アメリカはミズーリ州スプリングフィールド空港でのこと。
日本を出てから10日目、いつものように一人で友人宅を2軒訪ねたあと
今日は夫と落ち合う予定のラスベガスヘ向かう日。
見送りに来てくれた友人とカウンターの前で「バーイ」と別れたあと、い
ざ搭乗となったとき空港内のアナウンスが「TWA537便セントルイス
行きは一・・」とかなんとか言い始めた。人々がざわめき出し“Oh!No"
という声があがり始め……。つまり、私の乗るはずの飛行機がエンジン
の故障でフライトがキャンセルになったというのだ。
え一っ、どうするの?タ方にはベガスに着いて夫と会うことになって
るのに。どうしよう!! アメリカ人は体が大きいせいか、こんな時でも
妙に落ち着いていてちっとも動揺なんかしていないように見える。カウン
ターの中のTWAの職員数人が大わらわで客との応対にあたっている。
私も長い列に並び順番を待った。職員の応対がまたのんびりしていて、
なかなか私の番がまわってこない。かすかに聞こえてくるのは
「オー、今日中にニューヨークには行けないって?そりゃ困った…」
「どうにかならないかねえ、どうしても今日のうちに帰りたいんだけど」
と悲痛な声ばかり。運の悪い人は今夜中には目的地に着けないようで、
どこかで泊まるはめになるようだった。やっと順番がきてTWAの人に
私は必死で途切れ途切れの英語でこう言った。「ワタシノオットガ、ラス
ベガスデ、ワタシヲマッテイマース、ワタシドーシテモ、キョウジュウニ、
ベガスニイキタイノデース。ナントカシテクダサーイ、オネガイシマシュ」
かわいそうな日本人に係の人はニッコリして言った。「大丈夫、5時間
遅れでベガスに行けますよ。夜遅くなりますがね、あなたはラッキーでし
た」 なにがラッキーなもんですか。でもまあ行けないよりはいいし、エン
ジン故障のまま搭乗させられるよりはもっと良かったんだしと気を取り直
した。そうだ、まずベガスにいる夫に連絡しなくちゃ。でもアメリカで公衆
電話を使うのは意外にむずかしいのだ。おまけに公衆電話には長蛇の列
が出来ている。エイ!と覚悟を決めて空港内の観光客サービスセンターに
駆け込みそこのお兄さんに私は言った。「ワタシハーラスベガスニ、デンワ
ヲカケタイノデース。シカシ、ワタシニハデキマセーン。ドウゾワタシヲ、
タシュケテクダシャーイ。オネガイシマシュ」
お兄さんは即座に夫のホテルにダイヤルしてくれて「どうぞ、ごゆっく
りお話を」と受話器を差し出してくれた。しかも無料だという。サンキュー
サンキューである。やっと夫とも連絡がとれ、急に疲れが出てベンチ
に腰を下ろしていたら、銀髪のきれいなおぱあさんが話しかけてきた。
「ハーイ、大変なことになったわね。私はアイオワ州に帰るんだけど、今日
中には帰れそうにないのよ。疲れるでしょうね。あなたはどこから?オヤ
日本?それはまた遠い所から…ねえ。ところで私はベティ、あなたは?」
「私の名前はきょうこ、K・Y・O・K・O、キョーコ」「???」
だいたい私の名前を正確に発音してくれるアメリカ人に今まで会ったこと
がない。どうしても「こよ子」とか「かよ子」になってしまう。キョウという
発音が英語にはないのだ。それにしてもこのベティさんは特にダメだった。
ついに彼女はあきらめて、私をケイティと呼ぶことにすると言い、6時間後に
別れるまで私は「ケイティ」と呼ばれ続けた。
ベティとは母娘ほども年が違ったが、とても気が合った。ベティのおかげ
で、長い待ち時間も楽しく過ごせて助かったのは私のほうなのに、「ケイティ」
にはお世話になったからと、タ食までご馳走してくれた。別れるのがつらく
なりそうだった。予定より遅れること6時間、ようやく私たちの飛行機が来て
セントルイスに向けて飛び立った。
そして、やっとの思いで夜中にラスベガスに到着。主人とも無事会えて、
その日の顛末を一気に話すと疲れがどっと出た。
「ところでいま何時?」「12時だよ」夫が言う。私の腕時計はミズー
リ州の時間のままだったから、すで2時をさしている。そこで初めて気
がついた。2時間の時差のおかげで、私の今日は26時間あったのだ。
「今日は大変な一日だったよ…」というのを、英語では(今日は長い一日だ
ったよ…)と言うらしいけれど、なんと的確な表現ではないか。
事実、私の今日は、人さまより2時間も長かったのだから。
