いそばは、他で食べたことのない甘みとコシがある極細のそば。これは全国からたくさんの人が食べにくるらしい。帰ってきて、とあるホームページで庄司屋のことを調べたら、この更科そばは東京のそばをベースに作ってあるらしい。ううむ、でも東京にはこんなうまいそばそんなにないからなぁ。注文する時は、更科そばと田舎そばの合い盛りで千何百円もしてやがるんで、どんなもん食わすんかと思ったけれど、店を出る時は大満足であった。実は山形の友人には2軒のそば屋を教えてもらっていたので、そば屋のはしごをしようとたくらんでいたのだけど、量も多かったし質も高かったし、すっかり満足をしてしまったので、すぐに山形駅に戻り、さらに新幹線で北に向かう。大石田という駅で降りて、そこからバスで30分ほどいくと銀山温泉のはずだ。

4. 山形新幹線でさらに北上

 今年の冬はあたたかくって、長野や新潟のゲレンデも12月だというのに雪が降らずに、つい最近までオープンできずにいた。行くつもりだった山形蔵王の積雪も30cmほどと、ちょっと心許ない量。雪景色の中の温泉を期待していたのだけど、それも叶わずかと思っていたら、福島を越えた辺りから外は雪景色となり、山形に入った頃には外は一面の銀世界であった。東北新幹線は福島で分岐して、ひとまわり小さい山形新幹線となる。山形新幹線の駅はどこも小さくて、よくもまあこんなところに新幹線の駅なんか作れたもんだと感心する。どう考えてもそこに政治家がいるとしか思えないような駅がいっぱいなのです。しかしながら、それは僕にとってはとてもいいことである。東海道新幹線などは、大都市を短時間で結んではいるけれど、なんだか旅情が足りない。それに比べて山形新幹線はスケールが在来線のままだし、運行スピードも速くない。新幹線と名が付いているものの、僕らの知っている新幹線ではないのだ。急行電車くらいな感じ。なので、なんとなくその旅情を感じることが出来るのだ。銀山温泉の最寄りの駅「大石田」もそういう駅のひとつ。駅前にさえ何もないような新幹線の駅。建物は壁がひな壇状になっている。なんでそんな形なのかというと、一年に一度の花火大会を、そのひな壇状の駅の屋根で見るのだそうだ。そうそう、そういうの大事だよね。一年に一度の花火大会のためだけに、駅はそんな形なのである。この駅での乗降客はほとんどが銀山温泉利用者。山形県の片田舎にとって大事な観光資源な訳だから、こんなおそろしい田舎にも新幹線の駅が作れたのだろう。僕らは宿の送迎バスに乗り込んで、一面の銀世界の中を銀山温泉に向かう。

5. 銀山温泉というところ

 銀山温泉は、その名の通り、その昔にあった銀山のたもとに作られた温泉街である。大正時代に栄えた銀山温泉は、規模は決して大きくはないし、交通の便も悪いにもかかわらず現在まで栄えている。それは、木造3〜4階建ての温泉宿が立ち並ぶ独特の景観を守り抜いてきたことが、それに大きく寄与しているはずだ。観光地はキービジュアルになる絵がひとつあると強い。飛騨高山の古い街並。山形蔵王の樹氷。パリのエッフェルや凱旋門。ローマのスペイン階段。バンコクの水上マーケット。そんな特徴があって、その由縁もしっかりしたものが、記号として人々の頭の中にインプットされる。それを見に、感じに観光客がやってくる。銀山温泉のそれは間違いなく大正ロマンを色濃く残す、旅館の木造建築群である。その姿は、スタジオジブリの「千と千尋の神隠し」に出てくる温泉宿のモデルにもなった。また、NHKの朝の連続ドラマ「おしん」の幼き頃、おしんの母親が働いていたのが銀山温泉だったらしい。おしんが母親に買ってもらったという「おしんこけし」が銀山温泉のお土産物である。さらにもうひとつ。日本公共広告機構(AG)のCFに、日本の心をもつアメリカ人女将として登場する藤ジニーさんの存在も、この温泉地を有名にしている要素のひとつだ。(「最近の日本人は日本の心を無くしています」みたいなことを言ってるコマーシャルだったと思うのだけど。)おしんのお母さんの話は別としても、それもこれも、昔の街並を保存し保ってきたからこそ、銀山温泉にくっついてきたニュースなのだと思う。こういう、昔ながらの建築様式を残してゆくことは大変だ。これを壊して、もっと簡単な建物に立て替えてしまえばどんなに楽かもしれないけれど、銀山温泉はそれをやらなかった。今も、組合でお金を出し合って、職人さんを囲ってその景観の維持ができるような仕組みを守っているのだという。日本は日本を壊し過ぎたと思う。僕は昨年の青森への旅行以来、東北への旅行が大好きなのだけど、それはなぜかというと東北には「日本」が残っているからだ。東京だって、確かに日本ではあるけれど、パリはもっとフランスだし、ローマはもっとイタリアだ。もちろん、フランスだってイタリアだって、田舎の方がよりフランスであり、イタリアであるとは思うけどね。僕がいいたいのは、日本の古来の姿を知らずして、世界だけをみて新しい日本を作っていいのかということである。別に田舎を手本にしろと言っているわけではないけれど、残さねばいけないものをないがしろにし過ぎてきたのではないかと思うことがよくあるということである。ちょっと話がはずれたけど、古来の日本の姿を未だかいま見られるのが、東北旅行のいいところであるということだ。あとは、九州生まれの僕にとっては、一面の銀世界はそれだけで魅力的なエンターテインメントなのです。東北であり、銀世界であり、日本古来の姿を残す銀山温泉。到着して僕の目に飛び込んできた景観は、決して期待外れのものではなかった。

6. 正しい日本の休日

 今日のお宿である「古山閣」の部屋に入ると、山形弁の女中さんが色んな案内をしてくれた。たまに何を言っているのか分からないところがいい。「んっでっよぉ、食事はよぉ、だいたい6時くらいでえっか?…。えっか?んだか。してよぉ、食事の時の飲み物なんだけっどもぉ、ずビール(多分「地ビール」)と、日本酒と、焼酎とあっけれども、、、ずビールでえっか?えっか?んだか。8時くらいにひやさもってくっから、☆×■▽πφ★…」。なんだか心温まるのはなんでなんでしょうか。その説明も終わり、僕達はとりあえず、浴衣に着替えて他の宿のお風呂をもらいに行った。それで、あとは酒屋で酒を買って、飲んだくれて、食事の時間になって、全部平らげる前に酔いつぶれて、眠ってしまったようだった。気が付くと10時を過ぎていて、部屋の中には布団が敷かれていた。部屋はしんと静まり返っている。酔い覚ましに、藤井氏と、この宿の露天風呂へ向かう。ひのきの湯船から漂う硫黄の香りと、信じられないくらいに冷たい外の冷気と、雪明かりの中、熱い風呂に身を沈める。音は湯船に流れ込む源泉のちょろちょろという音だけである。白熱灯でライトアップされた街並も奇麗だろうなぁ、なんて外の風景に思いを抱きながら、体を充分にあたためた。湯から上がり、宿の外に出てみると、薄明かりに照らされた街並はいっそうとドラマチックであった。聞くところによると、雪が降ったのは今週のことだそうで、それまでは全然雪はなかったとのこと。ここ銀山温泉には雪が似合う。この姿が見られて本当に良かった。僕らは温泉街の真ん中を流れる川にかかる橋に立って、何枚かの写真を撮った。兵庫の城崎温泉(志賀直哉の「城崎にて」で有名)もそうなのだけど、こういう川と橋が、これまた街の風情を2倍増させるんだよね。とても素敵な風景でした。こういういいものは、がんばって残して行ってほしいものだと切に願います。あんまり外にいると体も冷えるので、その後僕らは内湯にもう一度入った後、部屋に戻って残った酒で晩酌をした。正しい日本の休日を送っている気がする。気分がいい。とか思っていたら、溶けるように意識を失い、気が付けば朝であった。

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