Detour 06-3 in Egypt
Cairo〜Aswan(9th)

基本情報
●正式国名:エジプト・アラブ共和国
●首都  :カイロ
●面積  :1,001,450平方キロメートル
●人口  :6千296万人

●言語  :アラビア語が公用語。英語もホテルやレストランなどでは通じる。
●宗教  :イスラム教スンナ派90%、コプト・キリスト教7%、他
●時差  :日本より11時間遅れ(日本が正午のとき、エジプトは午前1時)


 何度見たって、5日しかないものは5日しかないんです。
飛行機の中で、エジプトでの計画を立てていたのですが。『どうして5日だときつい。かといってアブ・シンベル神殿をはずすとなるとな・・・。』
そればかりが気掛かりです。
今日の飛行機Boeing747-400pは、ビデオ付き(映画も自分の好きなものを選んで見れます。)、ゲーム付き(ニンテンドーのゲーム付き。)の最新機なのに気が気でなりません。
『ほんとにどうしよう?』
『とりあえず、今日着いたら、その足でルクソールに向かおう。ガイドブックを見ると14:00のバスがあるはずだ。それに乗ろう。それなら、リコンフォーム(飛行機の予約再確認)をする時間もありそうだし、うまくいきそうだ。』
そう考えがまとまると、機長からカイロへの着陸の最終コールが放送されました。
“Now, we are landing shortly, local time is 30past 5 A.M., please make your seat・・・ ”
窓の外を眺めると、一番に、3個のピラミッドガ視界に入ってきました。
『もしかしたら、ギザの3大ピラミッド?』
もしかしたらそうかもしれませんし、そうでないかもしれませんが、そんなことよりも今までに見たことのない風景に驚きます。街一面が砂、砂、砂、そしてレンガを使った建物群。見るものが新鮮ですが、アジアの肥沃な大地から見比べると、ここが厳しい自然条件の土地であるということ認めざるを得ません。
さっ、いよいよ到着です。


 まだ朝5時半を過ぎたところだからでしょうか、空港施設内にも人がまばらです。まして、今到着したり、出発を控えたりしている旅客はいないように見えます。
空港設備は、決して新しくも大きくもはありませんが手頃な規模です。
実は、カイロには第1ターミナルと、第2ターミナルの二つがあって、私は第2ターミナルに着いたのでした。ですから、第1ターミナルのことは分かりません。もしかしたらこっちの方が凄いかもしれませんが・・・。
空港に着いて、まず目指すは銀行。両替はもちろんなのですが、ここでエジプトのビザを申請しなければなりません。
あらかじめ聞いてはいたのですが、でもこれは、“申請”というよりは“買う”という方がぴったりかもしれません。
10ドルと5ドルの印紙を銀行で買ったら、ぺろっと舐めてパスポートに貼るだけ。これでビザので来上がり。いやはや、何とも簡単で威厳の無いビザにビックリ。まさに、“国のお金儲け”の魂胆が丸見え!
100米ドルを渡して、“Visa, Please!”と言うと、ビザ代15ドルを引いた額、85ドルを両替してくれました。交換レートは1ドル=3.65エジプトポンド。ですから、日本円の感覚で言うと、だいたい1エジプトポンド=35円になりますね。
偶然なのでしょうが、マレーシアドルとほとんど価値的に同じぐらいなので、私としては分かりやすく感じました。

 さて、荷物が一つしかない私はさっさと入国審査を終え、到着ロビーに出てきました。やっぱり、いますいます、客引きが・・・。そして、珍しいことにこの空港では、旅行者の人は入国審査をする建物内に入ることまで許されているのだからますます、奇妙なところです。
そんな客引きの言葉には耳をも止めず、私はバス停を探し始めました。すぐに見つかりましたがね。
圧巻なのは、来たバスの行き先から番号表示までがアラビア表記だけで、まったく意味不明なのと、それに、またぶら下がってまで乗ろうとするエジプト人の姿なのです。
『これに負けてちゃ何にも出来ない。』と、私も運転手に直接、ミダーン・タハリール(タハリール広場というカイロの中心部)までこのバス行くかどうを聞きにいき、なんとか空港か出発することが出来ました。料金はエアコンバスで2ポンド。やはり、聞いた通り交通費は恐ろしく安そうですね、このエジプトという国は!
(当然のことですが、エアコン付きとエアコン無しのバスでは料金が異なります。)
もう一つ聞いたこと、それは“交通渋滞”です。空いていれば、30〜40分の距離なのですが、今日は朝の時間帯と重なって、途中からバスは停車した状態が続きます。
そうして、2時間弱してやっと、街の中心部ミダーン・タハリールに到着しました。


 言っちゃなんですが、それにしても、“汚い”“ごみごみとした”街というのが私の第1印象です。もしかしたら、今まで行った国の中でも1、2番を争うかもしれませんね。本当に、ここはイスラムの国なんですよね?
ただ、カイロだけで人口が1000万人、あるいは1200万人ともいわれてますから、街が汚れるのも当然といえば当然なのでしょうね。(驚くなかれ東京とほぼ同じ数の人が住んでいるのですから。)
今現在8時前、当然マレーシア航空のオフィスは開いているわけないのですが、ちょうど目の前のカイロヒルトンホテルの中にあったんで、開店の時間だけ聞いてみました。
実は次は、ショックな出来事が・・・。
『ルクソールやアスワンに向かうバスのオフィスがなくなっていたんです。まったく・・・。』
近くにいた人に聞いたら、「トルコなんとかというところにいった。」というではありませんか。
そのまま、タクシーに乗ってその場所を探すのもしゃくにさわるし、そういえばお腹も空いたので、少し街をブラブラすることにしました。
そうすると、いるはいるは客引きのタクシーの運転手達。
「ギザ、サッカル、メンカウラー、あと市内観光1日15ドルでどうだ。」
「バスでも列車でも予約はサービスだ。エジプト人の方が簡単に切符取れるんだから。」
一人から逃れると、また一人、また一人とやってきます。
決して、時間がない私にとって役に立たないということはありませんが、カイロに着いたばかりの私にとって、カイロの物価の感覚がない私にとって結論をすぐに出すのは適策ではありません。
もう少し、いろんな話を聞いてみてからでもいいかもしれないと思いました。
そして、すぐにその場を離れました。
そうすると、今度は裏路地でパンとサラダと豆の煮込みをだす、立ち食いの屋台があるのを見つけました。
いかにも、エジプトの朝食らしくて、ついつい足を止めてみました。
そうすると、「エジプト料理だいっしょに食べないか?」
そう誘ってくれますし、珍しそうだし、しかもお腹の空いている私が食べない理由はありません。
味はまあまあというところでしょうか。とびっきり美味しいというものではありませんが、現地の味覚に慣れるいい機会です。料金は1ポンドでした。そして、このサンドウィッチに今からも大いにお世話になりそうです。
 食事をしてからも、ブラブラとただ旅行会社があればいろんなことを聞いてみたかったので旅行会社を探しいていました。そのうち、ツリーストインフォメーション今いる近くにあるのが分かり、そこに行ってみることにしました。
やはりそこでも、「バスターミナルは移動になった。なんで、列車で行かないのか?」という答え。
てっきり、列車は満席だと思い込んでいた私は、とりあえず列車も当たってみることにしました。
『だめで元々。またそこから道が開けるかもしれませんし!』
結局、列車では昼間の便が無いと分かった私は、昼間はギザのピラミッドでも見て、その夜にアスワンに行く決心をしました。
料金は2nd classで42ポンド(1500円弱)、11時間の夜行列車の料金にしてはおそろしく安いでしょ。
『行き先は決まったものの、さて今からどうしよう?』
そう思いながら、また街へと戻っていきました。今度こそ、旅行会社に行って1日観光のツアーに参加しようと!


 街の中心部にあるこぢんまりとした、旅行会社の前でツアー案内の看板を見ていると、中に詳しいのがあるからと店内に通されました。
そして、その会社のボスであるアファマッドと話しをしているとあることに気が付きました。
それは、現在アスワンからアル・シンベル神殿に行く道がないということです。例のテロリスト事件以来、バスでの陸路移動は禁止されているのです。
『えっ!』
初めは、私に飛行機のチケットを買わせるため嘘をついているんじゃないかという気もしたのですが、残念ながらどうやら本当のようです。
ということは、・・・。予約の時間と出費がかさむ!
そこで、私のポリシーには反しますが、今回は割りきって個人のツアー計画を立ててもらうことにしました。内容はざっと、以下のようになります。

10月 9日 カイロ〜ギザ《ピラミッド観光》〜アスワン
10月10日 アスワン《アスワン観光》 Tiba Hotel宿泊(朝食付き)
10月11日 アスワン〜ルクソール《アル・シンベル神殿観光》往復航空券、ルクソールへの1st classの列車チケット、Golden Palace Hotel宿泊(朝食付き)
10月12日 ルクソール〜カイロ《ルクソール観光午前と午後の部2回分》カイロへの1st classの列車チケット
10月13日 カイロ《カイロ、サッカル、ダシュール観光》 Pension Sakura宿泊(朝食付き)
10月14日 ホテルから空港への送迎
* 観光にはすべて英語のガイド付き。
* ホテルから各遺跡への移動はすべて料金に含まれる。しかし各遺跡への入場料は含まない。
* 偽造国際学生カード作成。
(これあがあると、ほとんどの博物館や遺跡で入場料が半額程度になります。エジプトでは全ての博物館・遺跡に入るには入場料が必要で、普通の入場料が安いもので20ポンド《700円程度》〜40ポンド《1400円程度》。安いホテルが1泊20ポンドなので、この入場料金がどれだけ高いか分かりいただけますか。同時にこの“魔法のカード”の威力!)


 こんな内容のツアーを組んでくれました。料金はアブ・シンベル神殿(航空料金)があれば300ドル。アブ・シンベルなしで180ドル。飛行機一つでこんなにも違うんです・・・。
1時間ほど値段交渉をしてみたものの、結局値段は変わらず、300ドルでツアーを組むことになりました。この値段が高いや安かは、この旅が終わった時にまた考えたいと思います。

 そうして、料金の支払いを終え、さあ“観光”の開始です。ということで、今回の目的は完全な“観光”です。
まずは、“魔法のカード”であるステューデントカードを作るために手持ちの写真を従業員に渡すと、ほんの10分で出来上りです。
『こんなんで、通用するの・・・?』
“ものは試し”です!
 そうとなったら、時間がもったいない。とりあえずガイドを付けてもらいギザへピラミッドを見ることにしました。
時間にして30分弱、バイパスを車が走っているとビルの陰から、にょっきっと3兄弟が顔をのぞかせてきました。いわゆる、ギザの3大ピラミッド、つまりクフ王・カフラー王・メンカウラー王の3つのピラミッドのことです。
  クフ王のピラミッド

見た目でも、まだかなり距離はあるようですが、すでにここからでもその存在感がわかります。
『とにかくでかい!』
ピラミッドを形容するのに、最も単純な言葉かもしれませんが、これ以上の言葉のない、最も的確な言葉かもしれません。
車がピラミッドに近づくにつれて、ますます大きくなっているように感じます。
そして写真で見たのと同じピラミッドが目の前に現れてくると、何とも言えない複雑な気持ちになってきます。
凄いのは凄い、でも・・・。
あまりにも、ピラミッドが写真やテレビで紹介されしすぎており、それに伴う感動というものいは、自分でも予想も出来ないほど大きな物ではありませんでした。
極端な言い方をすれば、私にとって、ピラミッドは“目新しい存在”ではなかったのです。
それと、ピラミッドぎりぎりまでに広がったギザの街。ピラミッドの周りを囲むように走るアスファルトの道。
そして、観光客の多さ。
どれも、時代の流としてしかたないことなのでしょうが、私の興味を失わせるには十分でした・・・。
でも、いざそれを目の前にして、そして組み上げ石一つ一つを見ていると、やはりその凄さに感嘆してしまいます。
この際、穿った見方はやめにして、素直にピラミッドを楽しむことにしましょう。

さて、当初問題だと思っていた偽のステューデントカードなんですが、まったくの問題なし。
ギザのピラミット地区に入るには一般の人で20ポンド必要なのですが、学生はその半額10ポンドですみました。
なんとも、不思議なシステムですが、なんでもエジプトに来る若い観光客の大半はステューデント(偽ステューデント)だとか・・・?
でも、このカードを持つと持たないでは、もちろん行く遺跡の数にもよりますがトータルすると5000円から10000円以上も出費が違ってきますから、今回はお許しください。
私とガイドは、大きい方から順番に、クフ王、カフラー王、そしてメンフィス王と見て回りました。そして、これらのピラミッドの周りでは、忙しそうにラクダ引き達がカモを探してうろついています。
もちろんラクダに乗ると料金をとられるし、ラクダに乗るときとラクダを降りるときではしばしば料金が変わりますから、私は相手にしないことにしています。(ラクダって乗るとものすごく高いんです、ですから自分では降りれません。乗ったら最後、まさに人質状態!)
今現在は、ピラミッドの内部の見学はしていないのでしょうか、辺りを見てもそんな気配はありません。
『まっ、どっちでもいいし!』これが、この時の私の気持ちです。


『あれっ?』
ひと通り、ピラミッドを見てしまうと不思議なことに気が付きました。
『スフィンクスが無い!』
そんなはずはありません。ピラミッドに続く道にスフィンクスはあって・・・。
『あれっ?』
ガイドブックをめくってみても、スフィンクスはそこにあるはずなのです。無いのが異常なのです。
『きっと、さっき行った方向が違っていただけなんだ。今度は、逆の方から!』
私は渋るガイドを連れてまた出かけていきます。
(便宜上ガイドと書いていますが、彼はツアー会社の単なる社員。でも、こんなことも知らないなんて・・・私は不幸でした。)
しかし、更なる不幸が!
スフィンクスのあるだろう方向に歩いていると、馬に乗った人が来て、「ここからは立ち入りできない。」と言うではないですか。
彼らの言い分では、4時にスフィンクスはクローズだとか。
『閉まるもなにもって、スフィンクスは博物館の中にあるわけではないし、見るぐらいは見えるだろう。』
でも、クローズはクローズ。
彼らも、絶対ここを通す気はないようです。
納得は出来ませんが、『カイロに戻ってきたときに行けばいいか。』
まだ時間の余裕があった私は、安易に妥協してしまいました。あーあ!
ギザからカイロのStarco(旅行会社)の事務所に戻っり、アファマッドにそのことを言うと、「また、カイロに戻ってきたときに行けばいいじゃないか?ギザ、サッカル、ダシュートどこでも!」そいう言ってくれました。
これで、ひと安心だと思ったら急にお腹が空いてきました。
そして、アファマッドのお言葉にあまえて、夕食をごちそうになったのです。
「マクドナルドやケンタッキーだったら自分で行ってこい。エジプト料理なら紹介するから。」
そうして、買ってきてくれたのが、パスタだの米だのにトマトソースと香辛料で味付けされた料理“コシャリ”だったのです。2ポンドという安さ、そして量の多さという魅力はありますが、好きこのんで食べるほどの物でもないですね。私に言わせれば・・・。
さて、今日のアスワン行きの夜行列車の出発の時間は夜11時でしたが、まだしばらく時間があります。そこで、数日後にお世話になるホテルでシャワーを浴びれないかと聞いてみました。
そうすると、あっさりOK!
ホテルの名前は“Pension Sakura”。 いかにも、日本人が大勢いそうな名前のホテルなのですが、パンッフレットに《Windows95日本語OS機、インターネット接続可能》という一行が目に飛び込んできました。
これは使えそうです。とにかく、そこに行ってみてから考えることにしましょう。

 ホテルの場所もそのオフィスから歩いて5分程度しかかからない場所。しかし、4階(日本式には5階)の建物を階段(エレベーター故障中)で昇らなければならないのにはね、もー勘弁!
部屋には、従業員とアメリカ人の二人がテレビの前のソファーで座っていました。
また、しばらくすると、日本の人も次から次へと帰ってきました。そして、彼らと話していて分かったことは、彼らの多くがここに住み込んでアラビア語の勉強をしているということです。
まだ、3週間前後の人が多く、アラビア語は満足ではありませんでしたが、彼らの若さと何かに打ち込もうとする情熱には感銘を受けました。
何かを始めるってことは、何かを捨てなければならないってことですし、そうする勇気が必要ですからね。ましてカイロでって、あなたなら出来ますか?
とにかく、その日担当の従業員も日本語を勉強しているということで、日本人にとってはすごく快適なところです。しかも、やさしい。
お言葉に甘えて、私はその日ホテルに泊まらないのにもかかわらず、お茶をいただき、シャワーまで浴びさせいただき、ただただ恐縮するばかりです。
また、カイロに帰ってきてからの楽しみができました。
さあ、そろそろ時間です。オフィスに行って、駅まで車で送ってもらうことにしましょう。
昨日の夜中は飛行機の中、今日の夜中は電車の中になりますが、これもアブ・シンベル神殿のため。 がんばれ、がんばれ!
でも、『早く明日になってくれ。そしてホテルで横になって寝たい!』