私が始めて手にしたカメラは親父のキャノネットだった。当然親父は
幼少の私にカメラという高級機械に手を触れさせるわけもなく家族写
真の時はただただ指をくわえてみていただけである
 | | 今でも記憶にあるが黒い分厚い皮のケー
スにいれて大切に使用されていた。
付属のレンズフードをひっくりかえして
レンズに装着し、親父が大事にピントを
調整していたのを思い出す。当然子供に
とっては正にあこがれの操作だった。
おそらくわかる人にはわかると思うが当
時のキャノネットは巻き上げレバーは底
板についていて皮のケースもその部分が
大きく切り欠いてあった。
あのジジジッという巻き上げ操作もまた
私の憧れだったのだ。
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そして私の子供の頃の原体験としてのカメラ像はこのCanonetになった。
しかし、いくつかの不満点があった。
まず、なまいきにも望遠レンズが使い
たくなった。また、シャッターストロ
ークがやたら長く。早い被写体を追い
かける時はしょっちゅうミスを繰り返
していた。また何と言ってもデカくて
"カッコ"悪かった。
(今思うとけっしてそんな事はないが・・・。
子供の私はそんな事を理解出来るセンスなど
無かった。)
確か中学生の時に友人と上野にキオスク鉄を敢行した時だった。友人はPEN-EE3
を駆使して大量にシャッターをきりまくっていた。同じフィルムを使っているのに・・・
 | | そしてその仕上がりを見てまたまた驚いて
しまった。私の撮った作品とほとんど変わりはない。
(子供の私にはそのように見えた。)
当然その悩みを親にぶつけてもなかなか相手にはし
てくれない。しかしMY CAMERAははもうこれしかな
い!と心に誓った。
そして、ついにその年の誕生日に貧乏だった親にな
んとか頼み倒して、やっとMY CAMERAは誕生した。
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驚くべき72枚まであるカウンター、車でいえば
時速300kmまであるメーターパネルを見てい
るような快感がある。フフフっ、他のカメラでこ
こまで豪快なカウンターは有り得ないだろう。
これだけで十分満足してしまったと思う。赤い40
という数字はまるでレッドゾーンに突入していくよ
うな(そんなにフィルムを無駄遣いするな!)
自虐的な快感に浸れるのである。
しかし、手中にあるPENをながめては随喜の涙をこぼしていたと思う。
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