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Lun Lun |
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カナダで暮らすといっても私が暮らしたことがあるのはVancouverとMontreal、そしてカルガリ−に滞在していたので、ここに出てくるお話はそのいずれかになります。後は、旅をした所ということになります。カナダは広いですから、すべてを周るにはまだまだ時間が掛かりそうです。
空気がきれいで、自然が身近にあってというのが私自身のカナダに対するイメ−ジです。モントリオ−ルは自然のよさよりも街、都市としての美しさ、そして都会のよさという印象があります。カルガリ−は本当に緑豊かで、ちょっと車で足を伸ばせば、大自然にめぐり合えるそんな印象を受けました。そして、バンク−バ−は都市と自然の融合した暮らしやすい街という印象があります。
いずれにしても外国で暮らすという事は言葉も違えば生活習慣も異なるし、遊び方も異なります。自分らしさにつながるこだわりを持つことは大切ですが、一つ一つのことに固定観念を持ち過ぎると暮らし難くなると思います。それともう一つ大切なのは、人によるという考え方を持つことだと思います。カナダは移民の国です。カナディアンと呼ばれる人も移民の子孫なのです。現在も続々と移民が増え続けています。政情の不安定な、一般に開発途上国と呼ばれる国からの移民の方もたくさんいらっしゃいます。偏見や差別的な考え方を持つという事は、この国で暮らす上で大きな妨げになると、私は考えています。日本人にも色んな人がいるように、国籍や肌の色が異なり、言語や生活習慣が異なっても結局その人の人間性なのです。たった一つの出会いや出来事でその国や民族のすべてを批判したりすることは出来ません。異なった国で暮らす以上、ある程度の柔軟性をもって一つ一つの出会いを大切に、楽しく朗らかに暮らしたいものです。
これは私が思うのですが、人間と言うのは昔、流行したル−ビックキューブに似ているとおもいませんか?同じ物を見ていても見る角度によって異なった色に見えてしまう。私には赤の面しか見えず、他の人には他の色しか見えない。そして、それぞれが自分が正しいと主張する。そういう時に、ちょっと一歩下がって、違う角度からみてみようと試みることが理解につながるように思います。 良い人・悪い人と言うのはもちろん人間性が大きくものを言いますが、出会うタイミングもあるのではないでしょうか。何かの事情で不機嫌なときに誰かに出会えば、会った方はあまり良い印象をもたないでしょう。反対にとてもご機嫌なときに出会った人々はとてもよい印象をもつでしょう。けれども、どちらも私の一面にしか過ぎないのです。第一印象は大切ですが、それだけでその人の人間性を判断するのは短絡だと考えています。 異国で言葉も通じない環境で暮らせば、人のちょっとした親切も身にしみるでしょうし、反対に言葉がわからないために馬鹿にされたように思うことも多いかと思います。だからこそ一期一会という思いを大切にして、真摯に誠実に人と関わりたいものです。
言葉に問題のない人でも、異国で新しく友達を作るのは難しいものです。移民の国である以上、同国人でかたまることが多いのも事実です。日本人の一所懸命と言う発想とは異なり、土地を変わり家を替わることにさして抵抗を覚えない人が多いようにも思えます。カナディアンですら、新しい土地で新たに友人を作ることは難しいようです。だからこそ家族、一族を大切に思う人が多いのかもしれません。浅く広く付き合っているうちに、良い出会いがあり、それが真の友情に育つこともあると思います。良い友は、本当に暮らしを楽しく明るくしてくれます。 言葉というのは、確かに大切ですが、言葉が通じることよりも心が通じることこそが、よい人間関係を育む基礎になるのではないでしょうか。自分がされて嫌なことは人にしない。日本でも、外国でも同じです。あるがままの自分でよいと思うのですが、その反面たくさんの出会いは自分自身と向き合い、自分を知る良い機会でもあります。人として学ぶことの多い良い出会いを。 日本でもそうですが、出会いの場について考えてみましょう。学校、習い事、職場、夜遊びの場、教会、人の集まるところはそんなところではないでしょうか。私の友人は学校からが一番多いですが、友達の友達が、もともとの友人を通り越して仲良しになったりもしました。今も交友が続いています。地域のコミュニティセンタ−で自分の好きな同好会に入るもよし、習い事をするのも人と出会うチャンスを得られるように思います。私自身はスポ−ツジムに通ったり、習い事をしたりしていました。好きなこと、自分が楽しいと思うことは、苦にならずに続けられます。そういうところから新しい出会いを見つけてみるのもいいのではないでしょうか。
何度もいいますが、カナダは移民の国です。信仰・宗教も多種多様です。また、宗教によっては食べるものや行動に制約があったりもするようです。私自身は信仰をもたないので、逆にどの宗教に対してもあまり偏見がありません。お付き合いをする上で、一緒に食事をしたりすると気をつけないといけないこともあります。また、「あなたは神を信じるか?」と言うような質問を受けることもあります。私は、祖父の遺言で、宗教の話と借金の話を友人にしてはいけないことになっていると言って避けてきました。信仰をもつことについて、私自身は偏見を持っていませんが、人に強要することは間違っていると思います。戦争の起源を考えると民族の違い、宗教の違いが原因になっている事が多いように思います。誰が正しいとは誰も決められません。人は何かを信じるために生きているのではなく、何かを信じることによって、よりよい明日を生きる事こそが大切だと考えています。私自身は神の存在を肯定も否定もしませんが、論争を避けたい方はこの話題は避けたほうが無難だと思います。ちなみに祭事なども宗教によって異なります。クリスマスはクリスチャンの祝日で、それ以外の信仰をもっている方には関係ないのです。外国人はみんながみんなクリスチャンではありません。
日本でも禁煙のところが昨今増えているようです。モントリオ−ルは比較的喫煙者に寛容な土地ですが、その他の地域はあまり寛容ではありません。レストランも禁煙で、テラスやパティオに喫煙席が設けられています。お酒を飲んでタバコも吸ってというのが許されるのは外だけなので、冬の長い国は喫煙者には辛いものがあります。私自身は日本でも、タバコを吸う前に必ず周りの人に吸っていいかどうかを尋ねますが、外国では聞くようにしたほうが絶対に言いと思います。多くの人に禁煙を勧められます。確かに、肺がんに掛かる率も胃がんに掛かる率も高いのです。セカンドスモ−クといって、くゆらしている煙は他の人の健康に関わることも事実です。ありがたい忠告と聞いておきましょう。私はいたるところで禁煙を勧められ、辟易しましたが、考え方によっては見も知らぬ人が私の健康を考えてくれるのですからありがたいことです。ちなみに、カナダはタバコが高いので、吸殻を取っておいて再び吸う人もたくさんいます。私はスモ−カ−ですが、1.5cm程しか吸いませんし、残りを再び吸ったりしません。吸殻をもう一度吸うのは、発ガン率が高くなるらしいですよ。それに、そんなにしてまで吸うもんでもないと思っています。時々、禁煙してました。ハイ
私はかなりの酒飲みです。人にもよると思いますが、私は夕食を食べながらだらだらと飲んでいます。私のように、食べ終わるまで何本でもワインやビ−ルを飲み続けるという食事の仕方は見かけません。ちょっとアルコ−ルを楽しんで食事をする、という人の方が多いようです。日本では、友人を家に招くより外で食事を楽しむことが多いのですが、向こうに行っている間は、お家に招かれることが多いです。郷にいれば郷に従えで、私も少し楽しむ程度にお酒を頂いています。よっぽど気合の入ったパ−ティでない限り、普通の晩御飯を一緒に頂くだけなので気楽に行きます。お酒も健康に良くないと考えている人も多いので、一緒にいる人の気分を害さない程度に楽しむ配慮は必要です。
この点について、やはりカナダは先進国だと思います。24時間銀行のATMでお金が引き出せますし、支払いも現地の銀行のキャッシュカ−ドで行えます。CIRUSのカ−ドをお持ちの方は、日本の自分の銀行口座から引き出すことも可能です。手数料も、日本に比べると格段安いです。ただしCirusをご利用の方は、日本の銀行の手数料が高いので、一度にまとめて引き出して現地の口座においておくほうが良いでしょう。利息も高いですから。 両替は街に「Money Exchange」の看板があるので、そこで両替できます。レ−トも各店によって異なります。何軒かのぞいて見てください。
郵便局もありますが、大抵街のドラッグストアや雑貨屋さんが取り扱っています。切手もここで買えます。お店の前に郵便取り扱いの看板の出ているお店は、取り扱っています。コンビニやドラッグストアは、土日でも空いているところもあります。荷物を送る方は大きさや重量に規定があるので、よく読んでください。 タバコは高いですね。CA$6.00前後ですから、ざっと人箱500円でしょうか。そのせいか、街中やカフェでタバコを吸っていると、「一本売ってくれ」とか、「一本くれ」と言われることも多々あります。お金を取ってもいいようです。断っても構いません。お肉や野菜は割安感があります。コ−ヒ−も1杯120円程度です。私は旅先で物価を知るのに切手(郵便料金)などを目安にしています。慣れるまでは、それを基準に日本の何割程度と言う風に計算しています。魚は需要が少ないせいか、あまり割安感はありません。安く買いたい方はチャイナタウンかT&Tへ。 カナダで働くためには、ワ−キングビザが必要です。移民の方や永住権をもっている方、もしくは長期滞在の認可を得ている方は、労働許可証がでる筈です。アンダ−ザテ−ブルと云う非合法の労働は、見つかったら国外退去もしくは、刑務所です。ワ−キングホリデ−のビザは期間限定の就労許可です。カナダの会社が申請を出して労働許可を取ってくれない限り、難しいと云われています。申請自体は簡単なのですが、なぜ外国人でなければならないのかなどの審査が厳しいようです。カナダも失業率の高い国です。やはり、自国民の雇用を優先したいのは何処の国でも同じです。仕事を見つけるには、新聞広告やジョブプレ−スメントセンタ−などもあります。今は、インタ−ネットで探すのが早いです。とりあえず履歴書をファックスなり郵送なり電子メ−ルで送ります。もし、興味を持ってもらえれば面接となります。忘れた頃に連絡があったりもしますが、大抵は急いでますからそんなに時間をかけません。これは西洋独特のアプロ−チの仕方だと思うのですが、ボランティア(無給)で働かせてもらい、その働きをみて雇ってもらう方法もあります。ワ−ホリの方は、日本食レストランや土産物屋が主な就職先です。大工さんなんかは広告がよく出ています。語学力に自信のある方は、チャレンジしてみてください。
街で暮らしていると、それほど車の必要性は感じないかもしれません。まして、私のように飲み助は苦になりません。けれども、郊外に住んでいると車がないと辛いものがあります。一番近くのセヴンイレブンまで、歩いて20分とか30分とかは普通なのです。車を購入するつもりのない人は、すむ場所を決めるときにス−パ−や交通の便をよく確認したほうがいいと思います。 車も新聞のクラシファイドの広告や中古車屋さんの宣伝、張り紙広告等、そして人づてなど購入方法は色々あります。カナダはガソリンの質が良いようです。車も10年15年落ち位の車は平気で走っています。車を購入するときは、必ず自分かメカに詳しい人を同行して、故障の有無、故障の起きる可能性の有無を確認してください。保険は必ずはいりましょう。飲酒運転は禁止されています。駐車違反の取り締まりも行われています。ル−ルを遵守しなければ、後で酷い目に合うことは必須です。 日本なら、いうことを聞かない子供にびんたを食らわすことも躾ですし、私自身は賛成です。カナダでは、たとえ自分の子供であっても公衆の場で、体罰を加えることは虐待とみなされます。また、赤信号で車が全く通っていなくても、子供連れで信号無視をして道路を横断したり、斜め横断することも禁止されています。自分にそんなつもりがなくても、誰かが警察に通報したりすることもあります。 カナダに限らず海外では、意外と簡単に麻薬と呼ばれる薬物が手に入ります。これはもちろん違法ですし、厳罰に処せられます。意外と、外国で暮らして気が緩むのか馬鹿なのか、そういうものに手を染める留学生もたくさんいます。なぜ、法律で禁止されているのでしょう?健康を損なうことはもちろん、健全な精神状態をも損なうからではないでしょうか。カナダでは、基本的にアルコ−ルもタバコもドラッグの一部という捉え方をしています。ですから、取り締まりも厳しいです。一般に、ドラッグの効能というのは性的快感の増幅につながるとされています。そんなものの力を借りなければ、よいセックスが出来ないのであれば、それは芸がないのであって、そんなことをしてまでしなくても死にません。好奇心や若気の至りで将来を棒に振りたくなければ毅然と断りましょう。そんな経験をしたところで、糞の役にも立ちません。自分を甘やかす前に、することがあるから外国へきたのではないのですか?言葉もろくに通じない人が、つかまるほど悲惨な事もありません。日本大使館も犯罪者に対しては、そんなに親切にはしてくれません。せいぜい電話で通訳してくれるくらいのものです。映画で見るような、囚人服を着せられて、強面のお姉ちゃんやお兄ちゃんと同獄につながれても、無事で帰れるといいのですが.....
カナダでは、一緒に夕食を頂きに出かけることもありますが、お家に招かれることも多いです。指定された時間の10−20分遅れていくのが礼儀です。ファッショナブルレ−トといって、おめかしに時間をかけすぎて遅れることの多い、おしゃれな女性達が語源のようです。ディナ−パ−ティなど、各自が持ち寄りで宴会する場合は食べ物と飲み物を持参しますが、お招きの場合はワインやお花などを持っていきます。お誕生日のお招きの場合は、誕生日プレゼントを持っていきます。気持ちですから。手作りのものでも、何でも喜んでもらえればいいのです。クリスマスの場合は、お招きいただいた方へとは別に、一品用意していきます。それは参加者全員で交換するのです。宗教によって、お祝い事も仕来りが異なるので、どなたかに良く聞いていかれるほうが、その場にふさわしく、みなさんに喜んでいただける良い集まりになると思います。
カナダだけに限らないのかもしれませんが、一般に人をけなすことが少ないように思います。たとえば日本なら自分の子供がよく出来ていても、他人に向かって自分の子供を手放しで褒める親は少ないでしょう。褒められて悪い気はしませんが、慢心しないためにも、6分くらいで受け止めておくほうが無難なように思います。逆に相手の方をたくさん褒めるようにします。その服は良く似合うとか、持ち物を褒めることはもちろんですが、同級生ならプロジェクトの出来を褒めたりすると、人間関係が比較的スム−ズに行くように思います。褒められたときは6分くらいに受け止めて、褒めるときは十二分に褒めるようにしていました。 私は、この地で出会った多くのイラン人やイラク人の方に戦争の凄まじさを教えてもらいました。湾岸戦争やイラン・イラク戦争は、そんなに昔のことではないのです。同様に、日本が植民地支配をしていたことも、されていた国の人々は痛みとして知っています。自分が何かをしたのではありませんが、そういう認識をもって暮らすことも一つの智恵ではないでしょうか。特に、韓国の方は日本人が過去の歴史に対して、どういう認識をもっているか、大変興味をもたれているようです。恥をかかない程度の知識は持ち合わせてください。 私は、友人がいたわけでも知り合いがあったわけでもなく、突然カナダで暮らし始めました。一人でいることや、何かをすることが苦にならない性格のせいかもあるのかもしれませんが、割とすんなりと暮らし始めました。一つには、ある程度の英語が理解できたということもあります。私は、せっかく外国で暮らすのだから、色んなお友達を作ろうと、努力もしました。日本人の友達はとても少なかったのですが、他に良い友達もたくさん出来たので、寂しい思いもせずにすみました。柔軟性という言葉があります。私は、「柔よく剛を制す」という言葉も好きで、できるだけ何事にも柔軟に、そして毅然と対応することを心情にしています。色んな出会いがあって、色んなことがありますがやはり楽し良い思い出ばかりのように思います。正しさというのは、時代や場所、そして人それぞれの価値観によって変わるものだと思っています。けれども公正もしくはFAREというのは、いつの時代も多少の常識の違いの中でも、変わらないものではないでしょうか。他民族や他人種に偏見を持つことなく、またたった一つの出来事で左右されず、よい人間関係を築き、楽しく暮らしたいものです。
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