Detour 03-5 in Myanmar
Pagan〜Ynagon〜Bago (25th)
今日もまた、昨日着た道をヤンゴンへと帰らなければなりません。 しかも16時間もかけて。 幸い出発は15時30分ということなので、午前中はたっぷりと観光できますが…。 しかし、もう一度オールドパガンをまわるというよりは
『ゆっくりしたいな!』
朝7時にイングリッシュブレックファーストをとり、思案中。
『とりあえず、シュエズィーゴォンパゴダに行こう!』 昨日行った、アーナンダパゴダとともに、パガンでは最も有名なパゴダです。 『拝観時間は、早朝4時から夕方の6時って言ってたっけ?』
実は昨日ライトアップされたパダゴを見ようと、日が暮れてしまっていたのですが、シュエズィーゴォンパゴダの前まで行っていたのです。 しかし、無常にも門は閉ざされたまま。 私を待っていたのいは、閉店間際の客引きだけでした。
今日は、色々な物売りがてぐすねをひいて待ち構えるなか、また手をつかもとする子供の手を避けながら、いざ境内へ。
もしつかまったら、『これ買え、あれ買え、もし買わないと今度は、金くれ! これもだめなら、プレゼントくれ!』
シュエズィーゴォンパゴダ
今までの会ったミャンマー人には、なかったようなしつこさで迫ってきます。 これもきっと観光地ゆえ、観光客がそうしてしまったのでしょう。 実際ここに来るまでといったら、ミャンマー人はむしろ日本人よりもシャイで、自ら話しかけることは少なかったように思います。 それが…この変わり様。
境内に入ってもそれは同じ。 ポストカード売りの少女が執拗に追いかけてきます。 『ここまできたか!』 モンクまでもが“Money!”(モンクとは修行僧のこと。 この場合は少年僧)
『まっ、僧はもともとみんなから施しをもらっているかもしれないけども、こういうのもあり!?』
でもこれぐらい俗っぽい僧がいた方が、私にとっては楽しい時 をすごせそうです。 一番多かったのは、なんと行っても子供。 おもしろいことに、彼らの動作を遠くから観察していると、その後ろにはその子供を操っている母親の姿があるようです。 そして、「外国人が来た。 あの外国人を狙え。」、「よその子供に負けるんじゃないよ!」 そんな会話が聞こえてくるようです。 写真を撮ってチップ。 『そんなことをしたって、今はいいけど、将来は? その日暮でどうするの? 全く発展性がないことしたって…。』
しきりに手を口に持っていって、“お腹がすいた”という素振りをするので、せめてもと思い、近くのおばさんから、ピーナッツを買い、ピーナッツをあげることに。 これで一石二鳥。 さすがに母親はいい顔をしてはい ませんでしたが、子供は目の前のピーナッツへ照れながらも手を伸ばしてきていました。 『笑顔が輝いていました。』
シュエズィーゴォンパゴダを抜けると今度は、街一番の市場までのんびりと散歩。
市場はこれまた、待っていましたとばかり、寄ってたかって観光客の手を引っぱっていって自分の店まで連れていく商売人の群れ。 市場の一角は、完全に地元の人の生活からは懸け離れた無法地帯になっていました。
そして、ためしにシャンバッグ(シャンバックとはシャン族が愛用の肩掛けバッグ)の値段を聞いて、一体どれぐらいまけるものかと試してみたら、どの商品も最初の言い値の、半額〜3分の1以下にはなりますから、定価販売に慣れた日本人にとっては厄介なもの。
『シャンバッグを買ってもいいかな。』でも、商売熱心な売り込みを聞いていると、それも興ざめ。 そのまま、市場を突き抜け、港があるの方に進んでいきました。
ハッキリと道はわかりませんが、民家をすり抜けすり抜けエーヤワディー川を目指しました。 そして、ついに見つけました。
エーヤワディー川! 昨日の夕暮れの顔とは、また一段と違った顔のエーヤワディー。 昼間のエーヤワディーは、太陽の反射のせいだけではなく、その存在自体がまぶしく輝いていたようでした。 水浴びする子供や親、洗濯している女性たち、お祈りをしている老人。 彼らにとっては生活として、なくてはならない昼間のエーヤワディーがそこにはあったのです。 昨日見たエーヤワディーが“静”のエーヤワディーならば、今日のエーヤワディーはさながら、“動”のエーヤワディーということになるのでしょうか。
エーヤワディー川に沿って歩いていると、“ハロー!”と誰かが呼んでいます。 辺りを見回すと、水浴びをしている少年無邪気に手を振っています。 たったそんな一言でしたが、他のどんな言葉よりも嬉しく感じました。 先進国のエゴといわれるかもしれませんが、私が見たかったのはミャンマーのそんな素朴さだったのかもしれません。
それと比べれば、“俗”の象徴である市場。 私は、再び市場の方を目指して進んでいきます。 市場の中では、観光客と商人たちの、いつ終わることない戦いが今も続いていました。
しだいに暑さも増してきます。 『もしかしたら、パガンは涼しいの?』 と思わせるような昨日の天候とは違って、今日は本当の天候に戻ったようです。 朝からずいぶんと歩きましたから、お腹もすいてきました。 まだ11時と昼食には少し早かったのですが、ビールの看板のにつられ、誘惑に負けお昼の時間にすることに。 ビールも飲んで、しかもお腹いっぱい食べて、1ドル。 しかも、ビールはいくら飲んでもすぐに汗になって体から出ていきますから、後に残らない。 『今日も爽快、いい気分!』
しかし、ビールを飲んでしまうと、急に歩き回ることが億劫になってきました。
『寝床を見つけよう!』 そう思い、朝行ったシュエズィーゴォンパゴダに逆戻り。 お寺の境内は、静かで広々として、その上木陰はいくらでもあるし…。 まさに昼寝には理想的な場所!?
< 1時間経過 >
もう一度、シュエズィーゴォンパゴダの境内を一周して、今度こそお別れ。
今は、昨晩食事をとったレストランでこの日記を書いています。 もう1時間もすれば、バスに乗っていることでしょう。 したがって、今日もう日記はかけませんから…。
『今日こそは、いいバスに出会えますように!』
シクロ(サイドカーの付いた自転車タクシー)の向かえが、ホテルまで迎えにきて、なんだかいやな予感。
“ピンポーン!” 『昨日のバスの方が何倍もいい。』 と思わせるような代物。 “関東バス”と車体にペインティングされている以上日本製のバスには違いないのですが…。
かろうじて座席は、早々と予約しただけあってバス中央の理想的な場所。 昨日とは違って、リクライニングもできますし、ゆったりスペース。
ほぼ時間通りに、バスはパガンの街を後にして動き出しました。 途中で2,3ケ所で乗客をピックアップをしているうちに、バスの座席もほぼ埋まったようです。
『大丈夫かな?』 と思わせるぐらいに、エンジンをうならせながらバスは出発です。 ガタガタ道を乗り越え、ちょうど昨日ポパに行く時に通った道と同じ道のようです。 椰子の木街道を抜けると植林地帯へ、やっぱり昨日と全く同じコースです、ここまでは。
そんとき、“パーン!” という破裂音が!
『やってしまった。 こりゃ、パンクに違いない。』
それでバスが傾いたわけではありません。 だだ、急にゴムの焼けたような臭いが、エアコンのために窓は閉めきっているはずなのに車内にいても、その強烈な臭いがにおってきます。 『1時間、いや2時間は足止めかな?』
しかし、予想に反して運転手はちょっとタイヤを確認しただけで出発。 『おいおい大丈夫かよ!』と不安な私。 いや、起きているみんな、そう感じていたことでしょう。
バスはまた、ものすごい勢いで飛び出していきました。 そうすると、またさっきと同じゴムを焼いたような臭いが…。 それにたまりかねたのでしょうか、私の前に座っている乗客が、運転手に何か叫んだようです。 そしてまた、一旦停車。 しかし、5分もしない間にまた発車。 『どうなっているの?』
その後も、また誰かが叫んで停車。 これが何度か繰り返されました。 そしてイエナンチャウという少し大きめの、街に入ったところで本格的な停車。 修理のためにタイヤの部分までならず、シャフトの部分までバラバラに分解し始めました。 『最低2〜3時間は無理だろうな。 下手すると、ここに宿泊?』 悩んでも仕方ない、『レストランの開いているうちに、せめて腹ごしらえだけ。』
レストランに入った時、同乗のミャンマー人たちと目が合って、「こっちへ来ないか。」 別段断る理由もないし、むしろ私としては大歓迎。 誘われるまま彼らのテーブル移動、彼らと食事をとることに。
そして、またいつものような会話が始まりました。 「どこから来たの?」、「どこへいくの?」、「どれぐらいの期間旅行しているの?」 そして、「他に、仲間が乗っているのならば連れてきたら。 バスはしばらく動かないし、きっとお腹も空いているはずだし。」 もちろん私は一人で旅行していましたが、バスには他に2人の日本人女性が乗っていました。(その時は、ハッキリしなかったので日本人らしき人。) 彼らから見ると、『私達3人はいっしょに旅行しているんだ。』 そう思われても、別段不自然ではありません。
特別用もなかったので、彼女達には声をかけていなかったのですが、『そういうことならば…』ということで彼女達らを呼びにいくことに。
一人は大阪の旅行会社勤めの女性。 もう一人は京都外大2回生の女性。(このでは大阪さんと、京都さんと書きます。) 話をしていて後でわかったことなのですが、私に彼女達を呼びにいかしたのは、そこにいた男性の一人が京都さんに好意を持って、どうも口実を作りたかった。 そういう意図とあったように感じました。
京都さんも言っていました。 『どうもミャンマー人好みの顔みたい。 私って。』 旅行中も、2度ほどしつこく声をかけられたと笑っていました。
日本人の美人=ミャンマーの美人という公式は成り立たないようです。
1時間が過ぎ、バスの修理の様子を伺いにいっても、ただバラバラにされた部品の前でみんなが輪になって座っているだけ。 『こりゃ、絶望だな!』
仕方なく、バスに戻って寝ることに。 そして、それが本当の眠りに変わろうとしていた時、微かなバスの揺れを感じました。 そうです、バスは再び動き始めたのです。
『もう、これだけでもだいぶ遅れてしまっています。 はたして何時に、ヤンゴンに着くことやら?』
今日一番感動したこと。 それは隣の座席の人。 英語はほとんどできないけれども、心遣いが…。
彼が差し出した一房のマスカット。 たったそれだけのことでしたが、急に胸が熱くなりました。
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