8月22日(木) ケアンズ

グレートバリアリーフへ

朝7時に起きた。なぜか予定通りの時間に起きられた。
8時半に船に乗る予定だが、船上で払う現金が足りない。しかし両替所は9時から。
船が出るところにもショッピングセンターがあり、そこで両替することが出来た。
10分前についたが既に数人来てた。トラベラーズチェックが使えたので使った。
両替に6%の手数料がかかるので現金で払わずにお釣りをもらう方がいい。

船に乗りすぐ靴を脱ぎ、説明を受けた。日本人のインストラクターがいた。
ダイビングに関する説明をその人にしてもらった。病気に関するチェックをし、
免責のようなサインをした。全てNOにチェックしたが半分くらい意味がわからない。
そして船が動き出した。20人くらい乗っていた。一回止まったので着いたかと思ったが
魚を釣り上げただけのようだった。魚は40センチくらいあり、3枚に下ろしていた。
魚の餌にするようだ。ダイビングの前にシュノーケリングをした。
飛び込んではじめて海の水がしょっぱいことを思い出した。

ダイビング

私ではないですがこんな感じです

口に水が入り何もつけないより逆に辛かった。奥歯で挟んでないためである。
立ち泳ぎも慣れてなかったのですぐ戻ってきた。当然のように足がつかない所にいる。
気を取り直して再びチャレンジするとすぐ出来た。簡単だった。
しかしすぐ呼ばれてしまったので船に上がることにした。
次はダイビングである。ウェットスーツの上に重りを巻き、
ボンベ付きのジャケットを着た。
フィンとマスクをつけてone big step
(インストラクターが実際にそう言ってました)
ボンベで呼吸するのが変な感じだったが非常に楽だった。
口にくわえたものが命綱と意識してゆっくり呼吸し、
時々耳抜きをした。
4人+インストラクターで泳いだが2人ほど泳げないらしい。
インストラクターに手を引かれていた。
自分は2年くらいブランクがあったが楽勝だった。
口呼吸はすぐ慣れたし、
フィンも小中学校の時に使い込んだからまったく問題なし。
もう少し時間が残っていたが一名限界が来たらしく
早めに終了した。
グレートバリアリーフよりダイビングそのものの方が
興味深かった。もったいないかもしれない。
私ではないですがこんな感じです

ウェットスーツを脱ぐと非常に寒かった。
Tシャツ一枚でくるところだったので危なかった。
少し移動すると珊瑚の島っぽいのが見えてきた。
上陸しても何もないといっていたがいまいち説得力がない。
そこで追加料金を払って2度目のダイビングをした。
さっきとは違い魚がすぐ横を泳いでいる。
自分が泳いでいるのにあまりにもはっきり見えるので
潜水艦から見ているような気分である。
今度は全員ちゃんと泳げるので結構深いところまで行った。
さっきよりジャケットの空気が少ないので何もしなくても沈む。
珊瑚に近づこうと思って動きを止めて沈んだが、
近づきすぎて蹴りそうになった。蹴ったかもしれない。
泳いでいてなかなか楽しい。小型の鮫みたいなのがいた。
小さい魚ならまだいいが、大きい魚が近づいてくるとかなりこわい。

陸地に戻る

船で昼食をとった。見ていて思ったが土に返るものは何でも捨ててる。
4時半に港に戻った。カンタストラベルで飛行機を頼もうとしたが高い。
とりあえずキープしてもらって自分で宿を頼もうとした。
地球の歩き方に書いてある電話番号では通じなかった。嘘ばっかりだ。

ベッドがない

部屋に戻ろうとすると受付にどのベッドで寝ているか聞かれた。
日本人の隣で寝ているかと聞かれたが日本人は一人じゃなかったので
うまくこたえられなかった。
よくわからないまま部屋に戻ると自分のベッドがなかった。
置いていたものは撤去され、いすの上にあった。
隣のベッドの人が「my friendの荷物」みたいなことを言ってた。
この人はイギリス人みたいだがさっぱり何を言っているかわからなかった。
早いし、なんかくだけてるし、単語も難しい。
やっと状況がわかり受付に行ってどのベッドで寝ればよいか聞くと
とりあえず5分待てといわれた。部屋にいると別の人が簡易ベットを持ってきた。
Where is your bed? I have no bed. というやり取りの後ベッドが出来た。
非常に嫌そうな顔をしてやると、新しく入った人は明日出るから空くと言われた。

Night Marcketに行くと日本人ばかりだった。フードコートで食事をして
アイスクリームを食べながら帰ってきてシャワーを浴びた。
昨日寝てたところに今日泊まる人が来たので話を聞いてみた。
イングランドの人で6ヶ月いる予定らしい。「モネ」というレストランで働くそうだ。
安いからここに泊まるので何日いるかわからないとの事。
明日空きが出る見込みはかなり薄い。いいかげんなやつばかり。
昨日両替をしてもらった日本人と話をした。高専を出て、ぶらぶらして
オーストラリアに7ヶ月滞在中。そんななかもう一つ簡易ベッドが部屋に来た。