Detour 03-2 in Myanmar
Yangon (22nd)

  8時過ぎに起床。  かれこれ10時間近くも眠っていた計算になります。  もう1日だけヤンゴンにいて、今日これからの計画を考えることにします。  でもその前に、一つだけしなければいけないことがありました。  帰りの飛行機のリコンフォーム(予約再確認)です。  地図で見つけたANNのオフィスは、JALと同じビルの中に…。  日本人同士仲良くやっているみたいです。  
でもそのまえに、チョット一服。  ドーナッツショップ “J ドーナッツ” どう見てもダンキンドーナッツをぱくった様なデコレーション。  ドーナッツ2個とコーヒー一杯で170チャット。  昨日の屋台ラーメンから比べると、やっぱりファーストフードは高い。  でも、エアコンもきているし、時間をつぶすにはもってこい。  ゆっくりと、ガイドブックとにらめっこ。  『リコンフォームが終わったら、シュエダゴォンパゴダに行こう! それからだ。』
ミャンマーで一番有名で、規模も最大の建物。  まず行くところは、ここしかありません。

ANNのオフィスは住友商事と向き合うように、ワンフロアーを二つの会社で分け合っていました。  JALは一階。  『格の違いかな?』
リコンフォームの手続き自体はしごく簡単。  でも、する事自体がわずらわしい!



  それを終えると、すぐそのままシュエダゴォンパゴダへ。
軍の施設や、軍の博物館、軍の病院まさに軍ずくめの地帯を通りぬけ、先に進んでいくと右手に大きな建物。
『あれ、工事中?』
昨日、タクシーでその前を通ったのですが、その時は夜だったのでわからなかったのでしょう・・・。  今はハッキリと建物全体が木で編んだものによって覆われているのがわかります。  『ツキがないな!』
肝心の中央のストゥパーや、そのほかの建物にも修理中のものが多くあり、本来の姿を見れなくて、残念。



  “狛犬”ならぬ“狛獅子”





  最初の階段の先には・・・
  なんとエスカレーターが!



『お寺にこれじゃ、ご利益半減?』
こんなこと思うのは私だけでしょうか?  でも、奇妙な光景です。
そのエスカレーターを乗り継ぐこと4〜5台。  正面に金色のものが見えてきました。  もう一つ。  左側の方には外国人料金を徴収する役人も見えてきました。
今日の、この日のために私はわざわざロンジーを買ってはいてきたのです。  “ミャンマー人変身計画”
(ミャンマーは予想以上に多民族国家で、本来の何とか族以外にも中国系ミャンマー人、インド系ミャンマー人など多くの民族が見られ、日本人ならばロンジーをはいて、よれよれのシャツを着れば区別しづらい。)
私は、何も知らないふり。  英語も読めないふりを決め込んで、そのまま境内へ。  
『ヤッター!』
計画大成功。  相手もハッキリとは外国人とは区別できないはず、しめしめ。
『それ急げ』
『ここまで来ればもう大丈夫だろう。』と思っていたとき。  “Hello!”
『まさか!』 
それでも、『きっと他に外人がいるのだろう。』  聞こえないふり。  反応したらこっちの負けだ、相手の思うつぼ。  あくまでも知らないふり。  しかしその後、すぐ女性が私の前に立ちはだかり、The end.
“Are you a foreigner?”
ここまで追ってこられたら、もう “No”とは言いきれません。  しぶしぶ、“Yes”。  女性職員に連れていかれFEC5ドルを払うはめに…。  wウ〜ム、ホテル一泊分と同じ料金だ! 恐るべしミャンマー軍事政権。』
『こうなったら、もう少しミャンマー人を研究しよう。  そして、パガン、バゴに行った時には立派なミャンマー人となれるよう。』 そう自分に言い聞かせる私でした。


  シュエダゴォンパゴダの境内はやはり豪華そのもの。  シュエダゴォンパゴダはヤンゴン市街の北側、シングッタヤの丘に建つ100メートルもの高さを誇る壮大なパゴダです。  建物全体が金箔で覆われていますから、熱帯の陽光に厳かに光輝き、その姿はまさに「聖なる黄金の塔」。  その眩しさといったら…。
ミャンマー仏教の一大聖地として国内外を問わず多くの仏教徒の崇拝を集めています。  元々はタボウタとバッリカという兄弟の商人が、インドで仏陀と出会った際にもらい受けた8本の聖髪をこの地に奉納したのが始まりとされています。  それ以来、度重なる拡張工事が行われ、15世紀中頃、時の権力者だった女王シンソービューによって現在の姿の原型が完成されました。  そして、今は工事中ですが黄金の塔の再頂部には、1個76カラットのダイヤモンドをはじめ、総計5451個のダイヤモンドと、1383個のルビー、他にもヒスイなどの宝石が贅沢に散りばめられています。


ジパング、日本は黄金の国。  でも、マルコポーロがミャンマーやタイにもし先に行っていたら、決して日本を黄金の国とは言わなかったことでしょう。  それぐらい、金ピカ
  それとは逆に、人々の祈る姿は、これまた立派。  元々信仰心の薄い私にとっては気持ち悪いほど、熱心に祈っていました。  『はたして、祈願成就や健康を祈っているのいだろうか?』
日陰に腰をおろし、しばし人間ウォッチング。  その中でも子供が可愛い。  とても目がキラキラしています。
それと、ミャンマー独自のことなのですが、子供から大人まで多くの人が顔に“どろ”のようなものを塗っているのです。  『ああすれば、少しは涼しいのかな?』
太陽が南中するにしたがって、気温もぐんぐんとうなぎ上り。  その時までには、白いタイル以外のところは歩けないほどの状態になっていました。  もちろん境内は裸足。  靴下も脱がなければなりませんから。
裸足になれていない、ツーリストはちょっとつらそうでした。

<1時間 昼寝>

しかし、あまりの喉の渇きによって目が覚めてしまいました。  『もう一周だけ見てここは終わりにしよう。』
最後に何枚かの写真をカメラに収めて、シュエダゴォンパゴダは終了。  朝来た道をまた市内へと、逆戻り。

  修理中のストゥパー

  ホテルに帰るその前に、チャイナタウン手前の一軒のレストランへ。  『ビール!』  大でも300チャットそこそこ。  注文してみると、1リットルあろうかというピッチャーいりのビール。  『昼間からこれは…。』
飲んでみると、『ン〜おいしい! 特に最初の一杯は!』
焼き飯をここでも注文。  鳥のもつ(内臓)まで入っていているところは、ミャンマー独自。  私は大好きなので、これまた満足。
昼間から半分酔っ払いの私は、またフラフラと流れにまかせて市内へ。  今度は、スーレーパゴダへ。  『今度こそ、外国人料金なんか払わないぞ。』 と人ごみを探して、それに便乗しますが、その努力空しく、ここでは外国人料金は必要ないみたい。
この境内は立派なことは立派なのですが、さっき見たものが凄すぎました。  それと比べると、どうしても貧弱さは否定できません。  
  この段階で、疲れが体全体へ。  暑いというよりもいという形容がぴったり。  夜でも35度を越えているそんな状況下で、冬の国から来た私がいるだけでも…。
私が考えている以上に、私の体は徐々にではありますが確実に体力を消耗していたのです。  
『一旦ホテルに戻ろう!』
  ホテルに戻って、また3時間昼寝。  こうやって昼寝したのはいつ以来?  何もする気力がないほど暑かったのは、以前に行ったパキスタン以来。  パキスタンの砂漠が脳裏に浮かんでは、今の私と重なり、そしてまた消えていきます。  
今現在、望むこと。  それは、『とびっきりのビーチに行きたい。 いや、絶対行こう!』ということでした。

  それ以上寝たら、夜寝れなくなってしまうかもしれないぐらい一生懸命寝てしまいました。
4時過ぎに目覚めてから、今度は中央駅に行ってみることに。  どの国に行っても、その中央駅は素晴らしい。  鉄道の中枢、いや交通の中枢をになう中央駅は、それだけにどこも立派なつくりになっています。  しかも、その国では最も歴史があるはず。  その国なりに…。
  地図で見た以上に距離があり、少々面食らう私。  はきなれないサンダル。  親指の付け根が痛い。  昔そこが擦り切れてしまった、文字通り、痛い目にあった日の事を思い出します。  途中には、映画館が。  “タイタニック”のハリウッド映画から始まって、ミャンマー映画、インド映画と変わっていく様は奇妙。  『時間があったら、映画も見たいな!』

イギリス植民地時代の、コロニアル風の建物を眺めながら、駅はというと…。
予想よりも無機質な建物にがっかり。
  ヤンゴン中央駅

『今日は何を食べ様か?』  食事だけは、何度してもいいぐらい、安くて美味しいものがいっぱい。  でも、1度の食べれる量には限りがあります。  それが残念。  
『寝だめ、食いだめ、ができれば旅行はもっと楽になるんだけど…。』 こう思うは私だけ?
今日は、焼き鳥ならぬ串焼きから。  イカの串2本、モツの串2本、そしてビールでウォミングアップ完了。  そんなにお腹がすいていたという訳でもありません。  しかしもう一品。  『ラーメンなんかないかな?』
麺は麺でも、辛いのや甘いのやそれぞれ。  人が食べるのを横目で見ながら、品定め。
一軒の屋台の前で急に足がとまり、ラーメンが作られるその様をうかがっていると、なかなかこれがおいしそう。  『これだ!』
他の人がたのんだラーメンのどんぶりを指先ながら、「これ、一杯。」
透き通ったスープに少々太い麺。  ダシがきいていて、美味。  これぞチャイナタウン。  なんでもいける!

  今日の食事も、大喜び、大満足でホテルに向かいます。  あたりは一面真っ暗。  ヤンゴン市内は大まかに言って、1日の半分は停電。  特に夜の7〜8時頃は電気需要が増すのでしょうか、昨日も今日も停電。
『このまま、ホテルに戻っても、きっと扇風機も動かないだろう。 昨日は、10時まで動かなかったし、今日も10時まで無理かな?』
チャイナタウンから、ホテルにかかる歩道橋の上で、暗闇の中光り輝くスーレーパゴダに見とれています。
『夜は夜で、ライトアップされたその姿は美しい。  街が停電になっても、そこだけは停電にならない。  これもお寺の力? 信仰の力?』
改めて、ミャンマーの人の信仰心に感服。

  帰りに、少しでも涼しくなればということで、アイスクリーム。  チョコレートアイスクリーム一本10円なり。  屋台では、ほんと色々なものを、安い値段で楽しむことが出来ます。
覚悟を決めてホテルに戻ってきてみると、なんと、まだ9時過ぎなのに期待に反して、扇風機はフル回転。  今日は、復旧が早かったのか?
『扇風機が動いているうちに、いっぱい扇風機にあたっておこう!』

今日の日記を仕上げ、明日は“ミャンマーの京都”、街中が仏教遺跡そのもの。  パガンという古都に向かう予定です。