死な(ね)ない理由 (3)


 いよいよ団地の最上階に上がり、地上を眺め下ろしました。少し雨のパラつく静かな夜でした。向かいの団地の7,8階くらいにある部屋のドアが半開きになっていて、かすかに光が漏れていました。傘が何本も窓の柵にかけられていたり、壁に立てかけられたりしていたし、玄関に入り切らない靴が廊下に何足か出ていたので、何かの集会でもやっていたのでしょう。何か自分とあまりにも別の世界の風景のような感じがして、少し不思議でした。
 そして13階の柵を越えかけましたが、怖い、どうしようもなく怖かったです。だけど今さら自殺を止めて生きる気力もなく、しばらく(2時間くらい?)どうしようか悩みました。今まで生きて、毎日どこにも居場所もなく、理解されない苦しみを1人で抱えながらも大学へ通った事。在学中もお金が必要だった為、「目が死んでいる」とか言われ、辛い思いをしながらバイトを続けていた事。そこまで苦しみに耐えて生きてきた結果が、今から1人、地上に飛び降りて終わる。死ねば友人や両親は悲しむだろうけど、やがてそれぞれ普通の生活に戻り、自分のことを、命日にでも思い出してくれる人は、親友の彼くらいかな、等。結局苦しむだけの人生を送ってきて最後に残されたのが、孤独な恐ろしい死。柵を越えかけてはやめたりを繰り返したり、座り込んだり。もう死ぬこと以外考えられない程疲れ、苦しんでいた私が一歩踏み出せなかったのは、「ここから一歩足を踏み出せば俺は死ぬが、死んだらどうなるんだろう?」という怖さでした。
 結局放心状態で自殺は止め、コンビニでビールを買って飲みながら歩いて帰ったことは何となく覚えています。しばらく経つと夜が明け、電車に乗って帰宅しました。何も知らない両親は就職の話ばかり。私は、もうこの人達はどうでもいい存在でしたから、適当に流してました。
 とりあえず就職は決まりましたが、やはり心は限界で体も動かなくなり、3ヶ月で壊れ、退職しました。それからは、死は怖いけどもうこれ以上は生きられないから、貯金が尽きたら死のうと、死ぬ事ばかり考えていました。体は動かず、1日に12時間は眠り、悪夢をみて目を覚まし、起きている時は自室にこもって自殺に関する本を読んだり、ボーっとしてました。「生きる屍」でした。宅急便も電話が鳴っても別の世界の出来事のようでした。一番辛かったのは姉の結婚式でした。心も体も動かないし、誰にも会いたくないのに親類縁者とも会わなければならない。姉とは比較的仲が良かったから出席してあげたかったけど、外に出て人と会う位なら自殺しようとも考えましたが、姉が気分良く結婚式を挙げられないかなと思い、何とか出席しました。
 やがて年も明け、親からも「そろそろ動き出すんだろ?」等言われ、もう限界でした。だけど、1回自殺を決心したけど死ねなかった経験があったので、ダメもとでもう一度、別の精神科に行ってみました。行こうと思ってから、実際に行くまでに2週間ほどかかってようやく、という感じでしたが。

次へ