| ●・・Korea 9days ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・● | |||||||
| 韓 国 9 日 間 |
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発行責任者 ちはる |
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| ●・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・Turezure Diary・・● | |||||||
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| 《2002年4月23日―9》
■ 高速バスターミナルへ 図書館見学を終えた後はゼミで、ハンさん、イムさん、わたしの3人でしばらく雑談。 そうそう、3人でナムサン[南山]の話をした。
がーんっ! やっぱり道はまちがっていなかったのかっ! ひゅるるる〜って感じでがーっくりきちゃったけど、あの時はあれ以上ひとりで先に進んだから、絶対危険だった。しかたがない。 「また今度キョンジュに来たら、一緒にナムサンに登りましょう」とハンさんがなぐさめてくれた。ううっ、ありがたいです。 さらに、わたしが当時は古墳だと思っていた、ナムサン山中にあった小さな盛り土の画像を見せると、「これは現代のお墓です」と言われてしまった。 えーっ、これ、お墓っ!? 何か、お墓に入っていた人に申し訳ない。反省。 6時頃にふたりで大学を後にした。 帰りはふたりで、川沿いの道をぶらぶら歩きながら、高速バスターミナルまで戻った。 雨はすっかりあがっていたけど、太陽は見えなかった。でもまだ韓国では暗くなる時間ではなかったので、まわりは灰色がかった白さで明るい。他の学生と一緒になって川の向こうへと歩いていく。 橋の上に来た頃、左手の川の土手を指差してハンさんが、「学生の頃、あのあたりでみんなで遊んでいた時、土器を発見しました」と言った。 帰り道も、いろいろな話をした。猫(韓国ではペットとして猫を飼うのはマレらしい。嫌いなんですって)の話とか、人気のある旅行先とか。まあ、ようするに、たあいない話を。 川沿いの道を歩いたが、川と反対側の方向には、あまり背の高くない団地みたいな建物が並んでいた。 高速バスターミナルまで戻って来た頃には、そろそろ暗くなってきていただろうか? ハンさんはキョンジュではなく、別の町に住んでいるので、ここからバスで帰る。 お友達が来るまでまだ時間があるので、ふたりでコーヒーでも飲みながら時間をつぶすことにする。 ■ チャジャンミョン 高速バスターミナルのあたりに、いわゆる日本でいうところの喫茶店とかコーヒーショップがないことはわかっていたので、駅前の方までゆるゆるとふたりで歩いていく。 途中、中華料理屋があった。 出前か。我が家には出前の文化がないので、どうなんだろう? その中華料理屋の店先に、「チャジャンミョン」(いわゆるジャージャー麺)と貼り紙が出ていたのだっただろうか? わたしが、「チャジャンミョン、食べたことないんですよねー」みたいなことを何気に言ったら、「じゃあ、食べて行きましょう」とハンさんがさっそく中華料理屋のドアを開けた。 ああ、ねだったわけではないのにっ!(笑) その中華料理屋は、中に入ってみると、真ん中に通路があって、右側に座敷、左側がテーブル席になっていた。
韓国では中華料理屋はほとんど出前、という言葉どおりに、この時店に客はいなかった。 ちょうど出前に行く男性が店を出ていくところで、日本と同じような(あるいは同じ)おかもちを手に下げて店を出ていった。 店の奥から女性が出てきて、注文をとってくれた。 なんか結局夕食までおごってもらうことになってしまい、申し訳なかったが、ハンさんいわく、「この店で一番安いメニューがチャジャンミョン」だそうな。 TVではニュースをやっていて、「いま日本では何がニュースの話題?」と訊かれたかな? やがてチャジャンミョン到着。 うおー、すげー、なんじゃこりゃ? 真っ黒じゃんっ!
たぶんわたしは、日本でもジャージャー麺というものを、はっきりと見たことがきっとないのだと思うのだけど、わたしの想像の中ではこう、黄色い麺の真ん中に肉みそみたいなソースがおかれ、その周囲を緑のチンゲン菜が取り囲む、みたいなものがジャージャー麺になっていたのだと思う(きっと何かと間違えている)。 しかし、実際にわたしの前におかれたジャージャー麺――チャジャンミョンは、麺なんかちっとも見えなくて、真っ黒でとろみのついたソースに多い隠されていた。 まあ、なんにせよ、とりあえずは実食。 とりあえずは、当然韓国なので、麺とソースがうまくからむよう箸(この店は金属の箸ではなく、割り箸だった)を片手に1本ずつ持ち、かきまぜる。このあたりは、ハンさんの手つきを見様見真似。 いま思い返してみると、太めの麺は確か生麺だったはず。うむ、さすが中華料理屋。 味は全然辛くない。 ふーむ、これが韓国庶民の味かー。 「まあ美味」という感想がメモに残っている。 ■ コーヒー 7時半くらいにこの店を出て、今度こそ駅前に向かった。 床はフローリング、壁は白。内装もインテリアもセンスのいい店で、1階には手作りのケーキが並べられたショーケースがあったが、お酒も出していた。
わたしたちは2階の席に座を占め、わたしはアイス・コーヒーを、ハンさんはビールのカプリを注文する。
カプリって、確か韓国ブランドのビールだったかな? ビールは、バドワイザーやらハイネケンやらいろいろ銘柄があったはずだが、この時は4月。先の2月に行なわれた冬期オリンピックの、スピードスケート・ショートトラックでの韓国選手の失格判定騒動がまだ記憶に新しく、ハンさんは「アメリカ製品は口にしない」(マクドナルドやスタバにも入らない)と言っていたような。 日本って、自国内製品の不買運動はやるけど、外国製品の不買運動って最近あったかな? 少なくともわたしの記憶にはない。 ちなみにわたしの目の前におかれたアイス・コーヒーは、韓国独特の(?)色のうすいもの。
ドトールでも、このあと行ったロッテリアでも、日本と同じ色の濃いアイス・コーヒーが出てきたのに。 この後の会話は、まあ割愛。個人的な話が多かったし。 ただ、ワールド・カップが近かったので、サッカーの話はした。 そうかっ! へええ〜。日本でも友だちの家に集まったり、飲み屋に集まったりはするけど、ホテルや旅館に集まるって話は聞いたことない(だいいち騒げない)。 スポーツ観戦の仕方も、お国柄で異なるのう。 日本も韓国も、決勝まで残れるといいね、とハンさんが言った。 応援できる国がふたつあるのは、ちょっといいな、と思った。 8時半過ぎ、この店を出た。 昨夜、あの古墳にのぼっている人を見た、とハンさんに言ったら、「眺めがいいんですよ。夏は風が吹いて涼しいし」とのことだった。学生の頃、よくのぼったんだそうな。なるほど。 9時、高速バスターミナルでハンさんと握手して別れた。 また会いましょう、という約束どおり、ハンさんとは1か月半後に東京で会った。 キョンンジュはナムサンという試練をわたしに与えたが(笑)、人との縁も与えてくれたようだった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 9時15分、ホテル帰着。 11時頃、窓の外を見たら、日中雨が降って湿気が多いせいか、町は霧でまったく見えなくなっていた。 11時18分、就寝。 おわり |
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| ■ 編集後記
食べて飲んでしゃべってばかりの4日目最終日でした。 この後はふたたび、減量中の孤独なボクサーのように、黙々とした旅が続きます(笑)。 見知らぬ人に、気軽に声をかけて会話を楽しめるようになったら、きっと旅行ってもっと楽しんでしょうね。 いったいどうすればそうなれるんだろう〜? 人をうらやんでいるばかりじゃだめだよなあ、と思う今日このごろッス。 次号からはふたたびミッションが始まります。まだしばらくキョンジュでうろうろしています。 それではまた次号でお会いしましょう。 |
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