『マスルールとイブヌル・カーリビーとの話』
 ハールーン・アル・ラシード注1はいつものごとく不眠に悩まされていましたが、 寝れなくなってから数日が過ぎており、いつもよりもカリフ注2のご機嫌は非常に悪くあらせられました。
カリフは不眠をマスルール注3に相談しようとしたところ、いきなりマスルールが吹き出しました。
カリフは即プッツン切れて、マスルールを投獄しそうな勢い。

マスルールが慌てていうことには
「カリフ様を笑っていたのではありません。昼間聞いた道化師(落語家のようなもの)の話を思い出していたのです。」

カリフ:
「そんなに面白いならその道化師を連れて来い。だが私はとても機嫌が悪いからな。詰まらなかったらただでは済まないものと思え!」

深夜、マスルールは大急ぎで道化師のもとを訪れます。
「カリフ様がお呼びだ。カリフ様を喜ばすことができれば、莫大なご褒美が貰えるぞ。」

道化師: 「どうして私が?カリフ様から??」

マスルール:
「わしが紹介してやったのだ。だから紹介料としてお前が貰う報酬の3/4を寄こすのだ」

道化師:
「それは取りすぎです。」
と、さんざん揉めた後になんとか2/3の紹介料で話が決まりました。

道化師がカリフのもとに連れてこられると、

カリフ:
「もし、お前が私を笑わせられなかったらこの袋で10回打擲するが、それでも良いか?」

道化師:
(あの布袋なら大して痛くなさそうだ) 「結構です」

ところが道化師の話でカリフは笑いませんでした。

カリフ:
「なんだつまらんではないか。こやつを撲れ」

なんと袋には大きな石が目一杯詰め込まれていました。それで背骨を打ち据えたので道化師は息も絶え絶え。

3度目の打擲のとき
道化師: (こんなので後数回撲られたらこの世とオサラバだよ。あっ、そうだった。)
「カリフ様。実は御召し上げ頂く前に、あなた様のお役人とこんな約束を致しました。私が頂くご褒美の2/3は お役人様の取り分です。今私が受けている罰も報酬とすれば、残りはお役人様にお願い致します。」

お仕置きがいきなり自分に回ってきたマスルールは大慌ての体。

それをみたカリフ様は破顔一笑し、二人に抱えきれないほどの報酬を与えましたとさ。

-*コメント*-

注1 ハールーン・アル・ラシード: 実在の人物。アッバース朝第5代君主。
注2 カリフ: 王。ここではハールーンのこと。物語中"信者らの長"とも呼ばれる。
注3 マスルール: 実在の人物。ハールーンの下に仕えた首切り役人。

ウマイヤ朝とアッバース朝を併せて「イスラム帝国」と呼びます。 8世紀後半から9世紀初頭がハールーン・アル・ラシード(アッバース朝)の治世でした。
千夜一夜物語の中ではハールーンが不眠を訴えて何か面白い話をせがむ設定が度々でてきます。

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