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Detour 06-4 in Egypt
Aswan(10th)
3時半に一度目が覚め、もう一度眠ると今度は、6時過ぎまで熟睡できました。体が疲れていたせいもあるでしょうが、それ以上に列車が快適です。2等席ということで、昨晩もきつい移動になると思いきや、予想外にイスもエアコンも快適。
帰りの行程では1等席に乗れるのですが、それはそれでまた今後の楽しみとなってきます。
(エジプトの人って一般的に体の大きい人が多いからでしょうか、席の幅も足を置くスペースも広めです。) 2nd classの座席
そして、窓の景色も市内とは随分と変わってきました。
カイロ市内って、ナイルの川沿いの一部を除くと、あまり緑なるものは見られません。ただ、ビルが立ち並ぶ無味乾燥した大都会でしかありません。
しかし、今目の前に広がる風景は、とうもろこし畑だのといった緑の地帯が広がっています。これもすべてナイル川の恵みなのでしょう。ですから、ナイル川が見えなくなると、それにつられて緑の地帯も目の前から消えていきます。そして、ナイル川が現れると緑が現れるといった具合です。
水牛を連れた少年。鍬で畑を耕す若者。ロバの馬車を引く老人。泥で作られたモスク。レンガ作りの家々。ヤシの木。草を食む牛。
本当のエジプトの姿は、こっちなんでしょうね。
先程ルクソールを通過しました。アスワンまではまだ4時間以上あるでしょう。車窓の景色を楽しみながら、昨日の原稿と今日の原稿を仕上げています。
そうすると、このPCが珍しいのでしょう。隣の人が寄ってきて、これが話のきっかけとなりました。
「どこ行くの?」、「どこから来たの?」
そうそう、食べ物もいただきましたよ。やっぱりこれが、個人旅行のいいところではないでしょうか?
『その土地の人と知りあえることがね・・・。』
そして、最後の最後もお世話になりました。
それから、まだ時間があるだろうと思って寝ていたんですよ。そしたらね、アスワンに着く寸前まで目が覚めなかったみたいで、その人達が起こしてくれなかったら、先の終点であるアスワンハイダムまで寝ていたことでしょうね。(古いガイドブックだと、まだ到着まで2時間近くあったのに・・・。今度から信用し過ぎないように気をつけることにしましょう。)
アスワン駅に着いて、改札のところまで行くと約束通りにガイドの人達が迎えに来てくれていました。私にとっては、あまり無い経験なので、私を待ってくれるいること自体が不思議な気分です。
まず、ホテルとツアーの内容説明がありました。丁寧に丁寧に話をしてくれます。これも、契約社会の西欧人が持ち込んでくれたありがたいシステムです。これだけ確認されたら、お客としても安心できますからね。
これから、約2時間の時間が与えられました。ゆっくりするなり食事するなりして、1時半に午後の部のスタートです。
すばやく、私はバスルームに入っていくなり、洗濯を始めました。こんなにいい気会見逃したら、今度はいつ洗濯できるかどうか分かりませんからね。
もっとも、洗う必要があるほどの着替えもしてませんので、むしろ体の方の洗濯をしたかったのですがね。
そして、集合の時間には、まだ時間もあるし、そういえば今日はまだ何も食べていません。何か、適当なものを見つけるために、駅の方に歩いていきました。そうすると、『アレッ?』
さっき、列車で見かけた人がいて手招きしています。
「お茶でもどうぞ!」
でも、お腹が空いていて、しかも時間のない私はそれを断り、その代わりに、レストランのある場所を聞いて食事に出かけました。
初めてのエジプトでのレストランということになるのでしょうか?
サラダからスープからすべて付いて5ポンドはかなりお得な感じがします。そして、注文すべき最初のメーニューは、やはり“カバブ”(マトン)でしょ。
出てきた料理は、焼き物ではなく煮込み物と、少し予想していたものとは違いますが、それでも十二分に“美味しかった”。
実は、以前に行ったケニアで食べた料理が頭に残っており、少々料理に付いてはあきらめていたのですが、そんな必要がないということを、今日実感しました。
お腹も膨れたし、さあアスワンツアーへ出発です。
私と、スーダン人のサマーとその彼女のフランス人、そして別のホテルからピックアップしたもう一人のフランス人女性の合計4人を乗せ、ワゴン車は走り出しました。
目的地はフィラエ島。フィラエ島とは、イシス神殿を中心とする、聖なる島です。もちろん出来たのは古代エジプト王朝時代。そして、それからローマ帝国時代までここは建築されていたようです。ローマの時代には、キリスト教が迫害されたとき、隠れ家としてここが使われていたこともあるそうですから、ここの歴史は非常に長いのです。
ガイドさんも言っていましたが、エジプトの遺跡は落書きの遺跡であるってね。
“1814年ナポレオンボナパルト”っていうような落書きがいたるところにあります。
『でも、どうやってここまで来たんだろう。
これだけで驚いちゃいけません。』
エジプトの観光はローマ時代にすでに始まっていたといいますから・・・。
イシス神殿
船に乗って、フィエラ島に着くと、そこはすでに異次元の世界。島になっているだけに、いっそう気分が高揚します。
「あれが、アスワンダムです。」
「えっ!」
アスワンダム
この島は元々、ダム建築によって池の中に沈みかけたのです。そして、しばらくしてから、今現在の地点にそっくり移転させられたのです。今でも、地上1メートルのところで、水に浸っていて黒くなったところと、昔の色のままのところに分かれているのが分かります。
明日行くアブ・シンベル神殿も状況はまったく同じです。水に浸っていたものを1600以上もに解体して、再び高台に作り直したといいますから・・・。
とにかくここも凄いの何のって、詳しいことは専門書を見てください。私も英語のガイドの説明を聞いただけでは、自信がありません。何せ、時代や固有名詞をいわれてもよく分からないのが実状のなのですから。
でも、さすがに全世界的な観光地だけあって、いろんな人がいます。時間帯が違うのか、不思議なことに日本人は見当たりません。中でも、フランス人、ドイツ人、スペイン人の数の多さはやはり、地理的な理由もあるのでしょうか。
イシス神殿の壁画
トラヤヌス帝キオスク
夏場は夜になると、ここは“Sound and light show in Philie”としてライトアップと音楽の調べが定期的に行われるようです。これも、観光立国エジプトの成せる業、他の国も少しは見習って欲しいものですね。昼も夜も観光客を呼べますよ。
ここに来て思ったのですが、ここは一人じゃこれない!全部1人でチャターしてたらえらい出費になっていることでしょう。
今度向かった先は、(アスワン)ハイダム。なぜだかこちらの人はアスワンダムそして、ハイダムと呼んでいました。両方ともアスワンが付くときっと紛らわしいからでしょうか。 アスワンハイダム発電所
車で、10分もかからないところにハイダムはありました。うす茶色の大地に緑の湖。その対照的な色に、やはりこれが“人口”的なものだと思わざるを得ません。
しかし、世界的な遺跡を犠牲にして造ただけあって、その規模は半端じゃありません。
何と堰止められてできたナセル湖の大きさが、琵琶湖の7.5倍というから驚きです。
我々が普段想像するダムは単に、コンクリートの壁で水を堰止めているだけなのですが、このダムはピラミッドを手本にして作られています。横から見るこのダム形は、上底40m下底4kmのまさに巨大にピラミッドになっています。 体積は最大のクフ王のピラミッドの十数倍あると聞きます。
もう一つ驚きは、ナセル湖にワニがいることです。右下の陰がそれです、この写真で分かりますか。
アスワンハイダム
これで、1日分の予定は終了です。あとは、7時半のミーティングの時間まで自由時間です。
いったんホテルに帰りはしましたが、部屋には戻らず、再度出かけていきました。
『どこへって?』
『それは、イッシ・アッラー!』
私も分かりません、アッラーの神の気の向くままに!
それは冗談ですが、私が見たかったのは“夕焼けのナイル川”でした。先程車で、川沿いの道を走っていた時、その美しさに一瞬目を奪われてしまいました。
そこには、フルーカと呼ばれる小型のヨットが多数浮かび、まるでこれまた異次元にトリップしたみたいです。 ナイル川とフルーカ
まだ、夕焼けの時間には間がありましたが、ナイル川沿いの道をあても無く歩いてみたかったんです。そして、ブラブラと川辺の散策に行きました。
そうすると必ず、ヌベキ人というこの辺りにすんでいる人達に声をかけられます。
「フルーカに乗らないか?」ってね。
私も、フルーカに乗りたい気持ちありますが、何せ一人で借りるとやはり料金はばかになりません。さすがに、・・・今回は、眺めるだけで十分ということにしておきましょう?
とにかく、アスワンは思っていた以上に居心地の良い街です。ヌベキの人々も、とても人なつっこくて親しみがもてます。おまけに、やはりナイルの夕焼けは・・・。言葉で言うと、嘘っぽくなりますからあえてこれ以上は書きませんが、きれいでしたよ。
さて、ミーティングの時間までまだ1時間以上はありますが、スーク(市場)でも見学しながら帰ることにしましょう。一見しただけですが、なかなか見ごたえのあるスークのようです。もし、お金と荷物を気にしなけばのことですが・・・。
それと、私はいろんな商人と話をするのが好きなんです。それに、いろんな人に聞いて値切っていくと、本当の値段に近づけますからね。
そんなことを、やっていたらたちまち時間オーバー。しまいには、半分早足で急いで帰らなければならなくなりました。
そしてホテルに着いたのは、時間ぴったりの7時30分でした。
とりあえず、“セーフ”!
ガイドも時間通り来ており、私の方は順調に明日の予定を確認できました。
一方のサマー達は、そこには現れておらず、どうなったことやら?
『予定の確認も終わったことだし、・・・。少し、休もうか!』
そう思い部屋に戻って横になると、もう動き出す気力は亡くなっていました。だって、今思うと3時間以上もほとんど歩きっぱなしだったんですから。
それじゃ、せめて原稿を書いて、手紙を書いて・・・。シャワーを浴びて・・・。
そして、すべては夢の中へと消えていきました。
明日は、朝6時起床です。あっ、疲れた!
Tiba Hotel
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