けっして積極的な理由でないにせよ今回HPを立ち上げたのは友人や諸先輩方のHPを拝見させて
いただき感想メールを差し上げると決まってyuzzuさんも簡単だからどうでしょう・・・・と
いう回答が必ず返ってくるのがきっかけでした。また、友人uもそろそろおまえもpcを購入して
なんか公開しろよ・・・・。と後押しされる形でした。
私も自慢出来るほどではありませんが、今ネガをひっくりかえすと
よくまあこんなに訪ねたもんだと「自分で自分を褒めてやりたく」なるほど地方にでかけていました。
私の興味の対象は専用線の特に小型の機関車がメインでした。私が主に活動していた
’80年代中盤のころはまだ石炭産業も斜陽化は進んでいましたが昨今のような国からの
補助金が打ち切られるような事もなく、円高も今ほど進んでいませんでした。従って各種
の鉱山もいろんな鉱石を各地で産出していました。
ところが私も就職し女遊びも覚えてしまうと、どうしても鉄活動からは遠ざかってしまう
凡人のたどるパターンをそのまま踏襲せざるおえませんでした。ちょうどそのころバブル
景気に日本中が酔いしれて国産の素材、燃料産業が円高で一気に下火になってしまったの
です。つまり、他の遊びを覚える→対象が無くなる→仕事も忙しくなる。という悪循環の
末ついにほとんど出かける事は無くなってしまいました。
ところで、ここで話しは全く違うのですが下の写真を見てください。
なんの変哲もない古ぼけた小汚いペーパーナイフです。まあお宝とは程遠い代物ですが
実はこれは1971年に亡くなった私の祖父から、かたみに戴いた物です。
後でみて驚いたのですが、その柄に彫ってあるのが、なぁんとあのOTTO DEUTZの小型機関車なの
です。OTTOの焼き玉機関車といえばヤマサ醤油の工場に保管されている
おそらく日本最古の内燃式機関車の事を思い出します。
そしてさらに驚いた事に親父に確認したところ、その祖父はエルレイボルト商会というドイツの
貿易会社に勤めていたのです。エルレイボルトといえばOTTO DUITZの代理店でした。
どうも祖父はその会社に在職中このペーパーナイフを手に入れた
のでしょう。ヒョットすると日本最古の内燃式機関車の導入にかんでいたのかもしれません。
今となっては確認しようがありませんが、もう少し長生きしてくれればと思うと本当に残念でした。
一見、話しが出来すぎているように見えますが・・・本当の話なんです。
つまり小型機関車の趣向はどうも私のDNAにすでに書き込まれた必然だった気がします。
裏
上から"GASMOTOREN-FABRIK"、"DEUTZ"、"CO(ドイツの表記でOの上に・・のあるやつ)LN-DEUTZ"
話しをもとに戻しまして・・・・
私が鉄に復活を遂げるのは10年ほど前RailMagazine主催のインドネシアのKoppelツアー
でした。見開きの広告である蒸気の写真を見ていたら無性に行きたくなって即応募したのです。
応募の問い合わせをすると、まだ受付すら始まっておらず旅行会社の方が困惑した感じで
電話対応していたのを思い出します。
こうしてめでたく鉄に復帰する事になりました。
hpにアップさせる写真を選抜するに実は悲惨な写真ばかりで正直悩んでしまいます。
その内容はピンボケ、手ぶれ、露光ミス、現像失敗、フィルムダブル露光等々
とにかく失敗の連ちゃんでした。
わずかに残るまだ見れるかなぁという写真をこれから選抜して掲載してみようと考えています。
どうかこんなYUZZUを笑って許してください。
以上です