Detour 03-7 in Myanmar
Bago (27th)
5時に起きたか、5時まで眠れなかったか、とにかく私のミャンマーでの最後で最大のイベント、チャイティヨーへの出発です。
アラームがなる少し前に目が覚め、少しは眠っていたようです。 眠気を引きずりながら、シャワー室に。 シャワーを浴びて、昨日の夜のいやな思い出も流してしまえれば…。 『さすがに、水しか出ないシャワーは冷たい。』 一気に意識が回復。 さすがに目も覚めます。
ホテルを出ると、まだ暗い。 でも5時だから、『街に誰もいない!』ということはなく、カフェショップまで営業していたり、人も確かに見えます。 さらに目が暗さになれてくると、暗闇の中にもっと多くの人々がいるのがわかりました。 ミャンマーの朝は予想以上ににぎやかでした。
何台か並ぶピックアップトラックも、どこへ行くのかわかりませんが、人で埋まっていました。 私は、約束通りホテルの従業員に連れられて、一台のピックアップトラックまで。 まだ乗客がいなかったので、気を使って優先的に助手席に乗せてくれたようです。(後でわかったことですが、料金が前の席と後ろの荷台では違っていたのです。) しかし、フロントシートに座れて本当によかった。 『この後、5時間もピックアップトラックの乗らなければならない。』なんてこの時は考えていませんでしたから。 予備知識をここで。 ピックアップトラックとは、あくまでもバスです。 しかし、その名のとおりトラックの荷台にホロをつけ、木製のベンチイスを付けただけの車でもあります。 そして進行方向にベンチは左右に二本つけられています。 したがって、乗る人も横向き。 ホロの天井も低く、多少かがんでいなければならないほどの低さ。 1時間ほどの距離なら、腰が痛くなろうと、首が痛くなろうと我慢もできるのですが…。 長距離では気が狂いそう。
車は、あたりが少し明るくなりかけた頃、夜明けとともに動き始めました。
必死で眠気を押さえようとしましたが、車の揺れがなんとも気持ちいい。 ウトウト………・・。
『しかしそれにしてもお腹が空いた』
朝から何も食べていないので、空腹の絶頂。 『朝早いのでどうしようか?』とは思いましたが…。
2時間ぐらい経った頃でしょうか、車が止まりました。 『ちょっと休憩?』 でも誰も車を降りようとはしません。 仕方なく、物売りの少年が運んできたポテトチップを買って食べただけ。 『もうちょっとの辛抱だ!』(この時はそう思っていました。)
実際はその後更に3時間食事なし。 倒れるほどではなかったのですが、暑さと寝不足が合間って体がフラフラです。
『やっと着いたかな?』 車は一度止まりましたが、更に別のピックアップトラックに乗り換えて、今度は山のほうに向かって走り出しました。 『ハァ!』
その時、チャイティヨー “←”(左)の標識が!
『ハァ、やっと!』
チャイティヨー登山のベースキャンプに着いた時には、もうはや時計は10時半を指していました。 『いやはや、5時間半は予想外。 まだ山に登らないと行けないのに…。』
今日最初の食事を済まし、これで夕方までは大丈夫でしょう。 これからが本当の山登りです。
歩いて登れば10キロ以上の距離。 さすがに、ここに来ている人のほとんどは、ここからまた別のバスに乗換えているようでした。
ここに来るまでは、『歩いて登ろう!』 そう思っていた私でしたが、チャイティヨーに歩いていこうと思っても行く道もわからず、ミャンマーの人の流れに身を任せることにしました。
今までは、ピックアップトラック。 これでもすごいのですが、ここからが更にすごい。 工事現場のトラック。 FUSOとかHINOとかNISSAN
DIESELとか、10トントラックに乗って(乗せられて?)行くのです。 荷台には、横木を何本かはしらせ、イスとしているようでした。 それで人を運ぼうとしているのです。 人が少しの隙間もなく座っていくさまは、奇妙としかいいようがありません。
客観的に見れば、ヤクザの出陣式とも見えなくともないです。
クレイジートラック
動き出したらもっと大変。 坂道をものすごいスピードで爆走。 まさに、クレイジートラック!
山道どいえど少しぐらいのカーブでは、決してスピードを落とさないその運転テクニックに、私はただ呆れるばかり。
他の乗客も、笑っていました。(笑わずにはいられない?) これに耐えること、1時間少々。 今度は大きな広場に着きました。 これで、八合目といったところでしょうか。
バスの職員が来て、「もう200チャット払えば、山頂まで行けるけどどうするか?」
彼が指差す方向を見ると、そこには小さいながらも金色の物が輝いていました。
「No thank you!」
『ここまで車で着たんだ、せめてここからぐらいは自分の足で登っていこう。 少しでも苦労した方が、ご利益があるかも!』
そう思い、トラックから飛び降りさっさと歩きはじめました。 しばらく行ってから後ろを振り向くと、誰もトラックから降りた気配はなし。
『まっ、いいか。』
見た目以上にここからの坂は急な坂道。 なれないサンダルで、ミャンマー人と互角に歩く事は精一杯。 それが、今回は坂道なのですから。
体力には自信があってもさすがに疲れました。
しかし、休んでばかりいると時間は経ち、それにつれて気温も上がるばかり。 頑張って、あと一息…。
“こっちに行けば、チャイティヨー”という看板が! どうやら近道のようです。
道路から山道へ。 進んでいけば行くほど、奇妙な店に出くわします。 最初は、『こんなところにもあるんだ。 変わっているな。』と思っていました。 しかし、次々と目の前に現れる同じ商品を扱う店々。 『ここだけに集まっていたのかもしれません。』 その店は、ニシキヘビの皮だの、熊の手の平だの、鹿の内蔵だの、豹の剥製だの、鷲の剥製だの、子クジラはそのままの姿で店頭に飾ってあったのです。 全部滋養強壮に役立つ、広くいえば“薬”に属すわけですが、同時にそれらは全て“ワシントン条約”に触れるものばかりなのです。
ワシントン条約とは野生動物を救おう。 そのためには、絶滅の危険のある動物のいかなるものも、その国から持ち出しても行けないし、持ち込んでも行けないというものです。 大まかに言えばそんなものでしょう。
こんな形で、私の目の前に現れるとは夢にも思っていませんでした。
そう言えば飛行機の中で、ワシントン条約…、ワシントン条約…と機内放送で言っていたのが、急に脳裏によみがえってきます。 『ミャンマーにはそういうところも、きっとあるんだろう。』と思っていた、その場所の一つがここだったのです。
それを抜けると、例のバストラックの最終停留所と合流するポイントにでました。 いよいよクライマックスが近づきつつあります。 もう、本当に少し。
ありました。 ミャンマーのパゴダには必ずある、あの獅子が…。
ここにも“狛獅子”が!
それを通りすぎると、そこからは土足厳禁の境内に。 はやる気持ちを抑えつつ、前に見えるおばさん軍団の中に紛れ込もうとしました。
『こうしていれば、ミャンマー人と間違って思ってくれるだろう。 外国人料金6ドルって聞いていたし、用心に越したことはない。』 どこで取られるかはわかりませんが、どこかで必ず取られるのです。 もしかしたら…。
警戒しながらも、自然に振る舞い境内の奥へ奥へと進んでいきました。 何度も言いますが、この国で6ドルは貴重。 どれぐらいかって? 贅沢しなければ2日は寝泊り・食事をして充分生活できるぐらい貴重です。
結果は6ドルの儲け。 どこで料金を取られるのかさえわからずじまい。 きっとピックアップトラックという、来た方法がよかったのではないでしょうか。
山の頂にもうけられた公園のような広場。 でもここの主人公は“岩”です。
チャイティヨー広場でしょうか?
いつ落ちてもよさそうな岩なのに、決して落ちない。 大地震でもびく
ともせず、神がかり的。 まるで不思議な力が働いているかのよう。 それゆえ、ミャンマーでも最も有名な場所も一つとなっています。
人の大きさに注目!
したがって、ここにいる人もミャンマー中から集まってきた人ばかり。 きっと!
その証拠に、その日会った外国人は一夫婦だけ。 もっとも、来るだけでも不便なところなので、ツアー観光には不向きからかな?
機会があれば、是非ここに着てみてください。 神々しい気分に浸れます。

おみやげ物や産で、チャイティヨーの絵の入ったバッチををみつけ購入。 そんなことしながら、一休み。
『さあ、もう一度来た道を帰ろうか!』 来た道をまた、八合目のトラック乗り場目指して。 思ったよりも、下りの方がしんどい。 全体重が足にかかってきますから、そのうち自分の足が震えだしてくるのがわかります。
そして、機械的にトラックにつめ込まれ、トラックは走り出します。 走り出すと、またクレイジートラックに早変わり。 ジェットコースターなら“万が一”のことはないので、途中どういうことがあっても安心しないでしょうが、ここは“万が五千”もありそうなところ。 気が気でなりません。
幸いなことにと言ったらいいのでしょうか、またもとのベースキャンプまで戻ってくることができました。
ここで再びバゴ行きのピックアップトラックをみつけ、乗車。 長い旅がまた始まるのです。 『5時間か。 ハァー。』 心の中でのため息です。
帰り道は行きよりも少しすいていたからでしょうか? それとも、客の乗り降りが少なかったからでしょうか? 3時間30分余りでバゴに戻ってくることができました。
『これで、長距離の移動からは開放されそうです。』
今日もビールで、ミャンマー最後の夜を祝うつもりです。 明日少しばかりのお土産を買ったら、すべきことは全て終了。 一週間が終わります。 来る前は、『現地の人と同じ視点で、ミャンマーを見てみたい。』という気があったのですが、見たい所を追っかけているうちに、タイムオーバー。 予想以上に、移動に時間がかかり過ぎたのが残念でなりません。
もう一つ、私が消極的だったのか、ミャンマー人がシャイだったのか、これも予想以上に彼らとに接点が薄かった。 残念でした。
嬉しい誤算は、ミャンマーが思った以上に“素朴”で、“人が温かった”こと。
他のアジア諸国では工業化と引き換えに、失ってしまいつつあるものです。 今にあって、ミャンマー・ベトナム。 アジアを愛するものとしてミャンマー・ベトナムは、まさに“ワシントン条約”ものです。
|