Detour 04-6 in Vietnam
Ho Chi Minh City〜Mekon(24th)

ダラットに行った時のように、朝起きてからシンカフェの前に行くと、すでに旅行者でごったがえしていました。
どうやら、各種ツアーの出発がこの時間にかたまってしまっているようなのです。大型バスからバンの車まで、人数にあわせてアレンジしているようです。
2daysメコンデルタツアーの集合はというと、7時半。ということは、まだ少し時間がありそうです。
近くの露店で、朝食。ついつい匂いにつられて、今日の朝食は、日本流に言えばカルビ焼肉定食というところでしょうか。昨日から、目をつけていたのですが、夜は満席で席に着くことが出来ず、退散。まさか、深夜まで営業していて、朝はやっているはずはないだろうと思いきや、実に商売熱心なんですよね。
たった、日本円にすると50円ほどでこんな料理が食べれるとは・・・。
とにかくベトナム料理は、値段も安くて、その上何を注文してもハズレがないので安心です。(どの国に行っても、『どうしてもこれだけは食べれない!』というものが一つや二つぐらいはあるものですが・・・。)
 食事も終わりお腹も膨れたし・・・?『んー・・・。まだ、なんか物足りないな。』
時間もあったので辺りをブラブラしていると、サンドウィッチの屋台を発見。
『んー、おいしい!』
最後にペットボトルを買いもとめ、シンカフェに戻って、ツアーバスを待つことしました。


 ダラット行きのバスが出発して、クチ観光のバスが出発して、メコンデルタ1日ツアーが出発して、やっとのことで私のツアーにも集合がかかりました。
そそくさとバスに乗り込むと、入り口付近の一人掛けの席キープ。足が伸ばせて他も席よりもずっと楽に感じます。
 まず最初に、ツアーコンダクター(ガイド役添乗員)からの挨拶。シンカフェのこういうツアーが初めてのの私には、何だかとても新鮮に感じました。それは、バスの運転手もツアコンのおじさんも小奇麗な制服をきちんと身につけており、こちらはというと、ほとんどの客がTシャツ・半パンのようないでたちだったからです。
『アジアでも、ツアコンに制服を義務付けているところはきっと少ないんじゃあないのかな?』
 さて、そのおじさんなのですが、年齢は最後まで聞いていませんので一体何歳だか分かりませんが、私の見た目ではゆうに60歳は過ぎているような感じでした。そして、お土産のシャツをそれぞれに配った後、ゆっくりとマイクを取り出し話し始めました。きっとマニュアルがあるのでしょうが、ベテラン中のベテランの話ぶりです。英語は決して流暢ではありません。むしろ、独特のなまりがありましたが、ネイティブでないぶんゆっくりと話してくれて、話は分かりやすかったと思います。彼の名前はクワンと言っていました。
そして、挨拶が終わると今度は一組づつ、その人の出身やらを雑談を交えてしていったのです。急にスペイン語でしゃべりだしたり、バルセロナからのお客さんは大喜びでした。
これは、めずらしいでしょ。でも、絶対に親しみを感じさせることですよね。
 もしかすると彼は、ベトナム戦争のまっ最中に青春時代を送った勇敢な戦士だったかもしれません。何人もの家族や友達が戦争の犠牲になったかもしれません。ひょっとすると、彼は何人も殺したまさにその人だったかもしれません。あるいは・・・。
考えだしたらきりがありません。しかし、彼もまた重い過去を背負っていることでしょう。本人に聞いた訳ではないので私の誤解かもしれませんが、しかしきっと、『当時よりも現在のベトナムの姿を喜んでいることでしょう。』
イデオロギーの対立に、多くの人々が巻き込まれなければならなかったそのこと自体がおかしいし、指導者の重大な過失だと私は思います。
 
バスは初めチョロンと呼ばれるチャイナタウンを通りぬけ、そしてホーチミンを離れ南西へと向かって走っています。

それにしても、北に行くのと南に行くのではこんなにも道路事情が違うのでしょうか。今走っている、道路は驚くほどまっ平ら。その割には、交通量も多くなくバスに乗っても快適そのものです。ちなみにバスはデウという韓国自動車メーカーの中古車。バスと言うよりは、12人乗りのバンと言った方がいいかも。
クワンの話では、更に高速道路の建築中で数年後にはもっと便利に成るだろうということです。
工場が立ち並ぶ地帯が過ぎると、ポツリポツリと沼や池が現れてきました。そう言えば運河も道路に沿って流れています。
そして、マンゴーの木が現れてくると、一気にメコンデルタ地帯に突入したような気分になります。
そのマンゴーの木は特別に、収穫用に植えられている訳ではありあません。ベトナム南部ならどこにでもあって、季節になるとマンゴーという文字通り“天からの授けもの”をベトナムの人々に与えているのです。それは、東南アジアでの雨季、モンスーンの季節に当たるそうです。ベトナム語ではなんと言うかは知りませんが、英語でこの雨のことを“マンゴーシャワー”と呼ぶそうです。
3時間ぐらいしてからでしょうか、まず最初の目的地に着きました。バスを降り、運河を渡って、行った先は変哲もない一件の家。
ここがシンカフェのメコンデルタ・ボートクルーズ1日目のの基地のようです。ですから日帰りツアーはここだけということになるのでしょう。ですから、我々のグループの他にも、そこには多くの旅行者がいました。


 出発の順番を待ち、さあメコンデルタクルーズのはじましです。
 バスに乗っている時にクワンに言われたことなのですが、やはり乗り込んだ船の“エンジンはヤンマー”でした。
“薬はサロンパス”。これもベトナムでは有名みたいですよ。でも、でも、でも、一番有名なのはダントツで“ホンダ”です。これは説明はいりませんよね。
「船が走っている間は、うるさくて話が出来ないから。」と、一通りの説明は車に乗っていた時にしてくれていました。
『言った通り。』船が動き始めると、ものすごい音。慣れるまでは耳が痛い・・・。
 メコンデルタを船で進んで行くと・・・。何があると思いますか?実は何にもないんです。
そこには、ごくありふれた。メコンデルタで生活する人々の姿や家や田んぼや、実はなんでもないものしかありません。
観光名所なんて物はありません。
前にも言ったことがあるかもしれませんが、ベトナムは非常に観光資源に乏しい国だと私は思います。元々何もない訳ではありませんが、あったものは戦争と社会主義が壊してしまったのです。ですから、現在観光客が押しかけるのは戦争後の基地とか戦場が主なものになったりしています。
じゃあそれなのに、私がベトナムに何を見に来たかと言うと・・・。
“人”なのです。

ある本に、“ベトナムの観光資源は人だ”と書いてありました。一度来た人ならそれが理解できるはずです。
船が通る度に、手を振る子供達。いや、子供だけではありません。老いも若きも男も女もが、こぼれんばかりの笑顔を見せてくれます。

 

 

私だけではありません。同船したみんなが、それだけで満足そうです。
しかもメコン川は雄大は雄大なのですが、しょせん泥で濁った川でしかなく、透明度がないために非常に単調に感じてしまいます。
しかし、そこに人々の洗濯する姿や、炊事する姿や、遊ぶ姿を見ると急にメコン川が生き生きしてきます。
 クワンの説明によると、メコンデルタ地帯はベトナムの中でも生活が裕福な地域だそうです。もちろんそれは、地域の特性によるところが大きいことは間違いありません。ですから、ベトナム北部からの入埴も何度か行われたそうです。
『じゃあ、何が有名かって?』
それは、“お米”です。
「ベトナムは世界第2位の米の輸出国なのです。」
そう言った時のクワンの表情はちょっと、誇らしげでした。
驚くなかれ、ここでは3期作はあたりまえ、4期作ができるそうなのです。(1年に3回も4回もお米を収穫すること。)
お米がきれば、ベトナムでは有名なフォーの麺もほとんどがここで作られる訳で、その裾野は非常に大きいのです。
しかし逆に、お金が稼げるがゆえに、子供を学校に行かせるよりは、仕事をさせておいた方がよいと考える親がこの地区には多く、子供を学校に行かせない。行かせても、すぐに辞めさせてしまうそうです。そのために、メコンデルタ地区の就学率は50パーセントにも満たないそうです。
でも、彼らの笑顔を見ていると、『そっちの方が幸せかも?』と感じざるを得ません。
2時間ボートに揺られて、それよりもエンジンの音と排気ガスで疲れてしまいましたし、第一お腹が減った。
そして、ボートの終点。しかし、すぐに食事とはならず、ジャングル探索になってしまいました。
ジャングルはジャングルでもここは、ベトコンの隠れが。あるところには、地下の隠れがへと続く入り口もあり、当時の要人がここでアメリカ兵から逃れるために隠れたり、時には作戦会議をする集会場さえありました。

ただ、私にとってはジャングルよりも、昼食のことのほうが大切でしたけど・・・。
ただ、一つ興味を引かれたのは、子供達が遠足ででしょうか?何ででしょうか?たくさん子供達が制服姿で、太鼓を持ったりベトナムの国旗を持ったりして、行列になってやってきたことでした。
何だかわけが分からん状態ですが、しかしジャングルには、この子供達がたたく太鼓の音が響いていました。

 

 ジャングルを一周したところで、ようやくレストランに連れていかれ、食事にありつけます。
途中でいっしょになったガイドが言うことには、メコンデルタでのお勧めは、“エレファントフィシュ”だそうです。形が象の耳の形をしていることからそう呼ばれるらしいのですが、料金が450,000ドン(350円程度)と、ここでは恐ろしく値段が高く、私を含め誰も注文しませんでしたから、実際そうなのかは分かりません。あしからず。


 食事が終わると、『今度は、また違ったところに行くのだろう。』という期待をよそに、またもやボートクルーズになりました。
『でも、バスまで帰るだけだろう・・・。』
私の予想は、半分は当たり、半分はハズレでした。
いったん、初めにボートに乗り込んだところまで戻ると、ここまで来たバスには乗らずに、歩き始めました。
そして、川が見えると、そこから船付き場に降りていき、そこからまた別の船に乗ることになりました。

Big Boat!”
クワンは嬉しそうにそう言いますが、内心『また船かよ・・・!』
それでも船が動きだすと、そして徐々にまた川の両岸から振られる手が、笑顔が見えてくると楽しくなってしまいます。
狂ったように、写真を撮りまくるドイツ人。陽気なスペイン人。それぞれの対応を見ているのも、また一興です。
しかし、これが続くとなると・・・。
実はこれから、3時間休みなしでボートで連れまわされたのです。

 

ボートから開放されたのは夜7時。既に、太陽は沈み。夜景にかわったカントーというメコンデルタ最大の都市の港にボートは着きました。
さすがに、年配の方々は少々グロッキー気味、明日もまたボートかと思うと・・・。
『メコンデルタツアー。メコンデルタは堪能できるが、少々工夫したら?明日は、きっと何かあると思うけど・・・。』
  港から我々が泊まるホテルは、歩いて2分ぐらいのところにありました。このホテルはもちろん、20ドルの料金に含まれています。
しかし、二人部屋が原則なので、もう一人の日本人、鈴木君(名古屋出身・大学生)との合い部屋に決められてしまいました。
彼は、春休みを利用して中国は上海から国境を超えて、ベトナムに入国。そしてハノイ、ホイアン、ホーチミンと旅行しているそうです。中国から来れば、ベトナムの物価の安さと人の良さとは、その違いが歴然で、かなりベトナムを気にいっているようでした。(中国自体の物価は安いが外国人はホテルから何から外国人専用ホテルにしか泊まることは出来ないので、旅費は高くなってしまう。ベトナムでも事情は同じであるが、中国の都市部ほどボラれない。)
 いっしょに食事を取り、その後はそれぞれ別行動としました。
『こういうところに来る人って、あまり干渉されるんが苦手な人が多いみたい。』(自分も含む。)
 カントーという町は、玄関がメコン川です。すべてがメコン川に面するように発展しています。これまでの常識にはなかった種類のまちです。港があり、市場があり、公園があり、そこから内陸部に道路1本入ると、やっと町の行政機関であったり、映画館であったり人々が集まる場所があります。
とりあえず私は、メコン川が望める公園に行くことにしました。
一番の理由は、人がいっぱいいそうだったから。もう一つの理由は、涼しそうだったから。
ここメコンデルタ地帯は、南に来ている分、気温が高いのはしかたがないとしても、湿度がホーチミンに比べても以上に高いので、体感温度がかなり高く感じます。そして、何よりも肌がべたついて気持ち悪い・・・。
少しでもそれが紛れればと思って、この公園にやってきたのです。

『やっぱり、大正解。』
人は多く賑やか、一方で風が適度に吹いており夕涼みにはもってこいの場所です。
ベトナムには娯楽があまりありません。あっても、普通の人はそんなにお金を持っていません。という理由で、夜になると、大きな公園は人でごったがえします。みんなが来るからって来ても、何にもないのですよ。それなのに人が集まります。
これは、都会でも田舎でもベトナム中いっしょです。
家族連れ、恋人同士、友達同士様々です。もちろん、観光客もいます。スリもいるかも知れません。
そんな中で、日本語を習っているカントー大学んぽ学生と話す機会がありました。たわいもない話が中心でしたが、私は彼に日本語を、彼は私にベトナム語を教え合いました。
こういことって、海外では普通なのですが、日本ではなかなか難しいですね。もし、こういう機会があったら、下手な英語でもいいから会話してみてください。きっと、何かしらプラスの経験になると思いますよ。
 さて、10時も過ぎました。もうホテルに帰ることにしましょう。

『明日は、もっと趣向に富んだものになりますよう!』