初海外! どきどきの香港・中国
香港〜広州〜桂林〜広州〜香港
これが、ともーのの海外旅行のはじまりでした。
もう、ずいぶん前のことだし、完全ツアーで行ったので、観光地、ホテル、レストランなどの名称はまったくわからず。
そのうえ、手元に該当するガイドブックもないので、フォローもできない(^_^;A
なおかつ、記憶もかなり、あやふやな部分もある。
でも、初めてだっただけに、とても印象深かったのか、15年前(2002年現在)のわりには、憶えてるもんだな、と思います。
もう一度、同じ足跡をたどって、どんなふうに変わったのか、全然変わってないのか、知りたいなぁ。

行った日=1987年2月5日〜9日
連れ=めり。

かいつまんで知りたいヒトは、こちら
おすすめ! レパルス湾 鍾乳洞 漓江下り 玉の香炉 烏龍茶
こまったちゃん ジャスミン茶(私はなんともなかったんだけど) コーヒー(わたしは全然平気だったけど)
トラブル! …特になし

出発前 …ある日突然、電話。
1月の、半ば頃だったか。電話がかかってきた。めりからだ。
「あんな。…中国、行かへん?」
へ?
と思ったが、言われるまま、彼女の指し示す新聞の広告(たまたま、同じ新聞を取ってたんでしょうな、確か)を見てみる。
香港経由、広州・桂林に行く、全行程食事付ツアーが、結構お手軽な値段で掲載されていた。(詳しい値段は忘れたけど)
「…行く」
パスポートを所持していない私は、日程的に差し迫った中、それでも母親の手も借りて、なんとか無事パスポート申請および受理をすませ、ほとんど予備知識も持たないまま、出発日を迎えました。
(職場では「初めての海外に中国って、めずしいな」と言われた。その後の私の旅行歴を暗示するような言葉だった)

第1日 大阪国際空港から香港、夜行船で広州へ
初めてのヒコーキ。(国内でも乗ったことなかった) キャセイパシフィックの、台北経由便。台北での乗降があるので、こんなに短いフライト時間で、なんと2回も機内食が出る。
1回目の機内食は、よくある「ビーフorチキン?」だった。(覚えてないから) しかし、2度目の機内食、エビチリは美味しかった! さすが、食の都・台湾で調理されたベントーなだけある! (後日「その10」で、さらに食の都の実力を実感することとなる)
その後、何10種類の機内食を食べることとなるが、今だこのエビチリは私の中のTOP3に入っている。
午後、香港に到着。そのまま市内観光へ直行。
その日、食事が終った後、夜出発・船中泊で広州へ行くため、ビクトリアピークに寄ったくらいで、せいぜい車中からの観光。
その中で、印象深かった、というか、衝撃的だったのは、有名な観光地であり、保養地でもある、レパルス湾(ベイ)。
何が衝撃的って…冬のため、人の少ない砂浜、のどかな風景の端に、突如現れる、原色のオブジェ!!
いや、オブジェじゃなくて、海の神様を祭ったお寺(寺だから、仏様か)だそうなんだけど、のどかな海岸に、いきなり「ドドーン」とドでかい原色の観音像が立ってるのを見た日にゃあ…。
でっかいコイに乗った子供の像もあるし…。
めりと2人、大笑いしましたね。
香港にお立ちよりの際は、テレビや写真では伝えきれない感動をぜひ!って感じです。
レパルス湾の風景をぜひ見たい!という方は、こちらのホームページを訪問してみてください。
「かもさん」のホームページの中の、レパルス湾の写真集
夕食は、船上レストラン「JUNBO」。ただでさえ、電飾ピカピカの、ド派手な外見に加え、時期が旧正月に当たってたので、内部もお正月モード!。ただし、料理は可もなく、不可もなく。
さて、この日の夜は、広州へ向かう船の中で泊まることになっている。
ガイドさんは「1等室だ」と言っていた。
中学の修学旅行のとき、フェリーで雑魚寝を強いられた経験のあるわたしにとっては、「つまり、個室ってことね」と、過剰な期待はしていなかった。
うん。期待はしてなかったよ、確かに。
してなかったけどさ。
…部屋のドアを開けたとき、これはないやろ、と思ったね。
まず最初に、「暗っ!」と思った。
部屋の大きさは、6畳の部屋のひとまわり小さくした感じ。(イメージとしてね)
乗船したのが夜のため、窓の外は暗く、電灯も暗めだったので、くらーいイメージになってる。
部屋には一応、洗面台がついている。そう、公衆トイレについているようなのが。
それはいいんだ、別に。
愕然としたのは…ベッド。 二段ベッド。
それを見ためりと私。
「…本棚?」
なんで、単に「棚」と思わずに「本棚」なんて思ったんだろう。
きっと、幅・長さとも狭くて、でも高さがあったからだと思う。
次に思ったのは。
「ここで寝るの?」
「ていうか、寝れるの?」
身長155cmの私ですら、「足伸ばして寝れるんかいな」と不安になる大きさに(ちゃんと伸ばせましたが)、きれいなのかキタナイのかわからん毛布。
不安になりながらも、とにかく横になりました。
…で。
気づいたら、そこは広州。
…そう。私には、この船が動いた記憶がありません。しっかり寝てるんじゃん!
めりも同様。もっとも彼女は、船が動いたことは知ってるようだが、しかしそれが、どれほどの差だろう。
「どこででも生きていけるな、私達」と思った船旅でした。(まあ、日本円で2000円でしたからね。贅沢は言えないんだけど)
(ところが、仮にも国際航路。(香港はこの頃まだ、イギリス領でしたから) ショボかったけど、免税店があるのだわ。もちろん、品揃えは悪い。でも、安い!)
−2日目へ続く−

