死な(ね)ない理由 (2)
しばらく医者に行ったり行かなかったりでしたが、その頃は死ねる薬の知識がなかったので、「もう限界。生きても死んでもどっちでもいい」と、家にあった薬を200錠くらい飲みました。途中で気持ち悪くなったけど、吐き気をこらえて全部飲みました。結局死にませんでしたが、その後の記憶は曖昧です。それからも医者にもらった薬をためてまとめて飲んだり、死ぬ事が頭から離れませんでした。
大学など、どうでもよかったのですが、1年留年してとりあえず卒業は出来ました。生きる気力は全く無かったけれど、親とは縁を切る。後の事はどうでもいい。1人で生きる為には働かなければならないと、心身に鞭打って就職活動を始めました。
しかし、心も体も限界で、「もう死のう」。未遂はしくじったら後遺症が残ったり、四肢切断したりして残りの人生死ぬまで苦しまねばならない。親の迷惑にも世話にもなりたくなかったし、薬や包丁で首を切ったり刺したりしても、なかなか死ねず、死ぬまで痛い思い、苦しい思いをしなければならないし、100%確実な自殺方法はないと何かの本で読んだので、既遂率の高そうな方法で確実に死のうと決心しました。
鉄道飛び込みは最も確実に死ねそうでしたが、親に賠償金がかかるから×。首吊りも準備するのが面倒だし、しくじったら脳に後遺症が残って自殺すら出来なくなるかも知れない。そこで、飛び降り自殺に決めました。
なぜかなるべく家から遠くで死にたかったし、もう家に帰るつもりもなかったから、夜、友達と電話をした後、家を出て電車に乗りました。途中、通過待ちの為停車したのですが、「今から俺がやろうとしている事は、この電車に飛び込むのと同じなんだよな」と特急列車が通過するのを見ながら思いました。そうしたら怖くなって足がガタガタ震えましたが、決意は変わりませんでした。