朝起きると、知らない人が二人、同室で寝ていた。昨晩はいつ帰ってきたのだろう。二人と言葉を交わすことなく、僕らは部屋を発った。今夜の成都行きの列車は22時発。今日は丸一日西安市内観光だ。
駅の近くでバスに乗り、一路大雁塔へ。城壁外にあるため、思ったよりも遠かった。大雁塔の少し北でバスを降り、バス停の近くのパン屋で朝飯にとクリームパン(1.5元≒22円)を買った。中国のパンはまずいと思っていたが、かなり、いや、めちゃめちゃうまかった!日本のコンビニのパンなぞ相手にならないうまさ。相方もうまいと言っていた。
公衆便所に寄るとそこには雪が残っていた。でも今日はいい天気だ。
大雁塔は大慈恩寺という寺の中に建っている。寺の入り口には20元と書いてあった。ガイドブックには10元と書いてあるのに、違うやん。重いバッグを持って中に入ると大きなお堂があった。塔はどこだと思いながらお堂の脇から奥のほうへ進むと、お、あった。京都の五重の塔の先端の鋭い部分を削ったような、丸みを帯びた高い塔であった。入塔料は30元。また値段がガイドブックと違う!30元は高いので、僕は小雁塔から西安の街並みを拝むことにした。相方のバッグを預かって、相方が大雁塔に登っている間に庭園のあずまやで一息つくことにした。なぜだろう、ここはすごく落ち着く。のんびりした感じで、都会の喧騒から隔絶された庭園であった。そこで日記を書いた。
相方が塔から帰ってきてから、お寺のトイレで大便をした。汚いトイレだったが、大便はもう出そうであったので、そんなことに気が回る余裕が無かった。便を済ませ、出ようとすると、あれ、ドアの鍵が開かない!なんでやねん!色々試してみたが・・・・・、マジで開かないよ・・・。
3分間便器の上でもがき、やっとドアが開いた。あんな汚い空間に閉じ込められたらノイローゼになっちゃうわ!
境内のお土産屋に入った。そこの店員のお姉さんがやってきて、片言の日本語で「コレ、ヤスイネ。」「60ゲン」と言って、中国の昔の銭のコレクションを勧めてきた。その店員の日本語が面白かったんだけど、時間が経つにつれて相手するのが疲れてきたし、おまけに店員の強引さが増してきたので逃げるように店を出た。「オキャクサン、50ゲン!」と言ってさっきの銭のコレクションを持って後をついてきた。おお、助けて!
寺をぐるっと一周して、出た。寺の入り口の前でおばさんが倒れていた。ピクリとも動かない。野次馬がたくさん集まっていた。階段から転倒したのだろうか?大丈夫やろうか・・・。
バス停に戻る途中で相方が焼き芋(1元)を買った。一口もらって食べるとおいしかった。
バスで小雁塔へ。そのバスの運賃集めのお姉さんがやたら相方に話し掛けていた。もちろん中国語なので意味不明。バスの運賃も分からない。話していることが終始分からなかったが、何とか小雁塔へ行けた。やけにセクシーなお姉さんだった。
小雁塔は地味で、入り口も分かりにくい所にあった。おいおい、ここもガイドブックと入場料が違う。京大の学割も効かず、仕方なく20元払って券を買った。入ると、人はいない。暗いし庭も地味だし、実はしょぼいんちゃうの??
奥へ進むと、お、先ほどの大雁塔を1/2にしたような小雁塔を発見。さあ、登って西安の街並みを見るぞ!
小雁塔の脇に、髪の茶色い女の子が塔の壁にもたれて座っていた。相方が「日本人の方ですか?」ととっさに聞いた。すると、「はい。」の返事が!相方の洞察力にはびっくりした。
その女の子は仏教大学のコで、今度西安に留学するからその下見も兼ねて西安に旅行しにきているそうだ。とても明るい人で、西安をかなり気に入っているようだ。小雁塔の壁にもたれて昼飯を食べながらのんびりしていたらしい。
とりあえず、僕は塔に登ることにした。小雁塔には登らない相方に荷物を持ってもらって、塔内の人に券を渡し、思ったより狭い小雁塔を登った。窓が小さく、外がよくみえない。だから、登っている途中で自分が今どこらへんまで登ったのか見当がつかなかった。上へ行くほど階段の段差がまちまちになり、天井が低くなっていく。13階かな、ついに最上階に到達!いやー、俺一人まさに塔貸し切りだ。塔の屋上へ出られる天井の穴と階段があったが、そこは針金で硬く閉ざされていた。窓からはほとんど西安の町は見えない。窓が小さすぎる。しかし、まるで遺跡を旅してるかのような雰囲気がたまらなくて、写真をパシリ。段差がまちまちな階段を降り、下りの小雁塔を楽しんだ。こけそうになった場面が何度もあった。
先ほどの女の子と塔の下でしばらくしゃべり、小雁塔の感想を言って、そこでのんびりしていた。小雁塔ものんびりした雰囲気が漂っていた。女の子が僕ら2人の写真を撮りたいと言うので被写体になった。僕らも写真を撮った。何枚か撮り、最後に僕ら2人の背中を写され(出発する旅人の後姿がテーマとか言っていた)、バイバイを言って別れた。
さて、バスで鐘楼に向かった。南大門をくぐって城壁内に入ると、繁華街が見えてきた。西安の中心はここら辺一帯だったのかー!昨日は西安の東の方ばかり(西安駅も泊まったホテルも西安の東にある)にいたから西安=田舎だと思っていた。
「鐘楼」バス停で降り、昼食をとるために近くにあった「美食街」と書いてある地下の食事処へ行った。「収銀台」(=レジ)とあったのでそこでお金を渡したが、中国語で「ここじゃない」みたいなことを言われた。よく分からない。とりあえず、メシがたくさん並んでいるところに行った。あ、焼きそばだ!中国に来て初めて焼きそばを見たので食べたくなってきた。その焼きそばをながめていると、コックさんが中国語で声をかけてきた。よくわからねー。焼きそばを指さして、「這是什麼?(=これは何ですか)」と言うと、メニューを指さして「これだよ」と料理名を教えてくれた。レジへ行って「我要・・・(I want to・・・)」と言おうとすると、そのコックさんが親切にも自らレジに行ってすべてメニューを伝えてくれた。そしてレジの人が発券してくれた。レジには他にも客が並んでいたのに・・・。とても感じのよいコックさんだった。
焼きそばが出てくるのをレジの近くで待っていると、別の女性の店員が「私が持っていくから」みたいな事を中国語で言い、「請座(=座ってください)」と言ってテーブルに座るよう促した。本来は自分で料理をとるセルフ形式なのに、ありがたい。お店の人々の親切なもてなしがとても心に染みた。
さ、焼きそばの味は・・・。うまい!肉の脂がいい風味を出していて、本当においしかった。相方はコリアンダーたっぷりの麺を食べて「コリアンダーうまい!慣れたらうまい。」と言っていた。すげー!俺には無理。
さて、昼食の後は少しの間、別行動にした。相方はデパートへ、僕は鐘楼のほうへ。京都のモデルになったという、西安の整然とした街並みを拝みたかった。が、入場料がくそ高いので鐘楼に入るのはやめた。鼓楼のほうにも行ってみたが、入場口が分からなくて諦め、そのまま鼓楼の門をくぐって北へ向かった。
トンネルの向こうは、西安の古い町があった。色は灰色に変わり、食事処や肉屋が軒を連ねる通りであった。鼓楼のトンネルをくぐってタイムスリップしたかのようだ。特に何も買わなかったけど、僕が求めていた場所に巡りあったと思い、ここらの界隈は後で相方と歩こうと思った。
次に、また鐘楼の交差点に戻った。子供向けの、英語を楽しく覚えるCDのようなものが通りの店頭で流れていた、おいおい、俺にとっちゃ中国語の方が訳分からないよ。交差点の北西の地下デパートへ行った。地下1,2階で構成されていて、、京都の藤井大丸のような感じだ。とてもきれいなデパートで、金持ちにしか買い物できないだろうな。
地下2階に大きな食料品売場を見つけたので行ってみた。おお、外国の商品がそろえてあるよ。日本のでいうと、リポビタンD、C1000タケダ、缶チューハイなど。中国にはビールはあってもチューハイがないので久しぶりに飲んでみたいと思った。WelchのブドウジュースやHeinekenビールもあった。やはり輸入物なので値は張る。こういった食品がずらーっと並び、見てて楽しかった。初・一人行動なので緊張していたけど、この食料品市場は不思議と落ち着いた。
交差点の東へ行ってみた。北東の歩道では中国語で自分の身の上を書いた紙を置き、路上で演奏する(どんなんかは忘れた)人を見た。周りにはたくさんの人がいた。演奏がとてもよかったのでお金を箱の中に入れた。
東へ行くとアイス屋があり、そこでみんな棒アイスを買っていたので僕も買った。これがまたうまい!バニラアイスだったんだけど、0.5元(≒8円)とは思えない味だった。次に本屋で中国の本を立ち読みし、デパートをぶらついた。デパートを出て、外の店で包子(肉まん)を買った。かぶりつくと中のスープがこぼれて手がぬれた。お、これは小龍包かな?
歩道の端で手をティッシュでぬぐいながら肉まんを食べていると、モンゴルの民族衣装を身にまとった女の人が寄ってきて中国語で話しかけてきた。何を言っているのか全く分からないが、女の人は話を続ける。話は結構長かった。きっとお金を恵んで下さいという内容だと思った。その女の人の後ろにはその夫と子どもらしき姿が・・・。女の人は両手を前に出して重ねていた。状況が把握できなかったのと、一人行動で緊張感が高かったのもあり、断った。状況が理解できれば恵む意志はあった。けど、西安は治安が悪いと聞いていたので警戒した。
集合場所であるデパートのスクリーン前に向かった。そこで相方と合流した。
2人で西へ向かった。小雁塔の女の子に鐘楼の西の方にアラブの町があると聞いていたのでそこへ向かっていたのだが、途中、商店街らしき場所を発見。入ってみることにした。商店街の入り口には中国風メガネ(図にすると→-0-0-)が売っていた。相方はそれを見て爆笑していた。この商店街は生活用品を売っていた。衣類、石鹸、シャンプー、文房具など。相方は夢中で品定めをしていた。一方、僕はあまり買い物には興味ないのでちらっと商品を見るだけ。買い物の時は別行動のほうがいいかも・・・。
奥で行き止まりになっているので引き返した。外に出て、再び西へ。あまり遠くへ行くと引き返すのが面倒なので適当な路地を北上した。大通りから裏通りへ。一人行動していた時歩いた街並みがそこにもあった。歩いているだけでも楽しい。そこでは西安の人々の生活がじかに見られる。幼稚園の前で子どもを迎えに門の前に立つお母さんたちの姿も見られた。動物の肉が丸々干されていたので相方が店員に何の肉か尋ねた。牛であることが判明した。結局アラブ街はなかったけど、楽しかった。
再び交差点へ。さっき僕が入ったデパートの前に「公共厠所(=便所)」という看板があるのでそのデパート内へ。しかし、トイレはない。おかしいな。
デパートの床を掃除するおばさんがモップで大量の砂を集めていた。ひょえー、ものすごい量の砂だ!どうやってこの大量の砂がデパート内に侵入したのか?そういえば西安、ほこりっぽいしなあ、それのせいだろうか?
トイレはデパートの北にあった。トイレした後は、南門の近くにある古文化街へ行くことにした。南門へバスで行き、「南門」バス停から少し歩いて、すぐ発見。古文化街は期待したほどの場所ではなかったが、昔の中国の街を再現した土産屋密集路という感じであった。つきあたりには「中国工商銀行」という看板が。この看板、興ざめ。
そこから北へ行くと、そこも古い庶民の暮らしがあった。道端でおじさんがリヤカーをとめて竹のようなものを売っていた。さとうきびのようにかぶりついて食うもののようだが、1本単位で売っているようで、試食に買うには多すぎである。日も暮れて辺りは暗くなった。途中で公衆トイレに行くと、おっさんが扉のないトイレで大便をしていた。しゃがんでいた。目が合ってしまい、かなり気まずかった。おっさんはそのかっこ悪い姿をタバコを吸って挽回していた。
バスで夜の屋台街へ。中国は交通マナーが半端じゃなく悪く、走行するバスの前を平気で横切る歩行者や自転車を見ていて乗っているこっちが冷や冷やした。
地図でこの辺りだろうと思われる通りを行くと、ぽつぽつ店があった。ヘビとも遭遇!檻に入れられていた。ヘビももちろん食用だ!
あれ、もう一つ南の筋だっけな?屋台街というほどじゃなかった。あらら。ヘビが置いてある店から北に行くと屋台が集まっていて明るかったのでそっちのほうへ行った。すると、食材をたくさん店頭に並べた店があった。野菜から肉まである。店内(と言っても大きなテントのような店)からはギターの音色と歌声が聞こえてきた。食材を見ていると店の人が出てきて入って!入って!という感じで僕らを店に招待していた。ここで晩飯を食うことにした。入ると、店内はギターと熱気でもりあがっていた。ここは鍋料理の店のようだ(後で知ったが、火鍋と言うらしい)。外に出て鍋に入れる食材を選んだ。牛肉と羊肉、あとは野菜を頼んだ。鍋はカーブした仕切りで2スペースに区切られていて、片方は赤い汁、もう一方は魚の頭が入った汁が入っていた。前者を相方が、後者を僕が使うことにした。鍋、おいしかった。ビールも1瓶頼んで飲んだ。禁酒宣言していた相方も一緒に飲んだ。羊肉は牛肉と区別がつかなかったが、うまかった。相方は汗をかいて辛そうにしていた。汁を交換してみると、辛っ!相方が使っていた赤い汁はすごく辛かった。これは汗もかくわ。その後は魚の頭が入っている汁のほうのみに野菜、肉を入れて食べた。
ギターの若者が来たが、1曲10元(≒150円)というので断った。かなりしつこく「歌わせてくれ」みたいな勢いで来たけど。バラを持った小さい男の子も来た。小学校低学年くらいかな。
ギターを持った小さい女の子も来た。20曲弱の曲名が書かれた一覧表を見せてきて、選んでっていう感じで寄ってきた。黄緑のジャンバーを着ていた。1曲10元だというので断った。けど、その女の子は何度も僕らのテーブルのところにやってきて曲を選ぶように言ってきたり、ビールをついだり、口をふく紙をちぎってくれたりしてくれた。何回も来るのでその女の子が気になってきた。その女の子の目は純粋だった。ひきこまれそうな目をしていた。僕の肩をつついて歌の一覧表を見せてくるしぐさには何かぐっとくるものを感じた。幼稚園年長か小学校1年生くらいの年かな。こんなに小さいのにもう商売をやっている。日本の幼稚園児の姿とは大違いだ。何も知らずに働いているのがかわいそうに思えてきた。でもそれ以上に、僕はこの女の子はたくましさに胸を打たれた。他のテーブルも何回も回って断られては次のテーブルへ行く姿。タイに行った時も働く子どもを見てガーンと心を打たれたような気持ちになったが、今回はそれ以上の衝撃だった。この子に一曲歌わせてみようとか、そんな気分にはなれなかった。
店を出た。店の息子らしき若い男の子にさっきの女の子はどこへ行ったか聞いた。店を出る頃にはあの女の子はいなくなっていたのだ。向こうの方へ行ったというのでそっちの方へ行ってみると、すぐ隣の隣の店からあの黄緑のジャンバーを着た女の子が出てきた。他の店でも同じようなことをやっていたようだ。その女の子を呼んで数元ほどお金を渡して帰った。
バラを売る男の子がそれを見て、僕にもくれと僕の体にくっついてきた。かなりしつこくてなかなか離れなくて、振りほどくまで数十メートル歩いた。
コンビニに寄り、西安駅まで歩き、さよなら西安、と心でつぶやいて22時過ぎ発の成都行きの列車に乗った。
列車はすぐに消灯になった。その夜はモンゴルの衣装を着た女の人やさっきのギターの女の子のことが頭に浮かんでなかなか眠れなかった。さっきの女の子の澄んだ目が頭に焼きついていた。その夜はずっと考え事をしていた。
さよなら、西安。