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Detour 05-3 Pusan
16th Aug.
『工事かな、いやもしかしたら・・・。雨?』
「バラ、バラ、バラ・・・・・・」
『まだ7時だし、こうなったら、雨がやむのを待とうか?』
≪2時間経過≫
再度シャワーを浴びて気をとり直そうとしますが、依然外は雨。
それも、しとしと雨ではなくて、ザアザア雨。
『昼からはきっと大丈夫だろう!?』
テレビを見ると、昨日からずっと、こっちの人に言わせれば、もう数日前からずっとこれ。これというのは、昨日8月15日に南北朝鮮の離散家族の相互訪問のニュースのことなのです。前回行われた歴史的南北朝鮮会談、そこで決まったのが今回の訪問なのです。北朝鮮から100名が韓国へ、韓国から100名が北朝鮮の離散家族のもとへそれぞれ訪問するというものです。50年間もの間、国のイデオロギーの犠牲となって家族が別々の国に分離させられてしまった、世界でも最も不幸な歴史の1つともいえるでしょう。
おかげで、昨日の『“光復節”には日本の植民地支配に反対するデモの1つや2つはあり、肩身の狭い思いをするなあ!』と思ったのですが、そんなことはニュースの片隅にもでてきさえしませんでした。
(のちに聞いた話では、ソウルでは機動隊がでるようなデモがあったそうですが詳細は不明です。)
なんだかんだ言っても、世界は動いているのです。これからも韓国はどんどん変わっていくことでしょう。
ただ1つだけ、“光復節”らしい光景が見られたのは・・・。実は、私の泊まったホテルのすぐ側の公園のことでした。
そこには、日帝時代(日本の植民地時代)に日本から独立を勝ちとるべく尽力したある人を記念して記念館が建てられていたのです。そして、そこには多くの人が、この炎天下にもかかわらず、喪服を着込み集まってきてきました。そして、厳かに記念式典は行われていました。
さて、どうにもこの雨やみそうにもありません。
『こうなったら、覚悟を決めて出かけるしかありません。』
まだ時間も早いし、昼までには雨もやむでしょう!いや、やんでください!そういうことで、私が向かった先はロッテリア。PCを持って、旅行記を書くために、適当な場所を探したのですが、結局店内が明るくて広々としているところは、普通の喫茶店には見つけることができませんでした。(韓国には数多くの喫茶店があり席は結ったりしていますが、どちらかというとムード優先で店内は暗い。)
昨日、あらかたの時間は決めておいたのですが、11時過ぎに再度電話で確認して朴さんと待ちあわせをしました。
最初は釜山駅、しかしその後、釜山鎮(プサンジン)という、釜山駅から地下鉄で2つとなりの駅に変更。私は理由も分からないまま、とりあえず言われたままにその指示に従いました。
『出口で、見つかるかな?』という不安もありましたが、それは考えすぎでしかありませんでした。
挨拶もそこそこに、我々が向かった先は“警察所”!
さすがに、外国の警察所に行くという最初の経験に多少の戸惑いを感じますが・・・。
チェさんのお兄さんがここに勤務になって、それで朴さんは帰国した今回、挨拶に訪れたのです。そう言えば、昨日も交番に行ったのですが、転勤になったと電話番号と住所を聞いたところでした。
私も二人にくっついて、警察所の地下にある食堂についていきました。そこには、面会用のスペースが設けられていました。しかし、そこに実際にいたのはオバチャン3人。そこで、ひたすら食事にむさぼりついています。
さっぱり、ハングルでの会話の分からない私は、むしろそっちの様子を眺めていたほうが面白く感じます。
面会も終わり、『さっ、どこ行こうか?』
無上にも、雨はザアザアぶり・・・!
海を夢見ていた、当初の予定はかなうべくもありません。
そこで、代案として出されたのが“ショッピング”。『この雨じゃ、屋根のある所でないと話にならないしな!』
これまた、言われるままについていくことに・・・。
地下鉄を乗り継ぎ、今回初めてのの2号線に乗り、更に数個の駅を過ぎ沙上という所まで行ったところで、今度はタクシー。そして着いた先は、黄色の装飾が目にまぶしい“E-Mart”というディスカウントストアーでした。(沙上とは朴さんが25年間住んだ地だそうです。)
アメリカ式のショッピングデパート。日本にも最近は郊外型スーパーがどんどんできていますが、それよりも規模が大きいようです。そして、何よりも魅力なのは値段の安や。値段だけは釜山一。その上、“他店に安い品物がありましたら、差額を2倍にしてお返しします!”そんな、セールスの横断幕が店内にはられているそうです。
私の目からも商品は、確かに安そうですがここで買って持って帰るほどの魅力はありません。でも、見ているだけで十分楽しいスーパーです。
『せっかくだし、後でキムチなんか買うんだったら、安いここで買ったほうがましかな?』
そう思い、そう思ったら最後、キムチはもちろん、ラーメン、スープ、唐辛子、お菓子、最後には乾パンまで買ってしまう始末。結局、ホテルの料金よりの高額な買い物となってしまいました。
朴さんは、この辺りに住んでいる人はラッキーだと言っていましたが、韓国では小さな商店は市場は発達しているのですが、スーパーとなるとほとんど見かけることができず、これももっともな感想なのかもしれません。
とりあえず、買うものを買って、同じ店内に設けられた食堂で、食事を済まし、『さあ、どうしよう?』
頼みの、天候は・・・。いっこうにやむけはいなし!
「温泉にでも行きましょうか?」
釜山でも温泉で非常に有名なところがあるそうですし、雨も降るので当然の選択のようにも思われました。しかし、温泉に入ってさっぱりした後で、また雨に濡れて帰るのもなんだと思い、無理かもしれないけど・・・ときりだしました。
「広安里って、雨だと見るとこない?」
私としても、なんとなくこのネーミングが気に入っており、雨でも何かあるだろうと期待させるものがあったのです。
朴さんも、「それじゃ!」と私の無理を聞いてくれました。
斜めから降りしきる雨の中を、まずはバス停へ。そして、普段は30分ほどの距離なのですが、この雨の中1時間以上もかかり広安里に着きました。着いたといっても、私には唯の普通の韓国の街並みがあるだけにしか見えません。でも、一本海沿いに通りを移せば、そこには別世界。
ビーチが緩やかなカーブとなって、そのビーチをとり囲むように、お洒落なカフェやレストランやアミューズメントホールが建っています。更に前方の方には、数々の刺身屋さんや、はたまた刺身屋ばかりが同居するビルまであるという・・・。
(お好み焼きビルというのは聞いたことありましたが、こんなのもあるんですね。)
我々を歓迎してくれたのか、雨も心なしか小降りとなってきたようです。
海岸通りをお店に沿って歩き、そして海岸へ、遂には足だけですが韓国の海に浸かることができました。これで、私の気分も幾分か満たされたような気がします。
ただ残念なのは、この広安里。このすぐ正面に橋が建設されているということです。多分1〜2年後にはこの光景は決して見られないでしょう。美しい広安里のビーチをまるで塞いでしまうかのように・・・。
もちろん、それだけだったらまだいいのですが、間接的にも自然の破壊は進んでいるようで、昔見られたカニの姿も、この時は見られず朴さんも非常に残念がっていました。
広げた扇のような広安里の海岸を、端から端まで歩いてしまうと、そこには洒落た西欧風のレストランが広がります。晴れていればオープンテラスにもなり、人でごったがえしていたのでしょうが、あいにく今日は朝からの雨。逆に、落ち着いた大人の雰囲気がします。コーヒーを注文し、静かに窓から外を見ていると、ここがどこなのか、自分が誰なのか分からなくなってしまうぐらい落ち着けるのです。
そして、今こうして朴さんと、広安里のこと、釜山のこと、韓国のことをいろいろ話していると、本当に人間の出会いというのは不思議で、“偶然の産物”以外の何物でもない気がします。それに応えてくれた、朴さんにも心から感謝します。
広安里から帰りはタクシーを使いました。雨はまだしきりに降っています。しかも、強くなったり弱くなったりで、どうやらまた雲ゆきが怪しくなってきました。そして、私の泊まっているホテルの近くに戻ったときには、また斜めから降るような豪雨に変わっていました。
『なんて、ツキのない日なんだろうか!』
広安里に行く前に、コインロッカーに預けておいた荷物を取りに地下鉄の駅まで戻り、さらに私は、博多で買ったお土産を朴さん渡すために、いったんホテルに戻り、再度、地下鉄の駅に帰ってきました。
いろいろお世話になりましたが、朴さんとはここでお別れです。明日は予定があって来れないといっていましたが、そこまで期待するはこちらのお門違いです。
『また月曜日に!』
別の日に別の国で!変な別れ方ですよね。
時計を見ると、まだ7時半。少しお腹も空いてきたような気がします。
『今日は何を食べようか?』
ほんのつい先程までは、いろいろ薦めてくれた人がいたのですが、それがいなくなると急に寂しく感じます。いつもは、これが普通なのにですよ・・・。
一度ホテルに戻り、荷物を置き、傘だけを手に夜の繁華街へフラフラとまた出て行く私。
『今日は1日中雨で、これだけついていなかったんだ。最後ぐらいせめて何かいいものにありつけるはず…。』
何の根拠もないことですが、私は何か自分に利不利益なことがあると、そう思うことにしているのです。
ソウルにしろ釜山にしろ、韓国の繁華街には、どうしてこんなにパワーがあるんだろう。
「若者が多いせい?」
それもそうでしょうが、オバチャンやオッチャンはそれ以上に元気ですよ。韓国が好きという人の、ほとんどが口にする言葉は“活力”とか“元気”があるということなのです。私も含めその様な人々は、日本では、“癒し”という言葉がブームになるように、日本全体の“活力”や“元気”のなさを感じとり、ここ韓国に“活力”や“元気”の源を求めてやって来ているのでしょう。
店や屋台を眺めれば、あれもこれもが美味しそうに見えてきます。いつも感じることなのですが、旅行中は胃が3つも4つも欲しいと思うとです。前に一度どこかで書いたかも知れませんが、改めて“寝だめ、食いだめ”ができれば人間怖いものはないのに・・・・。
そんな訳で、頭を絞りに絞った、練りに練った今日の夕食は“コムタン”に決定です。文章で味を伝えることは難しいので、あえてその味は書きませんが、機会があれば現地の“コムタン”を味わってください。(もちろん全ての食事にもいえますが・・・。)ちなにみ、値段は350〜400円程度です。
『さっ、明日こそは晴れますように!でも、また雨だったらどうしよう?』
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