Detour 06-1in Malaysia
Osaka〜Kuala Lumpur(7th)


基本情報
●正式国名:マレーシア
●首都  :クアラ・クンプル
●面積  :1,001,450平方キロメートル
●人口  :6千296万人
●言語  :マレー語が公用語。英語、中国語、タミル語
●宗教  :イスラム教、キリスト教、ヒンズー教、仏教、儒教。
●時差  :日本より1時間遅れ(日本が正午のとき、マレーシアは午前11時)


 いつのように、仕事を終えると、いつものように電車に乗って出かけるはずでした・・・。
ただ昨日は、いつもと一つだけ違っていたのです・・・。
それは昼間島根県沖を襲った地震の影響で、電車のスケジュールが大幅にくるっていたことです。
それにしても、地震が起こったのは昼間のことで、今はもう夜の10時過ぎなんですからね。
「もう、正常運転が行われているだろう。」
そんな私の期待は、駅に行ってみるとすぐに無駄なものだと分かりました。
たまたま、駅に知り会いの人がいたので、すぐに彼に尋ねてみると、
「しばらく列車は来てない。」
「もし来ても、特急ばかり。」
どうやら、回復のめどはまだたっていないようです。
『じゃあ、どうしようか?』
 急に問題発生です。しかも、大問題が・・・。

そうなると、考えられる選択肢は3つ。
 まず1つは、明日の早朝5時台の電車で関空に向かう。
この場合、特急・新幹線をフルに使うので料金は普段の倍かかります。
それも明日までに、電車のダイヤが完全復旧しているという条件でのことです。おまけに、寝過ごすリスクあり。
 2つめの選択は、会社に戻って、坂出から通勤している2人の友達の帰りの車に同乗させてもらうというもの。
坂出までいければ、坂出からは高松行きの電車がないはずはありません。
ただ、この2人がもう家に帰っていないかどうかが心配です。
 そして、3つめの選択は、家に戻り寝ている父親を起こして連れていってもらうというもの。
これは、正直、私の精神的リスクが大きい選択ですね。
行き帰りだと、2時間はかかりますし、また翌朝仕事に高松に行かなければならないですからね。やっぱり父に悪い・・・。
「さて、どうしようか?」
 もうこれ以上駅で待ってもだめだと思い、会社に戻ることにしました。第2番目のの選択肢の可能性を探るべく。

 そうすると、いましたいました坂出の彼が!
そして、話は順調に進んで、高松東港まで送ってくれることになりました。
そうすると、どうでしょう。
まるで彼の背後から御光がさしているようで、彼がいつもより輝いて見えます。


 とにかく、今回は波乱で始まった旅の出だしでした。
でも、その後はすんなりと順調。
食事をとり過ぎた以外は何も普段と変わったことはありません。
いつものように、早朝4時過ぎにフェリーが三宮(神戸)に着くと、シティーバンク銀行でお金を引きおろし、吉野屋の“朝定食”を食べ、始発の電車を待っていました。
でも、同じ方法ばかり、それじゃ面白くない・・・。それに、まだまだ時間もあるし・・・。
ということで、今回はポートアイランドから船で関空にアクセスすることにしました。
「海から見る関空が見てみたかったし、いい機会です。」
金額にすると、600円以上も高くなりますが、これも“社会勉強”です。
三宮にあるバス停には乗り継ぎ出来るバスと、チケットを売っているおじさんがいました。
「海には渋滞がないからね、一番早く行けるんだ。」
確かにそのとおりででしょう。でも、料金が高い分は安心料だと思えばいいかもしれません。
時間のある私は、『2倍でも、3倍でも時間かかっていいのに・・・。』と、でも複雑な心境。
それでも、今回は船に乗りたかったので、KCATという高速艇にのることにしました。
ただ、時間だけはあるので、自分でポートライナーに乗り、そこから歩いて高速艇乗り場に行き、KCATに乗るという計画を立てました。
そして、実際にそうしてみたところ・・・。
確かに、時間はかかりました。そして、・・・こともあろうか、料金も高くついてしまったのです。
さんざん歩いた挙げ句、料金も高い!
『これも勉強でしょうか・・・?』

 関空に着くと、これまたいつものように両替を済ませ、ローソンで昼食を仕入れ、紀伊国屋書店で何か役に立つ本を探していると、次第にフライトの2時間半前。つまり、午前の9時半はすぐにやってきました。
特別することも見当たらないので、すぐにカウンターにて搭乗手続きを済ませ、出国していきました。
ここが出国の手続きのところが一番混むし、早く澄ませたかったという理由もありますが・・・。


 時間通りにマレーシア航空53便は関空を飛び立ちました。
機体はエアバスA303という中型機でした。特に問題はないのですが、エアバスというと名古屋の事故が思い出されます。毎日、数100便が世界のどこかで飛んでいて安全なのにですよ。

 飛行機自体は思いのほか快適でした。
何が一番だったって、当初機内ではお酒が飲めないと思っていたんです。イスラムの国の飛行機ですし、少なくとも以前乗ったパキスタン航空は禁酒でしたから。(お酒のサービスはありませんでした。)
それが、あったんです。ただ酒、ただ飯、ただ映画、これ以上何を望むでしょう。
(実際はチケット代金に含まれているのですが・・・。)
機内食を終えると、もうまぶたが重く眠たくてしょうがありません。
『3時間寝ただけでは、さすがに睡眠時間が足りない。』

しばらくして、目が覚めると、飛行機は降下体制にはいっていました。
でもそこは、クアラルンプールではなくペナンへの着陸のためのものでした。
そこでは1時間、乗り継ぎの時間が取られ、今度こそはクアラルンプールに到着の予定です。

 そして、到着したところはKLIAというところでした。
KLIAとは、クアラルンプール国際空港のことです。そしてこの空港が出来たのが3年前ということだけあって、非常に近代的な空港です。初めて見ると関空と同じようにも見えます。ガラスと鉄筋による建築はもしかしたら同じ設計者の作品かもしれません。


 ことのほか簡単に入国審査を終え、いよいよマレーシア入国です。
思えば、11年前になるでしょうか。
一度マレーシアには来ているのですが、クアラルンプールはバスの乗り換えで、ほんの少し滞在しただけで、実質的にはこれが初めてみたいなものです。
とりあえず、8000円分だけ両替をし、時間も時間ですし、次は市内へと向かうバスを探しに行きました。
(1マレーシアドル=35円 以降はMドルと示します。また、マレーシアドルのことをリンギッドと呼ぶこともあります。)
でも、その乗り場がどこだか分かりません。まして、ツーリストインフォメーションにしても市内の地図さえももっておらず、何だか『近代的なのは形だけか?』と言いたくなります。
しかし、それは私の思い過ごしでした。
周りの人にバスの乗り方を聞き、少々高めではありますがエアポートリムジン(25Mドル)に乗り込んでからは、快適そのもの。高速道路もきちんと整備されているし、やっぱりここは大都会です。市街地に入ってもそれは同じです。
逆に、ますますきれいになっているぐらいです。
イスラムの国に行っていつも感心するのは、街並みのきれいさですね。ごみもあまり見かけません。
更に進むと、今度はそれとは逆に歪雑さが混在するチャイナタウンが見えてきました。
はっきりとここがチャイナタウンだとは知らないのですが、漢字の看板が増えてきているので多分そうでしょう。
ホテルの予約もしていない私は、ひとまずチャイナタウンでバスから降ろしてもらうことにしました。
これは、『きっとそこに行けば、宿から食事まで保証されている。』という、これまでの経験からとった行動でした。
まんせ、まだクアラルンプールの右も左も分からないのですから・・・。
でも、そんなことよりは今日の寝場所さえあれば・・・。
だって、もう夜の9時を過ぎていますしね!
 まったくの当てずっぽうで、チャイナタウンをぐるぐる歩き、そのうち人の多さと空腹さに負けて、一件の飯店に入り、タンメンとビールを注文しました。
『やっぱりうまい!』
でも、ビールを飲むと、もうホテルを探すのが面倒になり、すぐ近くにあるゲストハウスに入っていきました。
値段を聞いてみると、「20Mドル」
もう少し安いところはあるでしょうが、この時間からあんまり無理はしたくありません。
『出来れば、早く寝たい!』と考えていたぐらいですから。
そして、窓から外を見ると6階から見る市内の景色も悪いものではないじゃありませんか。
それで、結局そこに泊まることにしました。
  「20Mドル」のホテルです。
 安宿には、ラッキー・アンラッキーいろんなことがありますが、今回のホテルは・・・。
シャワーは見事に出ず、しかたなく杓ですくって水を浴びるという古典的なお風呂を久しぶりに楽しみました。
特別いいところは、場所と眺めぐらいしかなかったかな!
とにかく、移動続きで疲れました。お休みなさい。