日雇い労働の街・西成


日本が高度経済成長を経て久しいけど今は一億総中流の世の中ではない。富める者は富み、反対に貧しい人はどんどん貧しくなっていってる。資本主義を貫き通した結果、避けきれない現実が残ってる。

今の日本にドヤ街と言われるところが数か所存在する。東が山谷(東京・台東らへん)なら西は間違いなく釜ヶ崎だろう。大阪の環状線新今宮から南側の一帯の日雇い労働者の方が住む町・別名「あいりん地区」2万とも3万とも言われるホームレスの人たちが毎日、西成の職安に仕事を求めて朝から出向く。 でも仕事が見つかるケースはごく稀。見つけられない日は、泊まるところも確保できなく路上で寝る。冬なんて体力が持たず、毎日1人が路上でお亡くなりになっているらしい。

釜ヶ崎の由来は、元々西成が海でありこの場所が半島としてでてたがその形が釜だったとか、住んでいる人たちがあまりにも貧しく、生活用品を質にいれるのだが、お金ができるとまず、何よりもお米を炊く「釜が先」に必要ということで釜ヶ崎とかいろんないわれがある。

第2次世界大戦が終わり、経済成長の頃、炭鉱で日雇い労働として働いていた人たちが閉鎖後に職を失って大阪南部に流れでてきた。丁度、その頃開催されたのが大阪万博。天皇陛下が来られるという事で彼らはさらに南に追いやられた。そうして労働者の町が形成されたのが今の釜ヶ崎である。

一度、近くで仕事があったので帰りに通りかかったことがある。 正直言ってすごくカルチャーショックを受けた。今の日本、しかも大阪市内にまだスラムと言われるところが存在するなんて…初めての光景に戸惑ったものだ。

確かに釜ヶ崎地区の所得は非常に低い。1日食べていくだけでやっと という人が殆どだろう。でも何故だか住んでいる人どうしは結構仲がよい(様にみえる)普通に今日、明日生きていくのでいっぱいなんだったら人の事、構ってられないんじゃないの?っていうのが私の考えだった。でも違う。本当に歩けないおじちゃんなんてその近くにいる人が頭をなでながらご飯を食べさせてあげている。昼間からお酒臭い街ではあるけれどそこにはちょっとホッとする空気がすくなからず流れていた。別名が「隣人を愛せ」と「あいりん地区」 と呼ばれているのもうなずける。

でも根本的な問題は何一つ改善されていないように思う。西成区の高齢男性の失業率は23%で大阪市内トップである。まず、彼らにしっかりとした、衣・食・住を確保できるだけの仕事を与えるべきである。ほらほら、おもい○り予算とか政党○成金とかそこいらの余っている金、回したらどれだけの人が職にありつけるかーー。もうちょいと日本の政治家は(特に○泉さん)は考えてほしいもんである。私らもサービス残業してる場合じゃないって…(汗)