再び香港 怒涛の買い物ツアー




思えば、この頃から現在までに、香港は大きく変わった。
なんと言っても、1997年の中国返還は、香港にとっては激震だったに違いないと思う。
しかし1989年現在、人々は(少なくとも日本人は)返還の後のこととか全然考えず、デューティーフリー天国・香港を楽しんでいた。
いま考えると、香港に対してはなはだ失礼な話だけど、私の(多分大部分の日本のOLの)香港の楽しみ方と言えば、食べることとブランド免税品を手に入れることだった。
今なら、ピンクのイルカを見に行くとか、いろんな楽しみ方を見つけられるのにね。
でも、もちろんとても楽しんだ。
そして、めっちゃカネ使った!!
後にも先にも、あんなお大名ショッピングはない。
ていうか、できない。
まだバブルは始まっていなかったけど、忍び寄ってはいたのですね…あの狂乱が。






行った日 1989年2月10日〜13日

連れ ゆみ
    おすぎ 短大の時の友人。実家の浜松から、わざわざ京都に出てきて一緒に旅だった。
         …何のきっかけで、遠くに住んでる彼女を誘ったのだったっけ。忘れてしまった。



かいつまんで知りたいヒトは、こちら

おすすめだにゃあおすすめ!  スターフェリー
こまったにゃあこまったちゃん   当時は気に入っていたチャイナドレス
どうするにゃあトラブル!  …特になし




出発前 いざ、未練残した香港へ!

2年前の旅では、広州・桂林がメインで、香港はタダの通過地点だった。
「ま、時間があるし、ついでに寄った」って程度の。
私は非常に不満だった。そりゃそうだ。
食べるものよし、ブランド品安い。ここで遊ばにゃ、なんとする?!

この頃、香港はブームだった。(今の韓国ブーム以上だったかもしれない) もちろんハワイは、海外旅行の王様の地位を君臨していたけど、香港は「手軽に行ける海外」として、高い人気を誇っていた。
だから、「次の海外旅行」を考えたとき、「香港」が一番に浮かぶのは、至極当然の成り行きだったのだ。

そして、免税品天国! 私が目指したのは、ルイ・ヴィトンだった。
その頃のヴィトン人気は、今の比ではない!

ゆみと私は「ヴィトン買いに行くぞ!」「おーっ!」てな勢いで、有り金握って香港に旅だったのでした。
おすぎは、ブランド品興味なし、だったけど。
(今から思えば、おすぎの冷静さと、流されない理性を尊敬するよ、まったく)



1日目 香港着。ヴィトンヘ走れ!

前回と同じ、キャセイパシフィック航空。台北経由。
やっぱり食事は2回出た。あんなに短いフライトなのに…。しかも今回は、印象に残ってないくらい、普通。
やっぱり、前回のエビチリは、まぐれのようだ。

今回のツアーは、1日目は着後ホテルへ直行し、そのままフリー。2日目は市内観光、3日目はフリー。4日目は、デューティーフリー寄って、ご飯食べて帰るだけ。
ということを踏まえ、ゆみと私は計画を立てた。
(おすぎは「任せるー」の一言。なので、こっちの都合で引きずっちゃった)

この日、ホテルに着いて、一休みして、夕方に行動開始。

ともーの「さ、ヴィトン、行くで」  ゆみ「おう!」  おすぎ「…」

とにかく、第1目的のヴィトンのショップに、走る走る!
今はどうだか知らないけど、当時香港には、ヴィトンのショップが3店舗あった。滞在のホテルが九龍島の「ホテル・マルコポーロ」だったため、香港島にあるショップは除外。ペニンシュラのブランドアーケードに、もともとあったショップは、常に入場制限あるらしいが、新しくできたショップは大丈夫らしい、ということは、事前に調べてた。
とにかく、その新しい方のショップへと向かう。
しかし、私らが知ってることは、当然みんな知ってるわけだ。入場制限こそ食らわなかったが、超満員でしたよ。
(帰り、もう1つのショップを通り過ぎてみたら、入場制限してた…)

当時、「香港行ったらヴィトンを買う」っていうの、なんか決まり事みたいなとこ、あったしなぁ。
ゆみも私も、友人から買いつけ(?!)を頼まれていた。そのくらい定番だった。

その頃、「エピ」のシリーズが出て間もない頃だったか、それとも出る直前だったか。
私達がゲットしたのは、例の定番の柄の、定番商品だった。
私は、二つ折りサイフ(友人の分も合わせると、×2)、ボストンバッグの一番でかかったの。60インチだったか?(それも、友人の分と合わせて、×2、買いましたよ!)、セカンドバッグ。自分の物だけで、しめて10万弱でしょうか。13年前の物価にも関わらず!
ゆみも似たりよったり。彼女はハンドバッグも友人に頼まれていたようだ。

買いすぎ? 
いやいや。

ショップの日本人全員(もっともショップの中は、日本人のみでしたな)、同じかそれ以上を買ってました。
しかしさすがに、毎日この状態なので、裏の倉庫のストックの量は、すごい。
カウンター越しに、しょっちゅう出入りする倉庫がみえたのだけど、ボストンバッグが「ずどどどどーんっ!」と、積み上がってましたよ。
店員さんは、大忙し。客の問い合わせに必死に答えてるその脇に、支払いを待ってる客…。
その様子は、さながら。

「魚河岸のようだね」
「うん…」

だんだん、ブランドのバッグが、セリにかけられているマグロに見えてきたのだった。

この時買ったサイフ、3年ほど前の旅行から帰ったおりに、どうやらヘンなところに仕舞い込んだらしく、行方不明。
しかし、それまでの10年間(ラストの2年間ほどは、違うサイフも使ってたから、ほぼ8年間)、日常に使いつづけたが、型崩れ、一切なし。多少色が褪せたり、縫い糸が切れたりはしたけど、ぱっと見て「使い込んだサイフ」だとは全然わからないほど、長持ちしてるのだ。
さすがヴィトン。恐るべし。

(しかし強気のヴィトン社。その後、世界価格を日本の価格に合わせたため、一年半ほどで、二つ折りサイフの値段が1.5倍に跳ねあがっていった。私の買った当時、2万5千円。すっかりブランドに疎くなった私には、それがどれほどのものかわからないが、詳しい人が見れば、鼻血モノの値段だろう)

その日の夜は、適当な店で、ラーメン。
塩味のラーメン。上に、菜の花の茎の炒め物、ただし太さ直径1.5cmはあろうかというものが、てんこもりにどどん。
そういえば、前回の中国旅行も、2月。季節の野菜なのか?

この、茎の太さが衝撃だったらしく、彼女は、時々香港のことを話すおりに「あの菜の花の茎、太かった…」とつぶやくのだった。



−2日目へ続く−