行きの空港でのドキドキ感がたまらない!

去年の春、関空発バンコク行きのタイ航空の深夜便でタイへ向かった。
これがタイ旅行の船出の瞬間であった。
この船出の瞬間が自分はとても好きだ。
夕方に大きなバッグをかつぎ、携帯電話は家に置いて、市バスに乗って阪急河原町へ。阪急百貨店前で相方(中国旅行と同じ相方)と落ち合い、そこから京都の町を背にして、俺らを乗せた阪急電車が薄暗い闇を切り裂いて梅田へ走る。
梅田の地下のレストランで飯を食って、タイの留学生の両親へのお土産を買って、関空快速に乗って関空へ。外はもう真っ暗である。
日根野という駅で電車は2つに分かれ、後ろの車両が関空行きになるというのでそこへ移動した。関空へは橋を渡るのだが、そこから見える夜景はきれいだった。海面に遠くのネオンが反射して幻想的な景色を創っていた。

関空に着いたのはすでに10時過ぎ。空港内のお店はローソン以外は当然ながら閉まっていた。departure timeは夜の1時半だったので、それまで関空をぶらついたり、缶ビールを片手に誰もいない待合広場でタバコをふかしたり、ローソンで旅に備えて色々買ったり、空港の外の寒気に触れて緊張感をひきだしたり。
夜の関空のまったりとした雰囲気がたまらなくよかった。海も静かだし、空港にはタイ航空の同じ深夜便の乗客しかいない。さらに、荷物チェックや身体チェック・パスポートチェックなどの一連のおごそかな過程になぜかものすごくテンションが上がるのだった。
モノレールみたいな乗り物に乗って移動したり、長い廊下を歩いたり、とにかく一つ一つの作業がものすごく記憶に残っている。
そしていよいよ飛行機に乗り込み、機内の狭さに不安を感じながらもタイ人のスチュワーデスの笑顔に癒され、いざ離陸!

スチュワーデス

初めはゆっくりゆっくり、原付並みの速度で動き出し、そして、それはいきなりのことだった。
ぐいーん!
急激な加速に僕も相方もシートにねじ伏せられたかのような慣性力を受けた。「ひえーっ!」
やがて機体がふわっと浮くのが分かり、僕らは日本を離れたことを実感した。「さよなら日本。」
機内の小窓から見える景色は絶景だった。大阪湾がだんだん小さくなっていき、夜景はだんだん闇の空間にちりばめられた光のくずに変身していった。深夜便ならではの景色だなあとむっちゃ感動した。他の乗客も小窓からその素晴らしい景色にうっとりしていた。

機内で相方がパニックに

やがて小窓の外から景色は消え、飛行機が雲の上に達したことを悟った。しばらくの間、救命道具の説明のビデオを見せられ、その後は相方と喋ったり音楽を聴いたりした。さすがにもう深夜の2時なので寝る体勢に入った人が多かったが、僕は興奮していて、むしろ寝るのがもったいないくらいだった。相方は始めての飛行機で緊張して眠れないようすだった。僕は気を遣って相方に窓側の席に座らせ、僕は通路側に座っていた。
スチュワーデスがドリンクを配っていた。僕らはドリンクを頼み、しばらく喋った。そろそろ寝ようかと思った頃、飛行機に不慣れな相方が、

「前田君、俺閉所恐怖症だから席代わってくんない?」

と言ってきた。確かに窓側は通路側に比べて多少閉塞感があったので変わってあげた。相方はしんどそうな顔だった。少し心配になった。

タイと日本の時差は2時間。午前3時という僕の時計の表示を午前1時に直した。なんか2時間得した気分になった。

早すぎる朝食

朝の6時過ぎ、つまりタイ時間の4時過ぎに朝食タイムはやってきた。あまり寝てないんですけど・・・。でも朝食とコーヒーのいい匂いに目はばっちりさえた。やがてスチュワーデスが僕らの席にやってきて、

「Bread or Rice?」

と質問してきた。僕は「Rice」と答えた。しかし、相方は腑に落ちない顔をして、

「パンかオムライスじゃないの?」

と言った。どうやら、ブレッド、オア、ライスというのをブレッド、オムライスと聞き間違えているようだ。僕はブレッド、オア、ライスだよと説明したが、それでも腑に落ちない相方はスチュワーデスにオムライスの有無を聞こうとしていた。結局聞かなかったが、もうすぐで恥ずかしい思いをするところだった。

つづく