Detour 06-2 in Malaysia
Kuala Lumpur〜Cairo(8th)

 いつものように、時計のアラームが6時に甲高い電子音を鳴らして私は目を覚ましました。
でも、今日はもう少し寝たい。
今から、外出してしまうと今日は恐ろしく歩く羽目になりそうだったからです。
『もう少し寝よう。』そう思うと、再び眠ってしまうまでそんなに時間はかかりませんでした。

そして、再び目を覚ましたのは8時を過ぎた頃でした。
カーテンを開いてみると、そんなに外が明るくないように感じます。 クアラルンプールの街並み
『とりあえず今日は・・・。』
まず、クアラルンプール中央駅に行って、街の全体像を確かめた上でどこに行こうか決めることにしましょう。駅だけなら手持ちの地図でも十分に分かります。
後何かと役に立つのは、“コンパス”ですかね。地図があっても、北と南、東と西を間違ってたんじゃどこにもつけませんからね。
広げた荷物と、昨日の晩洗濯した服をリュックに詰め込み、さあ出発です。


 駅を目指して南へ南へ。
でも、途中で“MIE GOREN”の文字を見つけて、足が止りました。
ほんとうは、『チャイナタウンにいるんだし朝食は中華粥でも食べようか?』と考えていました。
しかし、MIEとかNASIとか書かれると、昔インドネシアで覚えた言葉の記憶がよみがえってきて、ついつい立ち寄ってしまいました。
(マレー語とインドネシア語は兄弟の言語なので少しの違いはありますがかなり似ています。)
ただ、いつも残念なのは料理の名前が分からないので、メニューにいっぱい料理名が書かれていても注文できないことでしょう。いっぱい食べることも出来ませんしね。
駅は、チャイナタウンから歩いても5分ぐらいしか離れていないところにありました。
ちょっと、チャイナタウンから来てみると、“寂しい”としかいえません。
たいてのアジアの都市は、駅を中心として街が発達しています。
「日本もそうでしょう?」
でも、ここは例外中の例外。駅と街とはまったくの別物なのです。
とにかく、建物の中に入ってみることにしました。
一応の設備は整っていますし、その施設自体もかなり立派なように感じます。でも、人が少ない・・・。
どうやら、マレーシアではバスが発達した分、鉄道はそんなに発達できなかったのでしょう。
ここにもありましたが、バスでクアラルンプールからシンガポールまで28Mドル(980円程度)なんですから。
まず、ツーリストインフォメーションに行き、クアラルンプールの地図をもらい、ついでに空港までの行き方も聞きました。
鉄道とバスを乗り継ぐ方法もあると聞いて、早速今晩試してみることにしましょう。


『もう少し、今日の計画を考えてみようかな・・・?』と思っていた時、『あれ!』
市内観光のバス、日本流に言えば“ハトバス”のようなもの。
『これで、街をさっと回るのも悪くないかな!』と考えてしまったのです。
そこにあったのは、Rout10、Rout11、Rout12。どれも市内外をを回るバスです。
でもハトバスと違っていたのは、ガイド無し、観光のための停車無しというものです。
乗ってから、降りるまで1Mドル。バスを降りずに市内を回っていれば、たった1Mドルで市内を回れてしまうのです。驚きでしょ。
まだ朝早かったので、誰も同乗車はおらずバス1台貸しきり。1時間20分の個人ツアーの出来上がり。
さすがに、こっちの方が恐縮してしまいましたが、バスを降りる時に運転主が言ってくれた、“Thank you!”の一言で気が楽にになりました。そして、マレーシアの人がもっと好きになりそうです。

 再び駅に戻り、さあ一服。少しずつですが、南国の様相を呈してきました。
朝暗かったのは、時差の関係で時間の感覚が少しだけ日本よりずれているだけなのです。決して、暑くならないはずはありません。だって、昨日の晩だって30度を超えていたのですから。日本だったら熱帯夜ですよ。
とにかく今後の作戦を立てるために、レストランで早い昼食をとることにしました。初めてのマレー料理です。マレー料理の最大の売りは、料理を見て選べること。大皿に料理がのせられてあって、好きなのを指さすだけで注文が出来ます。いたって簡単。味は全体的に少し辛目かな?
『さてさてさて、どこにしようか?』
とりあえずは、“スルタン・アドブール・サマッド”というところに行ってみましょう。何でも、アラビアンナイトに出てきそうな建物がいっぱいあると聞きます。そして、クアラルンプールで1番の観光スポットでもありますから。
当座の考えがまとまると、私はすぐに動き始めました。
そうして、先に進んでいこうとすると、・・・。人だかり!  国立モスク
その前に、国立モスクもあったのです。そうして、今日が日曜日だからでしょうか?(イスラムの休息日は金曜日)
そこには、イスラムの信者らしき人ではなく、一見中国人らしき観光客があふれていたのです。
『せっかくだし、中には入れるんだったら入っておこうか!』と、久しぶりのモスクに嬉しくなりました。
確かに、国立モスクというだけあって、建物は立派なのですが・・・あまりにも近代的で威厳がなさ過ぎると感じたのは私だけでしょうか。
  アドブール・サマッド
それに比べると、それとも“やっぱり”というべきなのでしょうか、“スルタン・アドブール・サマッド”の建物群はすごかった。それが現在も、連邦事務所や高等裁判所として使われていると聞きますから更に、すごいと思わざるを得ません。
ちなみに、建物は1897年イギリス統治時代のものです。コロニアル(植民地)な感じと、イスラム建築の様式とが、この熱帯のマレーシアで妙にマッチしているように思えます。


 そして、この建物群の前方には一面に広がった芝生か広がっています。そして、このコントラストがまた、南国の太陽の下でまぶしく輝いています。人も、大勢ここに出かけてきているようです。
道の反対側には、国立博物館もあったのですが、これは帰りに時間があったら来ることにしましょう。
更に進んでいくと、旧市庁舎の建物もあったのですが、こちらはどうやら人気薄のようでした。


  マスジット・ジャメック

そして、そこでいったん道を織り返すような形で右に曲がると、そこには“マスジット・ジャメック”という古いモスクがあります。現在は鉄道の駅の名前にもなっているほどの有名なモスクなのですが、その規模の小ささに驚いてしまいます。でも、クアラルンプールでは一番古い方のモスクということになるそうです。
敷地の中に入ってみると、人も少なく外の喧騒さと比べて、ここだけは時間がゆっくり流れているようです。
お祈りのためにでしょう、たまに信者が来ているようですが、中には寝始める人もいて、『これこそ東南アジアの、おおらかなイスラム教だな!』と思ってしまいます。
だって、他のイスラムの国では考えられませんよ!
そして、私もそれに便乗して寝てしまいまいました。モスクで昼寝です。(バチが当たらなければいいのだが・・・。)
目が覚めてからは、そこから更に北に行った所にある“アブドゥール・ラーマン地帯”なるところまで足を広げることにしました。昔は、比較的高級な商品を扱う商店があったようなのですが、現在はインド人街として有名だと聞きます。確かに、そこに行ってみると、インド人に会うの割合が大きくなったように感じます。しかも、私の勘が正しければ、彼らは多くがドラビダ系やタミール系のインド南部人々が多いようです。
「なんで分かるって?」
「その界隈に書かれてある文字がタミール文字だからです。人の色の黒さだって、こりゃ南部と思わせる黒さです。」
さてさて、そんなことはどうでもかまいません。ただ、インドの音楽が流れ、インド料理独特のスパイスの匂いがしてきました。
ただ、それだけでいいのです。ただそれだけで、楽しくなってきます。
見るもの目に入るもののがすべて懐かしく思えてきます。
店頭販売ならぬ露天販売、しかも「見てください、この洗剤をつけるだけ、みるみるうちに鍋のゴゲがきれいに取れていきます!」こんなことをやっているんですから、楽しくないはずがありません。本当にうさんくさい洗剤なので、『おもわず買ってみたいな!』と思うぐらいです。
ここでは屋台も充実していますね。もちろん、インド料理から中華、マレー料理にいたるまで。


 私はぐるーっとその辺りを1周して、今度はセントラルマーケットを経由してチャイナタウンの方に戻ることにしました。特別することなく、暇だったので、ただブラブラするのであれば、チャイナタウンの方が時間潰しになると考えたからでした。
『散髪でもしようかな?』『中華料理で使える調味料でも探そうかな?』『インターネットカフェでも行こうかな?』『映画を見るというのもいいな!』
カイロ行きの飛行機の出発は夜の11時45分です。ということは、いくら早めに行くにしても、あと数字間あることになります。時間だけはいっぱいあるのですが・・・欲張り過ぎてまとまらない。
こういう時は、歩け歩け。何かしらすべきことにぶつかるはずだ。(そう願います。)
そうして最初に行ったのは“バーガーキング”。ハンバーガーというよりは、エアコンの効いたスペースがあることが大切だったのです。この原稿をまとめるために。
でも、後にも先にも初めてのことでしょう、ハンバガーショップでの停電。ハンバーガーの落とす油が焼けてでる炎だけが暗闇で揺れていました。
原稿を書き終えても、まだまだ時間があります。デパートを歩いていても、そもそも買う気持ちがないので退屈でしょうがありません。
とりあえず、ビールでも飲んでいい気分に浸ることにしましょう。
何かいい考えが浮かんでくるかもしれませんから。
暑さのせいもあるのでしょう。軽く大ビン一本を開け、ボーッと道を行きかう人々を見ていると、もうここがどこだか分からなくなってきそうです。
経済の大きさを示すGDPの数字だけを見るとまだまだ日本との格差が大きいのですが、ここは開発途上国というには発展し過ぎています。これは他の東南アジア諸国にも言えることですが・・・。
日本が、この10年間停滞している間に、これらの国々は大きな発達をしてきましたし、今もしています。
それは、市内に多くの建設途中のビルが見られることでも明白です。
中でも、ここマレーシアには世界で一番高いビルも建ちました。ご存じですか?
詳しいことは、週末にもう一度クアラルンプールに来ますから、その時実際にビルに上ってからお話しすることにしましょう。
さてさて、まだ時間はあります。『じゃあ、』という訳ではありませんが、インターネットカフェに行ってみることにしました。それは、エジプトの情報とメールを送ってみようと思ったからでした。
その店はメンバーシップ制をとっており、メンバーになれば少し安くPCを使えるようです。
料金は、非会員の場合、1分〜15分使用で2Mドル、15分〜30分使用で4Mドル、という具合になっていました。
『メールだけだったら、2〜3分で終わるさ!』そう思っていました。
しかし、・・・。
Outlook Expressでメールを送付しようとしたら、アカウントの設定が不十分で送信できない状態になってしまいました。(要するにアカウントの設定をちゃんと覚えてなかったんですよ。)
『困った、困った!どうしよう?』
てっきり、ここのメールアカウントを借りてメールを送信できるものと思いきや、実はそうではなかったのです。
困った私は、とにかく店員に事情を話をして、問題の解決にあたりました。
「Yahooメールのアカウント持ってないの?」
そういえば、昔作ったアカウントがありました。
さっそく、Yahooに接続し、そして日本語サイトのYahooメールに移動して見ました。
当然のことですが、日本語が表記されていました。
そして、自分のIDとパスワードを入れてみたのですが、パスワードは跳ねつけられてしまい・・・。
多分何度か、パスワードを変更したので、私の記憶が混乱しているのでしょう。
『そうだ、もう1つあったぞ!』
今度は、会社のホームページ用に私が申請していたYahooメールのアカウントがもう1つあったのを思い出したのです。
今度こそはログインに成功!
メールも無事送れたことと思います。(帰ってみてからでないと本当に送れたかどうかは確認できませんが・・・。)
ただ、ソフトが日本語を受け付けない、英語版のWindows98なので、もし受け取られた方は驚かれたことかと思います。
そのお陰で、時間は20分以上かかり、支払いは4Mドル。安そうで、あんまり安くはないですね。
ベトナムでは、PCの台数もソフト(日本語のソフト)の質も充実していましたから、それに比べるとかなりお粗末です。もちろん値段は、数段ベトナムが安い。
間っ、そんなことに文句を言っても始まりません。すべきことはやってしまいました。少し早い時間ではありますが、空港に向かうことにしましょう。
久しぶりにマレー鉄道に乗るし、バスへの乗り替えもあるので安全第一です。もし時間があまるようならば、その辺の屋台で時間をつぶしたっていいのですから。
結局、何事もなく空港に着きました。料金は7Mドル。ですから、行きの3分の1以下。ただし時間は2時間以上かかったのではないでしょうか。
いいのは、自分の目的の応じて、交通機関を選べるってことですかね。

改めてみる空港は“でかい”の一言です。
関空の2倍はゆうにありますね。しかも、空港内にはレストラン街があるのですが、これが適当な値段なんですね。日本だったら、1000円以下で食べられるものってないじゃないですか?そんなことがないのが、こう空港のいいところですね。
免税店街だってすごいんですよ。ブティックが専門店として並んでいるんですから。まっ、そんなことはいいか!
とにかく、これから第三国に出かけていきます。これまであった日本語放送もありません。
マレー語と英語だけです。これはこの時知ったのですが、カイロ行きはカイロ行きなんですが、ベイルート(レバノン)経由なのです。決して、レバノンで降りるわけではありませんが、何だかわくわくします。
さあさあ、どうなることやら?いよいよエジプト突入です。