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帯広〜十勝三股 78.3キロ<1987年3月22日廃止>
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音更帯広インターを降り、国道241号線を北上。駒場、武儀、中士幌など、路盤跡らしきものを探しながら、士幌町の「道の駅ピア21しほろ」へ。ここは路盤跡上に作られた道の駅ということで、周囲を撮影。再び、国道を走ると左側に路盤跡が平行し、やがて真新しい大規模な工場の手前に腕木式信号らしきものが見てくる。国道から離れ、その工場の周囲を迂回するように左折し、士幌町役場を通過してすぐの信号を左折すると真正面に士幌駅跡が見える。
駅舎は現役当時のまま残されており、中は鉄道資料館となっているが、残念ながら当日は扉に鍵がかかっており、入ることはできなかった。駅舎左隣には、士幌駅駅名標と並んで上士幌駅の駅名標も立っている。
現役時代の賑やかさを彷彿とさせる広い構内には、ホームや線路も残り、車掌車と貨車2両が屋根付きで留置されている。また、駅前には、貨物の集積場だった名残か、日本通運の営業所があり、ペリカン便の受付看板が、かつての駅前通りにポツンと立っていた。
国道に戻り、再び上士幌に向けて北上する。左に路盤跡らしき築堤や防風林が所々、並行している。上士幌町に入り、国道241号線から273号線に左折して、糠平方面に向かう。273号線に入ってすぐ左折すると、上士幌町の市街地の真ん中に上士幌駅跡がある(JA上士幌町の裏あたり)。ここはなかなか見つけることができず、街中をウロウロしたのだが、それもその筈で、駅だったという面影は全くなく、ただ交通公園という名称で、変な塗装をされた旧形客車が2両置いてあるだけの、パークゴルフ場と化していたからだった。この日も、近くのお年寄りらしき人たちが、パークゴルフに興じていた。士幌駅跡との余りにもの違いに、駅跡を見つけるためにウロウロしたことも重なってガックリとしてしまった。
気を取り直し、国道273号線を糠平方面に走らせる。上士幌市街を抜けると、しばらく畑作地帯を走る。左側にはところどころ築堤も見受けられる。徐々に山が迫り、国道も高度が上がってきて、大雪山国立公園内に入る頃には完全に峠道になってきた。
かなり登りがきつくなってくる頃、黒石平覆道が現れる。その手前、階段の下に黒石平駅跡がある。階段を下りていくと、草生してはいるものの、かなりハッキリとした路盤跡が現れる。ホーム跡らしき土盛りもかすかに残っている。この駅は、次の『電力所前』仮乗降場と対を成していた駅で、このことについては、他でもよく語られているのでここでは省略するが、線路の勾配の関係で、各々上り列車と下り列車しか停車しないことで、有名な駅だった。
黒石平覆道を抜け、下り勾配の国道を走り、覆道をひとつ、隧道をひとつくぐると、左下に旧線の第四音更川橋梁と、山肌の崖に新線の落石覆いが見える。このあたりから先は、糠平ダム建設のために線路が付け替えられたところで、旧線は谷間の底を、新線は山の中腹の崖にへばりつくように走っていた。現役時代、第四音更川橋梁の渡河部はこの付近のアーチ橋には珍しく、36メートルの鉄の桁橋だったが、今は撤去され、両端のアーチ橋部分だけが残っている。
このあたりの国道は新しく付け替えられたらしく、おそろしく綺麗で広いトンネルをくぐり、音更川にかかる糠平大橋を渡ってすぐの旧道を左折して、糠平ダムに向かう。国道をそれて、旧道へ入ったのは、言うまでもなく、旧線の幻の橋「タウシュベツ橋梁」を目指すためだ。タウシュベツに向かう林道へ入るには、糠平大橋の手前を右折する道もあるが、今回はダムサイトの上を走ることができる左折の道を選んだ。
ダム手前の展望所で糠平湖を展望後、ダムサイトを渡ると、T字路の突き当たりとなり、国道から右折して入る道と合流する。合流するとすぐにゲートがある。この日は当然開いていたが、冬期間は通行止めになるのだろう。(この道は、正式には「十勝三股林道」というそうで、総延長は15.1キロメートルあるそうだ。)
ゲート通過後は、未舗装の砂利道となる。道幅約3メートル、所々離合のために退避できる場所はあるものの、非常に細い道で、さらに山肌の崖からは、残雪が流れてきていて、半分近く道を塞いでいる場所もあり、大変走り難い。幸いマイカーは四輪駆動車なので、多少の悪路は平気だが、さすがにこの道は運転に神経を費やす。
途中、右に崖、左に湖の細い砂利道を走り、小さな沢が湖に注ぐ場所を二ヶ所過ぎると、湖から少し離れ、両側が白樺林になる。そこをしばらく走ると、左側が開け、正面に送電線の鉄塔が見えてくる。その左側の奥に、タウシュベツ橋梁が遠望できる。後でわかったことだが、ここが、林道からタウシュベツ橋梁を見ることができる唯一の場所だった。
鉄塔の先のカーブミラーのところに車を停め、橋梁までいける道を探すが、全景が見える場所には出られたが、間近に行ける道が見つからない。だが、橋脚の脚元に人がいるのが見えたので、橋梁までは必ず行けるらしい。
とりあえず、車に戻り、もう少し先へ車を走らせる。しばらく走ると、左側に、湖を見渡せる展望駐車帯のような場所があった。そこで周囲を見渡すと、今来た道を少し戻ったところに、右に行く道(来た道から見れば左に行く道)がある。多分、タウシュベツに行くのはこの道だと狙いを定め、車を進入させる。本道よりさらに悪路になり、轍に水が溜まり、池のようになっていたが、正面に先ほど見た干上がった湖底が見えてきた。もう間違いない。
国道から砂利道の林道を走ること約50分。ついにタウシュベツ橋梁と対面した。何とも言えない感激が体を包んだ。湖底に沈んだはずの橋梁が、自然の摂理により、この時期にだけ全貌を見せる。幻の橋といわれるこの橋に対面できたことは、大いなる感動だった(ちなみに、湖の水位は5月下旬頃から徐々に上がり始め、10月頃に、橋は完全に湖の水面下に姿を消す。その後、湖が結氷する頃、再び湖面から姿を現す)。しばらくこの場所で時間を過ごした。
やっとこさでたどり着き、対面できた感動を胸に、再び、国道へ向けて車を走らせる。国道には25分で出ることができた。士幌側から入るより所要時間は約半分。タウシュベツ橋梁だけが目的なら、こちらから入るほうが、距離も短く、道路も幾分走りやすいので無難かもしれない。ただし、湖からやや離れて走るので、景色はよくない。景色も堪能したいなら、遠回りで、しかも運転に慎重を要する悪路であっても、士幌側から入るべきだろう。
国道を糠平市街まで戻り、糠平駅跡を目指す。温泉街を過ぎ、最初のトンネルの手前の旧道に入ってしばらく走ると、糠平駅跡がある。前述したように、この駅は2代目である。以前の駅は湖に沈んでいる。また、この糠平駅は、1978年、この先の十勝三股までの区間が代行バスに転換されて以来、暫定的に終着駅となっていたが、結局、代行バス区間に列車が復活することはなく、士幌線も廃止となり、暫定的な終着駅のまま、その役目を終えてしまった。
駅跡には「上士幌町鉄道資料館」が建てられ、内部は、士幌線の写真や資料が展示されている。入館料は100円だが、内容は充実しており、特に橋梁の写真などは小さなものまですべて網羅されており、この内容で100円は安い。
広い構内跡には、車掌車が留置され、また、腕木式信号機が三股側に2本、士幌側に1本立っている。
再び国道273号線を三股方面に車を走らせる。先程、タウシュベツから糠平へ走った道を逆走する。途中、右側にある三の沢橋梁を見る。橋梁の三股側にパーキングが設けられており、路上駐車せずに、安心して見ることができる。このパーキングは路盤上に設けられている。三の沢橋梁の両端にはフェンスが設けられ、進入できないようにしてある。構造上はしっかりしており、渡れないこともないのだろうが、橋の両側に手摺りもないので、危険防止のため、進入禁止は当然の処置だろう。尚、この橋梁は、国道走行中でも注意して見れば確認できることができるほど、道路の近くにある。
さらに国道を北へ。タウシュベツからの林道との合流点も過ぎ、両側が白樺林の道を快走する。右に路盤跡が沿って走っているはずだが、木々が邪魔で確認できない。
やがて、幌加除雪ステーションの看板が見え、右折レーンが現れる。除雪ステーションへ入る道の手前の砂利道へ、右折して進入する。その先が幌加駅跡だ。
近代的な除雪ステーションの建物の横にある、だだっ広い空き地。トイレを利用するために除雪ステーションに立ち寄った一般の人たちにはそう見えるかもしれない。廃線散策を目的としなり限り、間違いなく無視されるであろう場所だ。
だだっ広い空き地ということは、かなり広い構内だったということだ。草に覆われてはいるものの、島式ホームが残っており、また、当然錆びついてはいるもののレールも残っている。さらに驚いたことには、ポイントまで残っている。ただし、下草がレールに絡みつき、レールが埋まってしまっている。列車が走らなくなってからの長い時間を感じずにはいられない。
再び国道に戻り、さらに北上する。音更川に沿い、緩いながら峠道となる。しばらく走ると、白樺を街路樹にした歩道が現れ、視界が開けた平地に出る。数軒の建物が見え、左にバスの待合室、右に三股山荘が見える。三国峠を越えるライダーには有名な喫茶店であり、廃線探訪者にとっては、十勝三股駅跡を示すモニュメント的な存在となっている。かつては木材積み出しで栄えた三股集落も、現在の住民はこの喫茶店の経営者のみらしい。
数年前まで存在していたらしい駅舎はすでになく、駅舎跡付近に路盤跡に沿うように作られた遊歩道の出発点の休憩所として東屋が建てられている。旧環境庁によって設置されたこの遊歩道は、環境団体や地元の反対で、計画が頓挫しているようだ。
士幌線の延伸部分の切し通しは、遊歩道が途切れた先も数百メートルほど続いている。計画ではこの先、三国峠を越え、ルベシベまで伸ばすことになっていた。しかし、鉄道が三国峠を越えることはなく、現在では、整備され通年通行が可能となった国道273号線がその任を担っている。
ここで、最初の廃線探訪である士幌線探訪を終えた。始発の帯広からではなく、また、かなりの駆け足であったので、多くの見落としがあった。特に多くのアーチ橋群を見落としていたことは、大いなる後悔だ。そんな思いを抱きながら、三国峠を越え、宿泊先である旭川へ車を走らせた。
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