◆フェラーリ


 憧れのクルマ。
クルマというより芸術品の領域にある。世界には数多くの名車とよばれるクルマはあるが、一つのメーカーでこれほど多くの いや出すクルマのほとんどが名車の領域にあるのはすごい。創業者のフェラーリ氏をはじめデザイナーや技術者の才能の賜物である。見てくれのカッコ良さだけではなくスポーツカーとしてのずば抜けた速さはまさに走る芸術品としかいいようがない。

スポーツカーといえば、ドイツのポルシェも有名だが、自分的にはどうしてもいまいち好きになれない。確かに早くて性能がいいのはわかるがあのデザインにあのエンジン音、ドドドドドと低く太い音。なんかどんくさい。

それに比べて、フェラーリのエンジンサウンドは まさにサウンド。クヮーーーンと響く 乾き研ぎ澄まされた音。くぅーカラダに響く〜。

そんなフェラーリを自分のものにし カラダと一体になって乗り回すのが夢の一つである。このクルマは不思議と若い奴には似合わない。白髪がすこし混ざったぐらいの そう人生の成功者が乗るのにピッタリなステイタスである。





   ◆ W杯と国会


 いまだ興奮冷めやらぬワールドカップ。
日本国中に夢と希望と勇気を与えてくれた。一次リーグ負けなしの堂々
一位通過。決勝トーナメント出場。実力では勝っていたはずだが 惜しく
もトルコに敗れた。日本代表チームの面々は みんなから惜しまれつつ
スタジアムをあとにした。

何度でも「ありがとう!」を言いたい。

その同じ日、国会では、一人の国会議員の逮捕許諾請求の審議をして
いた。それは満場一致で許諾され、やがて彼は逮捕された。国会議員
として国民の代表であった筈。誰からも惜しまれることもなく議場を去った。

本来、政治家は国民の代表として、リーダーとして、国をまとめ統率し、
国民に豊かさと安全を そして夢と希望を与えるのことが務めであった筈。
それがなくなった今、政治不信が失望へと変わり、長期にわたる不況、
ジャパンプレミアムという形で問題が表面化してきている。

いま求められているのは、人に夢と希望と勇気を与えることができる
『人』であり、心が動く感動にあふれた日々を得ることではないか。
つまり人に感動を与えることができるのは やはり『人』であり、また
失望を与えるのも【人】なんだということである。

自分は常にその『人』の方で ありつづけていたいと思う。






   ◆ ワールドカップ


 いよいよ明日(もう本日)日本戦がある。
別に興味がある訳ではないが、会社近く?の埼玉スタジアムで行われ
るし、用地買収・地盤補強などの話を聞いていた関係でちょっとは気に
なる。ま〜お祭りみたいなものだからねぇ〜。

先日すぐ近くをクルマで通ったら各国の国旗が道路沿いに旗めいていた。
雰囲気は上々! 
今日の昼休み会社の屋上に上ってみたがさすがに直接はスタジアムを
見ることはできなかった。

ゲームは勝っても負けてもいい、ただ良い試合を見せてくれ、ガンバレ
選手&サポーター達よ!!!





   ◆ デジタル


生まれて初めてホームページを作ってみた。
ここ数日間パソコンと格闘しているが、
目に見えない敵と戦っているような気がした。

平らなモニターの画面上で繰り返される作業。
途中で何度も失敗や訳のわからん状態になって ほとほと困った。
でも面白いので ついつい のめり込んでしまう。
目は疲れたが 気が付くとあっという間に時間が経っていた。

これだけ身の回りにデジタル機器があり、
日々の生活やビジネスもそれなしでは成り立たないのが今の世の中。

この「概念とデジタル信号の世界」は、ときに魔界にさえ感じる。

しかしキーボードを叩き、マウスをいじるだけで
何で HP がちゃんと出来るのか いまだに理解できてない。
まったくもって不思議な世界だ。