私のPP体験談
それは2001年はじめに仕事でフィリピンへ行ってからが、ドツボへはまって行った入り口でした。
日本へ帰ってからも国内の出張に行った際はよくフィリピンパブに行きました。
そんな中、あるフィリピンパブでJ子(仮名)にはまってしまい、毎週通い詰め、
フィリピン来たら案内してくれると言われたので、ついに2002年夏に渡比してしまいました。

ヘリテージホテルから
8月1日:
成田からマニラへJL741で飛びました。
仕事以外で行くのは初めてなので、何か変な感じですが、空港でみやげの定番である
シーフードヌードルを3箱も買ってしまったら1万円を超えてしまいました。
そんな感じで飛行機に乗りこみまわりを見渡すと、同じ境遇のようなおじさんがいっぱい
いました。(みんなどんな気持ちで行くんだろう?)
約4時間でマニラ空港に到着し、タクシーでパサイのホテルに向かいました。
そしてチェックイン後、J子に電話すると「今、いとこのバースデーパーティー、明日電話する」と
すっぽかされるんだかわかんない答えが返ってきました。
本当に会えるのだろうかという気分でこの日はおとなしく就寝しました。
8月2日
いつもより早く8:00に目覚め、J子に電話すると「これから、いとこと妹と出る」とのこと、
J子のバハイはマラボンと聞いていたので、LRTで来ても1時間くらいかなと思って
レンタカーを9:30に予約していましたが、一向に来る気配がありません。
本当に来るのかなと思い電話をしてみると、「今LRTの車内」との答えがあったのでした。
そして結局、エドサアベニュー駅に来たのが11時半になってました。
「なんで遅れた?」と聞いたところフィリピンタイムだからしょうがないとあっさり言われ
何も言葉に出ませんでした。
気を取りなおしてレンタカーでタガイタイに4人で向かったのでした。
途中、マクドナルドに立寄り昼食をとり(もちろんお金は自分が・・・)
タガイタイのボート乗り場に来ると、タール火山に行くには船と馬で3000ペソと言われ
考えたあげく行くことにしたのでした。
そしてボートに乗って対岸に着くと、今度は子供たちが帽子やらジュースの攻撃の嵐、
1人ずつ馬に乗ると、ゆっくりと山頂へ。
山頂からの眺めはさすがに綺麗だったがものすごく暑く、結局ジュースを買う羽目に。
しばらく休憩した後、また馬に乗って下山、しかし途中で雲行きが怪しくなり案の定
スコールずぶ濡れ状態になりながらの下山でした。
そんなこんなでマニラへ戻り、夕食はローカルのフィリピンフードで、しめて1500P。
これで1日終了。



8月3日
今日は電話しても応答なし
1人でマカテイへ。
夜はホテル向かいの「フィリピンパブ」へ行ったが結局1時間で帰り、
その後は会社の人と合流し、DISCOへ。ココはナンパの女の子がいっぱいいて
交渉次第とのこと。
8月4日大雨
今日も電話するが応答なし
午後、レンタカーでJ子のバハイのマラボンへ行こうとするものの、結局トンドを過ぎた
ところで、冠水によりたどり着けず。
やっと電話に出たものの、「バハイから出れない」。
明日、帰るのにと思いながらホテルに戻る。
夕方、メールが入り、「夜ミュージックラウンジへ遊びに行こう」と入り、
再び、レンタカーで5thアベニューで8:30に待ちあわせするものの、
いつものごとく現れず。結局1時間遅れの9:30に合流し、「ベストフレンド」へ
ココの店はフィリピン人ばかりで、カラオケもよくわからない。
そんなこんなで12時近くになり、ほんとに最後の別れとなりホテルへ帰ったのでした。




写真は左上からタガイタイ、左下はマラボンです。
8月5日
早朝、空港までタクシーで行き、JL742便で帰国したのでした。
ニノイアキノ空港にて
10月近況
まだJ子は帰ってこない。
たまに電話するが、パスポートがイミテーションだから日本へ来れないでいるみたいだ。
早く帰ってこないかな。