・・Korea 9days ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
韓 国 9 日 間  徒 然 日 記
第33号 4日目の9――チャジャンミョンとアイスコーヒー の巻
2002.10.24 発行

発行責任者 ちはる

 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Turezure Diary・・
 
この日記は、ちはるが実際に韓国でつけていた日記をもとに、加筆、修正、再構成したものです。
今回ちはるは韓国に行きましたので、呼称に関しましては在日本大韓民国大使館HPの記述に基づき、地域は「韓半島」、人は「韓国人」、言語は「韓国語」と表記します。特に政治的な意味はありません。
もしかしたら文中に、不適当な発言、あるいは間違った記述があるかもしれません。その場合はどうぞ容赦なくご指摘ください。ただし、旅の折々で胸の内に生じた感情については、あえてそのまま書いている場合もあります。どうぞご了承ください。

《2002年4月23日―9》

 高速バスターミナルへ

 図書館見学を終えた後はゼミで、ハンさん、イムさん、わたしの3人でしばらく雑談。

 そうそう、3人でナムサン[南山]の話をした。
 デジカメのモニターで、ナムサンの画像をふたりに見せながら、ここに登ったことはありますか? と訊いたら、ナムサン登山の一番最後の画像(下右)や湧き水の水場の画像(下左)を見ながら、「ああ、ここからあと5分ほど行ったところにチムプラム[七佛庵]の磨崖仏がありますよ」と言われた。

崖の斜面下にあった湧き水の水屋
崖の斜面下にあった湧き水の水屋

崖の斜面で見た石積み
崖の斜面で見た石積み

 がーんっ!

 やっぱり道はまちがっていなかったのかっ!

 ひゅるるる〜って感じでがーっくりきちゃったけど、あの時はあれ以上ひとりで先に進んだから、絶対危険だった。しかたがない。

 「また今度キョンジュに来たら、一緒にナムサンに登りましょう」とハンさんがなぐさめてくれた。ううっ、ありがたいです。

 さらに、わたしが当時は古墳だと思っていた、ナムサン山中にあった小さな盛り土の画像を見せると、「これは現代のお墓です」と言われてしまった。

 えーっ、これ、お墓っ!?
 ひょえーっ! 知らなかったとはえらいものを撮影してきてしまった。

 何か、お墓に入っていた人に申し訳ない。反省。

 6時頃にふたりで大学を後にした。
 タクシーで来ちゃったので、トングク・テハッキョ[東国大学校]がどこにあるかいまひとつわからなかったのだけど、実際にはホテルから見て北西の方向、ヒョンサンガン[兄山江]を渡った向こうにあった。

 帰りはふたりで、川沿いの道をぶらぶら歩きながら、高速バスターミナルまで戻った。
 高速バスターミナルまでは30分かからなかったと思うから、歩いても2kmくらいの距離だったのだろう。

 雨はすっかりあがっていたけど、太陽は見えなかった。でもまだ韓国では暗くなる時間ではなかったので、まわりは灰色がかった白さで明るい。他の学生と一緒になって川の向こうへと歩いていく。

 橋の上に来た頃、左手の川の土手を指差してハンさんが、「学生の頃、あのあたりでみんなで遊んでいた時、土器を発見しました」と言った。
 ふうーん、キョンジュって、ホントに町中いたるところに歴史にまつわる場所があるんだな。

 帰り道も、いろいろな話をした。猫(韓国ではペットとして猫を飼うのはマレらしい。嫌いなんですって)の話とか、人気のある旅行先とか。まあ、ようするに、たあいない話を。

 川沿いの道を歩いたが、川と反対側の方向には、あまり背の高くない団地みたいな建物が並んでいた。
 そういえばこの町も奈良と同じで、建物の高さ規制があるんだよな、ということを思い出す。

 高速バスターミナルまで戻って来た頃には、そろそろ暗くなってきていただろうか?

 ハンさんはキョンジュではなく、別の町に住んでいるので、ここからバスで帰る。
 でも、たまたまお友達から電話がかかってきて、いまキョンジュに車で来ているから一緒に帰ろうということになった。

 お友達が来るまでまだ時間があるので、ふたりでコーヒーでも飲みながら時間をつぶすことにする。
 


 チャジャンミョン

 高速バスターミナルのあたりに、いわゆる日本でいうところの喫茶店とかコーヒーショップがないことはわかっていたので、駅前の方までゆるゆるとふたりで歩いていく。
 農協のスーパーがある角を曲がり、駅前を目指す。

 途中、中華料理屋があった。
 「日本でも中華料理屋は出前が多いですか?」とハンさんに訊かれる。

 出前か。我が家には出前の文化がないので、どうなんだろう?
 「日本でも出前はしますよ」とこたえたら、「韓国では、中華はほとんど出前」と言われた。
 ふーん、そうなんだ。

 その中華料理屋の店先に、「チャジャンミョン」(いわゆるジャージャー麺)と貼り紙が出ていたのだっただろうか? わたしが、「チャジャンミョン、食べたことないんですよねー」みたいなことを何気に言ったら、「じゃあ、食べて行きましょう」とハンさんがさっそく中華料理屋のドアを開けた。

 ああ、ねだったわけではないのにっ!(笑)

 その中華料理屋は、中に入ってみると、真ん中に通路があって、右側に座敷、左側がテーブル席になっていた。

中華料理屋店内
中華料理屋店内

 韓国では中華料理屋はほとんど出前、という言葉どおりに、この時店に客はいなかった。
 座敷で、この店の元主(あるじ)らしいご隠居さま風のじーちゃんと、その孫らしい1歳くらいの幼児が遊んでいるのみ。

 ちょうど出前に行く男性が店を出ていくところで、日本と同じような(あるいは同じ)おかもちを手に下げて店を出ていった。
 ああ、なんか、絵に描いたような大衆食堂だ。

 店の奥から女性が出てきて、注文をとってくれた。
 そのあとすぐ小皿に盛られたたくわんと玉ねぎ、それに別の小皿にはいったみそが来る。
 玉ねぎはみそをつけて食べたような記憶がある。

 なんか結局夕食までおごってもらうことになってしまい、申し訳なかったが、ハンさんいわく、「この店で一番安いメニューがチャジャンミョン」だそうな。
 いずれにせよありがたや。

 TVではニュースをやっていて、「いま日本では何がニュースの話題?」と訊かれたかな?
 なんて答えたろう? ちょっとおぼえてないな。
 政治家の汚職か何かの話をしたように思う。

 やがてチャジャンミョン到着。

 うおー、すげー、なんじゃこりゃ? 真っ黒じゃんっ!

チャジャンミョン
はい、これがチャジャンミョン。
画像上方にあるのがたくわんとたまねぎとみそ。

 たぶんわたしは、日本でもジャージャー麺というものを、はっきりと見たことがきっとないのだと思うのだけど、わたしの想像の中ではこう、黄色い麺の真ん中に肉みそみたいなソースがおかれ、その周囲を緑のチンゲン菜が取り囲む、みたいなものがジャージャー麺になっていたのだと思う(きっと何かと間違えている)。

 しかし、実際にわたしの前におかれたジャージャー麺――チャジャンミョンは、麺なんかちっとも見えなくて、真っ黒でとろみのついたソースに多い隠されていた。

 まあ、なんにせよ、とりあえずは実食。

 とりあえずは、当然韓国なので、麺とソースがうまくからむよう箸(この店は金属の箸ではなく、割り箸だった)を片手に1本ずつ持ち、かきまぜる。このあたりは、ハンさんの手つきを見様見真似。

 いま思い返してみると、太めの麺は確か生麺だったはず。うむ、さすが中華料理屋。
 具には、玉ねぎやら角切りのハムやらグリンピースやらが入っていた。

 味は全然辛くない。
 細かい味はおぼえていないが、なんというか、うちの母(料理が苦手)が洋食のスパゲティーを作ろうとして、まちがって中華になっちゃったー、みたいな感じだ。

 ふーむ、これが韓国庶民の味かー。

 「まあ美味」という感想がメモに残っている。
 いろいろな店で食べ比べてみると、おもしろい料理かもしれない。
 


 コーヒー

 7時半くらいにこの店を出て、今度こそ駅前に向かった。
 その途中に感じのよい喫茶店があって、ふたりで入る。

 床はフローリング、壁は白。内装もインテリアもセンスのいい店で、1階には手作りのケーキが並べられたショーケースがあったが、お酒も出していた。

店内
この画像ではわかりにくいですかね?
いちおう店内です。

 わたしたちは2階の席に座を占め、わたしはアイス・コーヒーを、ハンさんはビールのカプリを注文する。


これは別の日に買ったカプリ。
スペルは「Cafri」なんだよね。
かる〜いビールだったような。
ちなみに右はシッケ、左はチェジュのみかんジュース。

 カプリって、確か韓国ブランドのビールだったかな?

 ビールは、バドワイザーやらハイネケンやらいろいろ銘柄があったはずだが、この時は4月。先の2月に行なわれた冬期オリンピックの、スピードスケート・ショートトラックでの韓国選手の失格判定騒動がまだ記憶に新しく、ハンさんは「アメリカ製品は口にしない」(マクドナルドやスタバにも入らない)と言っていたような。
 うーん、熱い国民性だ。

 日本って、自国内製品の不買運動はやるけど、外国製品の不買運動って最近あったかな? 少なくともわたしの記憶にはない。

 ちなみにわたしの目の前におかれたアイス・コーヒーは、韓国独特の(?)色のうすいもの。
 うーむ、何度見ても(これで3度目)不思議だ。

アイス・コーヒー
アイス・コーヒー。
向こうが透けて見える。
日本のアイス・コーヒーを関東風とするなら、
ある意味、どんぶりの底が透けて見える
関西風のそばつゆと一緒か?

 ドトールでも、このあと行ったロッテリアでも、日本と同じ色の濃いアイス・コーヒーが出てきたのに。
 なぜ、こういう喫茶店みたいなところだと、色が薄いのだろう? 抽出の仕方がちがうのか?

 この後の会話は、まあ割愛。個人的な話が多かったし。

 ただ、ワールド・カップが近かったので、サッカーの話はした。
 聞くと、ハンさんはサッカーの試合を、旅館の一室を借りて、友だちとわいわい酒を飲みながら見るとか。

 そうかっ!
 韓国到着当日の夜、同じフロアのどこぞの客室で、サッカーの試合を見ながらやったらめったら騒いでいた韓国人の一団がいたが、あれはそれのホテル・バージョンなのか。

 へええ〜。日本でも友だちの家に集まったり、飲み屋に集まったりはするけど、ホテルや旅館に集まるって話は聞いたことない(だいいち騒げない)。

 スポーツ観戦の仕方も、お国柄で異なるのう。

 日本も韓国も、決勝まで残れるといいね、とハンさんが言った。
 日本はムリかもしれないけど、韓国は決勝までいけそうだよね、とわたしは答えた。

 応援できる国がふたつあるのは、ちょっといいな、と思った。

 8時半過ぎ、この店を出た。
 帰りは古墳公園の横を通った。

 昨夜、あの古墳にのぼっている人を見た、とハンさんに言ったら、「眺めがいいんですよ。夏は風が吹いて涼しいし」とのことだった。学生の頃、よくのぼったんだそうな。なるほど。

 9時、高速バスターミナルでハンさんと握手して別れた。
 思いがけず、すごく楽しい1日を過ごせた。大感謝。

 また会いましょう、という約束どおり、ハンさんとは1か月半後に東京で会った。

 キョンンジュはナムサンという試練をわたしに与えたが(笑)、人との縁も与えてくれたようだった。

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 9時15分、ホテル帰着。
 すぐに風呂、洗濯。

 11時頃、窓の外を見たら、日中雨が降って湿気が多いせいか、町は霧でまったく見えなくなっていた。

 11時18分、就寝。
 長い1日が終わった。

おわり


 編集後記

 食べて飲んでしゃべってばかりの4日目最終日でした。

 この後はふたたび、減量中の孤独なボクサーのように、黙々とした旅が続きます(笑)。

 見知らぬ人に、気軽に声をかけて会話を楽しめるようになったら、きっと旅行ってもっと楽しんでしょうね。

 いったいどうすればそうなれるんだろう〜?
 努力すればなれるものなのでしょうか?
 それとも、努力じゃなくって、何かぱつーんと自分の中ではじけることが大切なのかしら?

 人をうらやんでいるばかりじゃだめだよなあ、と思う今日このごろッス。

 次号からはふたたびミッションが始まります。まだしばらくキョンジュでうろうろしています。

 それではまた次号でお会いしましょう。


 

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