旅先の鼓動
美実子が思い出したように
「ねえ、先月約束してたでしょ、今月の連休は温泉へ連れてってくれるって」
と言うと。
興一は、「はい、よーく、覚えてますよ」
と答える。
「ほんとに?」
「この前、下田の民宿へ電話したんだ」
「わー、嬉しい、子供たちは、実家の母に見てもらう事にするわ」
「おいおい、誰も、予約が取れたなんて言ってないよ」
ニコニコしながら話をしていた、美実子は悲しそうな顔をして、
「じゃ駄目だったの?」
と涙を流さんばかりに言うのであった。
この妻は、美しく、優しく、シッカリもんで、・・・・と言いたいが、最後のほうは、ちょっと子供たちは、異論を唱えるかも。
そして、笑うと、汚れを知らない天使の様な顔になる。
「ぶー」
「どうしたの?早く教えてー」
「伊豆は、遠くて一泊では疲れるから、千葉にしたんだ」
「そうよね、あなた、もうお年だから」
「そんな事言うんだったら教えないよ」
「それで、それで?」
「ちゃんと取れたよ、予約が」
「わー、嬉しい、どこに泊まるの?」
「千倉の民宿でーす」
「千倉かー、あそこは、静かで、海がきれいで、そして何と言っても観光客が少ないのが良いんだーもん」
実際、千倉は、花のシーズンと海水浴シーズン以外は、比較的空いているのだ。
先月の連休、興一は妻の美実子を置いて、一人で釣りに行った事から、今月は美実子を温泉に連れて行く約束をしていたのだった。
興一は、温泉は好きだが、山奥の温泉は嫌いだった。海辺の温泉地なら興一の第一の楽しみの釣りが出来る。
釣りをしている間、美実子は花を見に行くのである。
そして待ちに待った連休がやってきた。
興一の住まいは、金沢文庫なので、久里浜からフェリーで浜金谷に渡る事にする。
朝早く出発したので道路は空いている。
金沢八景、田浦、横須賀中央とR16を京浜急行と一緒に走る。
大津付近から、馬堀海岸の海辺の道路へ入る。
走水、観音崎、鴨居と進み、浦賀の駅前を通り越すと浦賀港が見えてくる。
港の所に「浦賀の渡し」と看板があるのを美実子が見つけた。
「なーにあれ、浦賀の渡しって書いてあったよ」
「ああ、あれは、矢切の渡しって言う唄があるだろ」
「知ってるよ、連れてー逃げてよー・・って言うんでしょ」
陽気で明るい性格の美実子は歌ってみせる。
「そう、それだ、東京の柴又と千葉の矢切と言う所の間には、広ーい江戸川が流れているんだ」
「あ、分った、その間を船で渡してくれるんだー」
「分かっただろう、ここは、川ではないけど、海の入り江が横長になっているんで、対岸から陸伝いに歩いて、ここまで来ると小一時間かかるんじゃないかな」
「それで船で渡るのかー、何だかロマンチックだわー」
と今度は、感傷に浸っている。
浦賀から久里浜までは、5,6分で着く。
車を順番の列に止め、コンソールより車検証とJAFの会員証を取り出し、乗船券を買いに行く。
JAFの会員証を見せると、10%割引になる。
フェリーの中は空いていた。コーヒーを飲みながら海の景色を楽しんでいる。
久里浜を出て5〜6分すると、右側に二つの島が見えてくる。島と言っても人間が住めるような大きさではない、厳密に言うと岩だ。
一方の岩には、灯台がある。灯台がある方をアシカ島、無い方を笠島と呼んでいる。ここは、釣り人にとって大物狙いの場所であるらしい。
興一は、一度は乗ってみたいと思っている。今日も5〜6名の釣り人が糸を垂れていた。
久里浜港から完全に出てしまうと、右側に三浦半島が大きく見えて来る。
この船から見えるのは、右側から順に、久里浜、野比海岸、津久井浜、三浦海岸、金田海岸、大浦海岸、そして、城ケ島と続く。
三浦半島が次第に霞みでぼやけてくると、前方に房総半島が近づいてくる。
時間にして、40分足らずの船の旅だ。
客室内は禁煙なので、興一は、
「煙草を吸ってくるね」とデッキに出た。
デッキに出ると、潮風が心地よい。「俺は、本当に海が好きなんだなあ」と思う。この海原を見ていると、世の中の喧燥やストレスを完全に忘れさせてくれる。
タバコに火をつけて、ふとデッキの先端に目をやると、品の良い婦人が一人、テーブルに座り、海を眺めている。
「ドキ!」
興一の心臓が高まり始めた。
一月前、釣りの帰り、長井の仮屋堤防で見かけた婦人ではないか。
興一は考えた。
「何で、この婦人に合うと心臓が鳴るのだろう」と
しかし、声をかけられる興一ではない。今日は、愛妻と一緒の旅の途中である。
未練は残るが、客室に戻ることにした。
客室に戻ると、美実子は海を見ていたが、興一が隣に戻ると、
「ほらー、あそこに大きな船がいるー」と無邪気に楽しんでいる。
実際、この妻は、なにをやっても楽しんじゃうのだ。
「ほんとだ、あれは、コンテナ船だね」
その船は、色とりどりの四角の箱を山のように積んでいる。
「なにそれ?」
「ほら、船に積んである物を見てごらん、鉄道の貨物車がコンテナを積んで運んでいるのを見たことあるだろ?」
「あっそうよね、船に積んであるのは、あのコンテナだ−」
しばらくすると、もうすく到着するので、下船の用意をするように、船内アナウンスがあったので、二人は車に戻った。
浜金谷から、千倉へ行くには、三つのルートがある。
一つは、保田から鴨川ラインで山越えのルート。もう一つは、館山から丸山へ抜けるルート。これも平野の中を走る。
二人は、海が好きなので、時間はかかるが、富浦へ出て、旧道を通り、館山の北条海岸通りに出る。
そして、海上自衛隊の基地から、州崎、フラワーライン、白浜、野島崎を経由し、千倉へ行くのである。
このルートは、右側に海を見ながら走る事が出来る。
興一は釣りをするため、乙浜港へ寄る。ここで二人は別々の行動をとるのである。
変わった夫婦だと他人は思うかもしれないが、それは次の理由からだった。
美実子は、結婚した当初から子供の世話、夫の興一の世話、不動産会社の手伝いと忙しく働いてきた。
美実子自身は、のんきな性格からか、忙しくて大変だとは感じてなかったが、美実子の友人や近所の奥さんたちから、
「美実子さん毎日大変ね、疲れるでしょ」
といつも言われていたのであった。美実子は端から見ると働き者の奥さんに見えるらしい。
美実子は、目標があった。それは
「子供が大きくなり、手がかからなくなったら青春に戻るんだ」である。
そして、今春、一番下の子供が高校を卒業し、大学生になった時、今まで思ってきた人生エンジョイ理論をここで実行に移す時期がきたと、家族会議でこう言ったのである。
「ママね、これから楽しく生きる事にするの」と、
これを聞いて22才の長女は
「そうよ、ママ、今まで苦労して来たんだもの、いっぱい楽しんで、長生きしてもらわなくちゃ」と言ってくれた。
「楽しむって何をするの?」と次女が言う。
「ママね、今まで日本にいても知ってるのは、横浜だけでしょ、だから、日本全国をながーい期間かけて旅行するの、そして全国の四季折々のお花を見に行くんだー」
「長い期間てどのくらいなの」と次男、ちょっと不安そうに言う。
「何も一遍に回るんじゃ無くて、今月は2泊、そしてある場所は遠いから、5泊とか、その場所によって断続的に行きたいの」
「そうか、青春を取り戻すってそのことか、俺はまた、男でもさがして遊び歩くのかと思ったよ」と興一が冗談を言うと、皆で大笑い。
その日より、旅行は美実子の行きたい所に行く、と云う青春婦人になったのであった。
しかし、遊び歩いた事の無い美実子は、どうして良いか分らない。それで当分の間、興一がお膳立てした旅行にくっ付いていき、旅先でのコツとでも云うか、旅行の仕方を覚えている最中なのだ。
と云う訳で、美実子は好きな花を見に、興一は好きな釣りを楽しむ旅行のパターンが生まれた。
美実子は車を運転して、先ほど通った、フラワーラインの白浜寄りにある、南房パラダイスに花を見に行くのである。
南房には、お花摘みで有名な、白間津、管理パークでは、南房パラダイスと白浜フラワーパーク、そして、館山ファミリーパークがあり、特に
南房パラダイスは、お花のパラダイスと言って良いほどのたくさんの奇麗な花を楽しませてくれる。
興一は、美実子が車で行ってしまうと、しばらく海を眺めながら、ぼうっとしていた。
何故なら、あの婦人に会ったときの、鼓動を思い出したからである。
青春の閃光
「仙造、今日はシケじゃけん漁は止めにするわ」
「親方、コン位のうねりで止めんとか?」
「仙造、コン天気図を見れヤ、低気圧がここまで来てるんが分るんと?、今コン位のうねりでも、あと2時間もすりゃ大波になるんヨ」
「ほんとケ?、ほんに親方は物知りじゃなー」
仙造は、新潟の柏崎に来ている。ここには、母方の遠い親戚があり、漁師をしている。今日も、漁に出ようと朝3時に起き、様子を見に行った親方と話をしてる所であった。
仙造が新潟へ逃れてきて、早や5年が過ぎていた。
その後、母の連絡によると、養父のケガは首から胸にかけて15針縫う大手術で一命を取りとめ、1ヶ月間入院した後、無事退院したそうだ。
ケガの状況が、不自然なので、当然警察が調べにきた。
シズは、
「屋根に梯子をかけ、家の外板の修理をしようとしていたら、梯子を踏み外し、落ちそうになって鋸を放したんです」
「鋸を持って梯子に上がったのですね?」
「はい」
「放した鋸が顔に当たり、そして首から胸に当たったんだと思います」と言った。
警察も忙しいのか、それ以上追求しなかったのだそうだ。
養父も、非は自分にあると思ったのか、何にも覚えていないと言うだけだった。
仙造は、この柏崎に来て良かったと思っている。なぜなら、ここの親方は仙造の馬力と、敏捷さを気に入り、良く面倒を見てくれたのである。
そして、親方夫婦に子供が居なかったため、仙造を養子に迎え、漁師の仕事を継がせようかとも考えていた。
仙造もまた、今まで他人に親切にしてもらった事が少なく、孤独な環境で育ったせいか、親方夫婦の暖かみが嬉しかった。
そして、何よりも嬉しいのは、仙造にとって大好きな海の仕事が出来ることである。
漁に出ると、「仙造、魚を採る基本は、潮を読む事だ」とか、魚の溜まり場は、岩礁と砂地が点在し、急に深くなっている所だ」と言うように、自分の息子の様に教えてくれた。
そして、明くる年の秋、仙造21才の時、養子縁組みが成立し、仙造は小林仙造になったのであった。
冬の日本海は、厳しい、北からの季節風が日本列島に吹き荒れると、海はシケ、漁に出る事など出来ない。
大半の漁師は、太平洋側の都市へ出稼ぎに行くのであるが、仙造は、親方の口利きで、12月から3月まで、新潟の料理屋「志葉亭」へ毎年手伝いに行っていた。
この志葉亭は、親方が捕った魚を直買いしてくれるところで、潮田唯興(しおだただおき)と言う料理人が経営している店である。
漁師の仕事も面白いが、板前の仕事にも興味があった。呑込みの早い仙造は、手さばきも鮮やかに魚をさばいていく。
「仙さん、次は鯵のたたき、4人前だー」
「ヘイー」
「次は、サヨリのお作り、6人前でーす」
「分ったー」
と言う具合に、次から次へ仕事をこなしていくので、女将や板長からも重宝がられていた。
しかし、まだ、味付けは任せられないので、板長がやっていた。
そして、年末の慌ただしさが一段落し、正月の休みに入った。
「仙造、今日は、嬢が白山神社へお参りに行くんだが、ついていってくれや」と女将から言われた。嬢とは、ここの2番目の娘で、名前を早季と言い、年は18才である。
上の娘は、幸と言い、去年東京へ嫁いで行った。
早紀は新潟女性特有の色白形ではなく、どちらかと言うと、南国系の女性の様に色黒である。小柄で、体の線がハッキリした体つきをし、昔風に言うと、グラマータイプとでも言うべきか。
顔立ちは、10人並みであるが、横顔が凛々しい感じがする女である。早紀は、仙造が始めて、この志葉亭へ来た時から、心を寄せていた。
早紀は、仙造の後ろ姿の、悲しそうな孤独感のある雰囲気に心を引かれ何かにつけ仙造に用事を言い付けるのであった。
その頃は、早紀はまだ14才である。この年頃では、好きな相手だとなおさら素直な態度を取れないことが多い。
仙造に難しい用事を言い付けては、「仙のばーか、早ようせんかい、もたもたすると、松に頼んじゃうからー」
松とは、仙造より2才年上の志葉亭で働く松吉のことである。
早紀にとってこれが仙造に対する。精一杯の愛情表現なのだが、無論仙造には分らない。
仙造は幼い頃から虐待を受けていたので、このくらいの事では何も感じなかった。かえって早紀に対して可愛い妹をあやすように接しているのである。
この様子を見ている女将と早紀の父親は、早紀が仙造に引かれている事を感じ取っていた。
しかし、このわがまま娘に何を言っても聞かないと思っているのか、黙って見ているだけである。
白山神社は新潟から柏崎方面に一駅である。
無事、お参りが終わり帰り道で、
「仙、ご飯食べていこう、おっかさんからお金もらってきたんだ」
「ヘイ」
「あっ!ここが良いよ」
早紀が指差した店は、割烹旅館である。
割烹旅館とは、忍び会いによく使われる料理屋で、客室は二間続になっていて襖で仕切られている。
一方の部屋で食事をするようになっており、襖の向こうには、布団が二組敷いてある。
仙造は慌てて、
「お嬢さん、ここはだめだが」と言うと
「仙、私の言うこと聞けねいのか!」
「ここは、割烹旅館なんだど、お嬢さんの行くとこではねいんじゃけん」
「良いから、付いておいで!」と早紀はどんどん門を入っていってしまう。
仙造は仕方ないので、後から付いていく。
部屋へ通されても仙造は落ち着かない。
早紀の方は、当然のごとく上座に座る。仙造がどうしたら良いものかと部屋の隅に片膝付いて座っていると。
「仙、ここへお座り!」と、早紀が座った向かいではなく、左面を指差した。
仙造は、言われた場所へしぶしぶ座った。
やがて料理が運ばれてくる。そして、
「仙、注いでくれや」と杯を差し出す。18才なのにダメです、とは言えず、酒を注いでやった。
子供の早紀には、酒の味など分るはずはない。同然のごとく顔が歪む。
「仙も飲めや」と言って徳利を差し出した。
「わしは酒が飲めんので」と辞退すると、
「私も飲んだんじゃ、飲んでみろ」と言って利かない。
仕方なく、注いでもらう。そして、二人黙って、料理を食べると言うパターンがしばらく続いた。
突然、早紀が、「苦しい!」と言って横になった。
当然だろう、飲みなれない酒を一合も空けたのだから、頭がふらふらするのだ。
仙造の方も、酒に強い方ではないので、頭がボーとしている。
「お嬢さん・・・大丈夫かね」と言いながら、立て膝で早紀の側へにじり寄る。
仙造が早紀の顔を覗き込んだ時、早紀は仙造の身体にしがみ付いてきた。
「布団へ連れて・・いって・・」
仙造は、早紀が苦しいので布団で少し休みたいのだろうと思い、遠慮がちに早紀を抱きかかえ、次の間へ連れて行く。
布団へ寝かされても早紀は仙造にしがみ付いたまま、離れようといない。
仙造も無理に離して、怒られたら困ると思いそのままでいる。
早紀が「仙、好きじゃ」とか細い声で言ったが、仙造は聞き漏らしたので、「お嬢何いったんか」と聞き返した。
すると、今度は大きな声で「仙が好きなんじゃ」と言ったから、仙造はびっくりした。
今まで意地悪ばかりされてきたので、てっきり嫌われていると思っていたのが、好きだと言われたのだ。
そして、仙造が驚愕から立ち直る間も与えないで、「私を抱いてくれ」と言ってきた。
仙造がためらっていると、早紀は自分の服をどんどん脱いでいく。
仙造は、逃げる訳にも行かず、ただおろおろするばかりだ。
やがて、早紀は生まれたままの姿になって目を閉じている。
小さな肩、張り出した乳房、くびれた胴、そして、左右に張り出した腰と、腰に続くちょっと太目だがふくよかな腿と足。
早紀の身体を眺めていると、仙造も興奮してきた。
店に帰れば、お嬢さんだが、今は、一己の女、潮田早紀として、仙造に相対しているのだ。
それに、「仙造が好きなんじゃ」と早紀が言った言葉が、仙造にはとても嬉しかった。
仙造は、震える指ももどかしく、急いで服を脱いでいく。
そして、裸になると、早紀に身体を重ねていった。
しかし、早紀はもちろん、仙造も始めてなのだ。
いきなり、結合しようとするが、早紀の蕾みは、硬く閉ざしたまま開こうとしない。
早紀は、痛いのか、顔を歪めている。たが、いつも仙造に対する態度とは違い、必死に我慢しているようだ。
仙造は、早紀のしぐさに愛おしさを感じ、早紀の頬に自分の頬を摺り寄せ、頬擦りした。
早紀は、小さく、「嬉しい」とつぶやく。
仙造の頬擦りは、頬から唇に変わり、肩から胸へ、乳房からおなか、そしてふくよかな茂みの張り出しから、足へと移っていく。
仙造の唇が、動くたびに、早紀は嬉しそうに声を上げる。
これが、愛撫となり、閉ざされていたつぼみが潤いを得て、少しづつ開いていく。
仙造は、自身を早紀に重ねていった。
結合してしばらくすると、早紀は、仙造から青春の露がほとばしり出るのを感じた。
そして、仙造は、自身の体の中を閃光が走るのを感じたのだった。