Detour 04-7 in Vietnam
Mekon〜Ho Chi Minh City(25th)
“Good morning!”安眠をさえぎる、悪魔の叫びか?
昨日の約束通り、朝7時にクワンはすべての部屋のツアー客を起こすべく各部屋を回っていました。
あんな、座りッぱなしのボートの旅でも意外と体は疲れていて、熟睡していたのです。
今日の出発は8時半。それまでには、朝食も済ましておかなければなりません。
ということで、今日もまた鈴木君と一緒に食事に出かけることにしました。
『市場に行けば新鮮なものが安い値段で食べられる。』ということに意見は一致。まだ、ざわめきの残る市場にいってみることにしました。
『市場自体がメコン川のほとりにあるので、ここにある魚はメコン川の川魚かな?』もちろん魚だけではなく、野菜から家庭用用品までさまざまなものがあります。更に、その取り巻きの商店も入れるとここで手に入らないものは、カントーでも手に入らないと思わせるぐらいさまざまな物のあふれるところです。
『やっぱり、ベトナムの朝はフォーから。』
値段は5,000ドン(40円程度)と、地方にしたらチョット高いかなという値段でしたが、今回の旅行の中では一番のフォーだった気がします。さすがに、この場では味まではお伝えできないのが残念です。
更に市場を歩いていくと、パン屋さん。1個1,000ドン(7〜8円)のパンがまた格別。
人間、食いだめ・寝だめができれば、なんて幸せか旅行中ほど思わぬ時はありません。
また更に、食べ歩くこと1件。お腹もいっぱい、気分も満杯。『今日は好い一日でありますように。』
ホテルに戻ってチェックアウトを済ませると、次第にツアー客も集まってきました。
『それにしても、みんなどこに行っていたのでしょう。昨日から全然見てないや。』
昨日の夜ついた港からは少し離れたところで、今日のボートは待っていました。ボート自体は何の変化もありませんでしたが・・・。
今日の最初の目的地は“ウォターマケット”!文字通り、水上市場。これから想像できるのは、おびただしい数のボートが集まってきて、物を売ったり、買い求めたりする姿ですよね。
実際、タイにも有名な水上マーケットはあります。写真なんかで見たことのある人もいるのではいでしょうか。しかし、私は一度も行った事がありません。あまりに観光地化しすぎており、特別マーケットで買うものもなく,個人だとボート代も高い。そして何よりも、予想よりつまらなかったという声をよく聞くからです。
『今回はおまけですが、その機会に出くわすことができそう。』
場所は、昨日の学生も言っていましたがすぐ近く。ボートで15分ぐらいのところだそうです。
そうすると次第に、遠くからでも船の集団がいるのがわかるようになり、そしてそれぞれの船が見分けられるような距離になってきました。
『あれっ?』
『頭に描いていたのとは、チョット違うぞ。』
私が頭に描いていたのは、どちらかというと、小さな船の集まる“小売のイメージ”。それに対して、今あるのは大きな船の集まる“卸売りのイメージ”だったからです。トウモロコシを満載にした船、スイカをのせた船。それに商品を買いに来るのは、主婦ではなくどちらかというと、仲買人。
フォーを売る屋台船や、飲み物などを売る雑貨屋の船もありましたが、それ以上に興味をそそられるものは、そこには存在しませんでした。

そこを2周3周して、水上マーケットは終了。昨日に続いて、またもやメコンデルタクルーズの始まりです。
とにかく運河だらけ。とても、陸上運送なんて考えられない。もし造るとしたら橋から橋そしてまた橋というふうな地域柄です。
ここでは、こんな橋は普通です!
のんびりと運河を進んでいくと、やはりのんびりとした生活風景がそこにはあります。
そして、ここにも多くの笑顔があります。
いい笑顔でしょ!
途中何度か、陸上に上がって、“この地域の米つくり”や“独自の宗教”の話、“家造り”の話などもありました。
休憩時にパイナップルやフルーツでもてなしというのもありました。
『フルーツはやっぱり、採れたてが一番。』青い時期に収穫して、日本に運ばれてくるフルーツは、ここのフルーツの前ではくすんで見えます。ある意味、全く別物と考えてもいいかもしれません。
更には、ライスペーパーや、製麺(原料がお米:フォーの麺などに使用)工場の見学。精米所の見学なんてものもありました。
でも、香川の田舎、米文化の日本から来た私にとって、それは決して目新しいものではなく、むしろありふれたものにしか感じられず少々、退屈な行程となってしまいました。
精米所
一つだけ気になったのは、“独自な宗教”の話の時。
「ここメコンデルタには、仏教やキリスト教でない独自の宗教を信仰している人が多いのです。」とクアン。
「家の中に入ると、すぐ正面に祭られたものがあるでしょ。ほとんどの家にはすべて、庭にも小さな祠が設けられています。」
クアン
「この地方の人々は、土地や水や太陽やすべてのものを神と崇めていたのです。」
なんか聞いたことないですか、形は違えども“八百万の神”と。
おんなじ、米作文化として特定の個人や、見えない神を信仰するよりも、直接彼らに収穫をもたらす、土地や太陽や水などに感謝する心は、日本の“神道”とよく似ていませんか?
午前中で、ほぼ今日の予定は終了です。この後昼食を取って、ホーチミンへ帰るというのが予定です。
昼食に寄ったレストランでのこと。食事は言わずもがな、ちょっとした余興がここで・・・。
食後に出てきたのは、蛇。大蛇、アナコンダ・・・。3メートルぐらいはゆうにあったのにはないでしょうか。
映画でしか見たことのなかったあいつです。そして、お決まりのように、首に巻いて記念撮影。でも、実際に首に巻いていた人はごくわずかでしたが・・・。
レストランの余興?
今日始めて、バスに乗り込むと後は帰るだけ。これから4時間弱。帰りは、2度のフェリーの旅もおまけにつくそうです。
暑さと、満腹感でバスの中は夢の時間。『アーア、食べすぎでお腹が苦し!』
メコンの河を結ぶフェリー
寝ていた分、ホーチミンまで4時間もかかっているようには感じないのですが、ホーチミンについた頃には夕方の6時となっていました。
チャイナタウンであるチョロン地区に入ってきました。夕方の賑わいはホーチミンとは比べ物になりません。
『こっちのほうが断然すごい。』
経済から見れば、ベトナムで一番の地域だということです。ここの中央市場に来れば、ベトナム中のもので手に入らないものはありません。
私もその噂を聞いていたのですが、なかなかチョロンに来る機会がとれず、『明日来てみようかな!』とも、思ったりさせてしまうそんな所です。
“メディカル・マーケット”(薬の市場)を通れば、豹や鹿やなんだかわからないもの剥製まで展示しており、なんだかこの“はちゃめちゃ振り”に興味をそそられます。
それだけではありません、こんどは最近オープンしたマンションとデパートの複合ビルというのまであり、ここだけ見ると、ここがどこの国だかわらないほどほどです。このデパートはもちろん、ホーチミンの中心部にもないほど、洗練されていてきれい。(外見から判断しただけですが・・・。)
それにしても、こういう光景を見ていると、中国人のパワーにはいつも感心させられます。
東南アジアの経済は、実は主要な部分のほとんどは華僑(現在は華人)が握っていいるのです。ベトナム然り、フィリピン、インドネシア、カンボジア、タイ、マレーシア、シンガポール・・・。
たとえばマレーシアでは中国人の力が強くなりすぎないために、マレー第一主義としてすべての面でマレー人の当用を義務付けていますし、インドネシアの暴動時には裕福な中国人が次々と狙われたというニュースを見た方も少ないのではないでしょうか。
以上で2Daysメコンデルタツアーは終了です。
『これで20ドルじゃあ、まあまあかな?』
メコンデルタの運河
とうとう私に残された時間は、約24時間(丸一日)となってしまいました。それは明日の夜9時のバンコク経由、関空行きのタイ航空までの時間のことです。
『明日を有意義に過ごすには・・・?』
まず、腹ごしらえ。また、今度で4泊目となるTU LIEUホテルの4階の部屋にチェックイン。
初めに“生春巻き”を食べに行くことにしました。メコンデルタでライスペーパーの工場を見ていたら、急に食べたくなったからです。
『生春巻きは日本ではないんでしょうね?ベトナムレストランにでも行かないと!けっこう美味!』
(一本が15円ぐらい。これは屋台での値段ですがね。)
そして、“禁断の掟”破って、また懲りずに例の公園にやってきました。
今日は立派な目的があるんですよ。“お土産探し”という立派な目的が。
まずは、コーヒー。興味がてらに一軒のコーヒーさんに。これも、3年前にはなかった店です。
いろいろ説明を聞いて、その中でも私の好きなモカコーヒー、豆を挽いてコーヒーを煎れてもらう事にしました。
そうすると、“地球の歩き方”を持った日本人が2〜3組、あとから押しかけてきては、あーだこうだとやっているのです。
私は知りませんでしたが、本にも載っている(日本人には)有名な店だったようです。
それよりも何よりも、さっきまで私と英語で話していた店員が片言の日本語を話しているではありませんか。
「100グラムで2杯分。豆挽く?」なんてね。
じゃあ、一体私はどこの人だと思ったのでしょう?その後も、英語の会話だったので私を日本人とは見てくれなかったことは確かなようです。結局、チョコレートフレイバーという変わったコーヒー200gとコーヒーフィルターを1個買いました。
『さて、お腹すいた。』
春巻き2丁じゃあ、仕方ありません。近くのレストランで豚の角煮とライスを食べ、さあ再び夜の街へ・・・。
『アレッ、』
店を出た瞬間でした。『おかあちゃん!』
3年前に仲良くなった子供達のおかあちゃんが、自転車で走っていきます。当時よりは太りましたが確かに彼女です。
私は思わず手を上げてしまいました。その前に、彼女も私の存在に気が付いたようです。
先で、自転車を反転させてこちらに戻ってきました。そして、私の顔を確認して、私だとわかったようです。
彼女は英語が出来ません。そのまま笑顔を見せて、どこかに去っていきました。
『こんなこともあるんだな!』
そうすると、今度は自転車をもう一台引き連れて、帰ってきました。息子を連れてきたのです。
彼にとっての3年は大昔であり、あまり私を覚えてはいなかったようです。おかあちゃんが説明しても、あまり実感がないようです。そうこうしていると、今度は娘もやってきました。娘にとってもやはり3年間は大昔のことで、当時の記憶は薄そうでしたが、話を聞いているうちに彼女の顔が、“ハッ”という表情になり、少し照れくさそうな素振りに変わったのを私は見逃しませんでした。
これも偶然なのでしょう?先日の出会いに続いての偶然。でも、私の中での驚きは、今回のほうがはるかに大きなものでした。
それは、前回は私にとっては非常に前向きなことなのに対して、今回は変化なし。つまり、彼らと会ったこと自体は非常に嬉しかったのですが、やっていることに変化がなく、むしろ周りが発展している分、売りろ向きの行動にも見えたからです。
前にも言いましたが、3年前は観光客をターゲットにして、5,000ドンの絵葉書セットや2,000ドンのガムを2〜3倍の値段にして売って、生計の足しにしている子供達、そしてそれを影でコントロールする親が、この辺りには本当にいっぱいいました。
もちろん、その人が悪いとは一言ではいえないと思います。政治も、運も悪かったのかもしれません。
今はそれが、生活が少し豊になったからでしょうか、まともな仕事が出来たからでしょうか、結果としてそういう人をあまり見かけなくなりました。
しかし、決してゼロになったわけではなかったのです。そしてその中に、この家族がまだ入っているのかと思うと、少々残念でなりません。
ただ、おかあちゃんお容姿を見る限りでは、生活には困ってはないようです。息子もマウンテンバイクに乗っていましたしね。(残念ながら、カメラを持っていなかったので写真はありません。これは3年前のものです。)
その後も、道端にしゃがみ込んで、彼女と話をしました。当然、教育もあったもんじゃないので、たいしたことは喋れませんが・・・。
改めて、道に座ってホーチミンの街を眺めていると・・・。
同じ仲間と思うのか、花を売る少女、乳幼児を連れた母親、手足を欠いた人々が現れてきます。
『少々寂しいことですよね、こんな人がいるなんて!社会主義の国なんですよ。共存共栄が社会主義のモットーでしょうが・・・。』
実際問題、形式的な社会主義の時代はもうおわったのかもしれません。
さっ、ビールでも飲んでもう帰ることにしましょう。『明日は最後、どうしようかな?まっ、朝起きてから決めればいいか。』
最後に、チョットと思って寄った屋台でのこと。するめを肴にサイゴンビールを飲んでいると、屋台の傍らを消防車や救急車が通り、すぐ近くに停まりまじめました。それよりもすごかったのが、野次馬。娯楽が少ないので、興味本位の人々がすっ飛んできて、辺りは人、人、人。
おまけに、消防員が万が一を心配してその辺りは電気をおとしたので、その辺りだけ真っ暗。
結局、消火活動をした形跡もなく、怪我人がでたような形跡もなく、30分あまりで騒ぎがおさまりました。が、一体この騒ぎは何だったのでしょう。答えは今でもわかりません。
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