Detour 06-6 in Egypt
Luxor(12rd)

 もういくらでも眠れそうです。それぐらい体が疲れています。
そういえば、少し風邪ぎみな感じもします。喉が少し痛みだしました。とにかく、あと2日のエジプトです、気力で乗り超えることにしましょう。アッラーの神様お願いします!

 さて、今日のスケジュールはなかなか凄いですよ。7時半にはルクソールのウエストバンク(ナイル川の東側)に行き帰ってくるのは午後2時半、昼3時半からはイーストバンク(ナイル川の西側)に行き帰ってくるのは夜7時半。そして、さらには夜11時の列車でカイロに向かわなければなりません。普通は2〜3日でするところを1日でやってしまうのですから大変は大変でしょう。

  ルクソールの街並み

 いつものように、6時半には目を覚まし、まずルクソールの街を見るためにベランダに出て行きました。そして、それからシャワーを浴び出かける準備をしました。部屋にはテレビ、そしてこのホテルには、ディスコもプールも付いているそうなのですが、何も使わず終わってしまいました。『あーあ、もったいない!』

  ゴールデンパレスホテル

 朝食は珍しくバイキングスタイル、いわゆるコンチネンタルスタイルという西欧式の朝食。たいした物はないけども、好きなだけ食べれるのが一番の魅力です。
食事を終えてしばらくすると、ガイドがやってきました。
どうやら、そろそろ出発のようです。


 ホテルの前にバンの車が1台とまっていました。そのバンが今日の朝の部の足となるみたいです。フランス人、アメリカ人、スペイン人やらに混じってのツアー、気楽ではありますが、英語の勉強を立て続けに聞いていなければならず、今日もまた頭が疲れてしまいようです。
 ルクソールという町は、ナイル川を東西にはさむようにしてあるのですが、昔からナイル川の西側(ウエストバンク)は“あの世”がある場所、つまり墓地として使われていた場所です。
先日行ったピラミッドもお墓はお墓なのですが、それよりも後の時代(エジプト中・新王朝時代)に次第にお墓の形式が変わっていき、お墓が地下に潜ったということです。
今でこそ、多くの観光客がここを訪れ、その様も変わってしまったのでしょう。
当時は、盗難を防ぐ目的もあったからでしょうか、ほんとに何にもない大地に掘られた地下室のようだったような感じがします。
 バスはナイル川にかかっている橋を渡ると、辺鄙な事務所の前でとまりました。
まず、ウエストバンク地区に入るには、考古局事務局というところでチケットを買わなければならないそうです。
 はじめに言っときますが、このウエストバンクの墓1つ1つにはいるには、1つ1つのチケットが必要なのです。そして、墓内でカメラを撮るときは、さらにカメラ券がそれぞれで必要になります。
大雑把に言って、お墓の入場料が40ポンド(1400円程度)、カメラ券が10ポンド(350円程度)なのです。こんなの、何にも考えずに回っていたらいくらお金があっても足りません。
そして、チケット売り場はここしかない・・・。
もし、チケットを買い忘れたらここまで買いに戻らなきゃなりません。
このときほど、このツアーに参加してよかったと思ったことはありませんね。
 ガイドの説明どおり、お勧めコースに従って、43ポンドを入場料として支払いました。(カート代金1ポンド含む)。
それにしても、これは魔法のカード(偽学生カード)のおかげであって、それがなければ85ポンド(3000円程度)にもなっているわけで、今更ながらこのカードのありがたみを感じました!

(ルクソールの遺跡についての詳しい説明はこちらをご覧ください。)

私たちが最初に訪れたところは、“アモンヘルコブシェフ王子の墓”“ティティ王妃の墓”というところです。
とにかく、えらい暑いんですよ、外は!それで、墓の中に入ると一転してその暑さから開放されます。でも、人が多いんで、蒸し暑いことは蒸し暑いんですがね。
それにしても、墓の中の壁画の美しさはかなりのものです。2000年以上も前のものが、カーラーで残っているんですよ。赤や青や黄やいろんな色が、今でもはっきり識別できます。いくら技術が進んだ現代のカラープリンターだってかないませんよね。


 次に訪れたのは、“ハトシュエプト女王葬祭殿”
(ハトシュエプト女王葬祭殿についての詳しい説明はこちらをご覧ください。)

  ハトシュエプト女王葬祭殿

この人は、かなり有名な女王なんで、エジプトの遺跡の話しには必ずといっていいほど出てきます。(トトメス2世の夫)
そして、この葬祭殿が有名なのは、他のものがすべて地下に掘られたお墓だとすれば、ここだけが地上に建てられたお墓だからです。どうですか、立派なもんでしょ。
この女王は、貿易にも力を注ぎ、壁画にも香辛料の通商の様子が刻まれていました。

そして、最後に行ったのが・・・。これは一度は聞きたことがるでしょ、“王家の谷”です。
トトメス3世、ラムセス1世、ラムセス3世、ラムセス9世、ラムセス4世、アメンホテップ2世、ツタンカーメン・・・。もう、数えはじめたら限がないほどです。
私たちは、その中で3つ。“ラムセス6世”“メネフタ王”“ラムセス1世”の墓を見学しました。
ほんとは、ツタンカーメンの墓を見たかったのですが、ここ1箇所だけでさっきの3箇所分の代金の2倍も入場料が必要なんです。それが原因かどうかわかりませんが、とにかくツタンカーメンの墓の中には入ることができませんでした。
でも、もしかしたらあんまりたいしたことないのかもしれませんが・・・。
なぜかというと、ツタンカーメンは18歳で亡くなっており、この“王家の墓”の中では極めて権力も弱く、小さな墓だったからです。逆にそれで、財宝の盗難から逃れられたんですがね。今その財宝は、カイロの史跡博物館の2階で眠っているそうです。大部屋が、宝物で埋め尽くされるぐらいあるそうですよ。もし、もし、“王家の墓”で盗難がなかったとしたら、一体どれぐらいの財宝がここに眠っていたかは、誰も知りえません。

  王家の墓

それにしても、誰かが盗んで、誰かに売ったはずです。今それはどこにあるんでしょう?
それが、わかっただけでもノーベル賞ものですよね。

 さてさて、さすがここのお墓は3つとも、ものすごいスケールですね。そして、とにかく色鮮やか、できれい。その上、盗賊から財宝を守るための落とし穴なんかもあってみたりで、お墓という言葉が連想させるイメージとは全く異なります。
今回写真は撮りませんでした、理由はお金がもったいないから。そして、ほんとにまた見たかったら、また来ればいいと思っているからです。
 それにしてもこの暑さ・・・。もう1時になろうとしていますから、1日のうちでも一番暑いときに一番暑いところにいるのかもしれません。
「はあ〜!」
ため息一つつくのにも、疲れます。おまけに、お腹すいた!
 バスに乗り込み、やっと帰れると帰れると思いきや・・・。
途中で車がオバーヒート。
『なんもないところで、これから何時間待たされることやら・・・。』と、不安が・・・。
幸いたいしたことなく、20〜30分でまた車は動きだしましたが、冷房もない車の中での20〜30分は、私には十分地獄でした。
 ゴールデンパレス・ホテルという、いかにもすごそうなホテルに私は戻ってくると、一目散に何か食べれる店を探しに行きました。
次の出発は4時。ということは、あと1時間半したら、また今度は午後の部のツアーに参加しなければなりませんから。
 このとき、食べたのもまたサンドウィッチ。
実は手持ちのお金が数えられるほど少なくなっていたのです。もちろん両替をすればいいだけのことですが、なんとかカイロまでこのお金で済ますまそうと、変なこだわりがあったのです。この時の所持金は実に18.1ポンド(630円程度)
 食事の後は、ホテルのロビーで休憩です。少しでも、体力を回復させておかないと・・・。
昨日から、少し寒気もしますしね。


 午後からの部も時間通りに始まりました。バスに乗り込んだのは、私とほかに男性1人と、女性2人の合計4人。
名前と出身地を紹介しながらバンは走り出しました。といっても、ほんの10分ぐらいで目的地のカツナック神殿に到着しました。
バンから降りると、ガイドがドイツ男性とフィンランド女性、そして日本人の私に言いました。
「英語が母国語でない人ばかりなので、できるだけゆっくり話しますね。」
でも、やっぱりヨーロッパ系の人って、英語がうまいんですね。
普通に会話として英語を使えるんですもんね。
その点、私ったら、いちいち文章を考えてから口に出さなけりゃいけない。
『は〜あ、これから先気が重い・・・。』

 カルナック神殿は、予想以上に巨大な建物でした。
  カルナック神殿入り口

『こんな建物どうやって造ったんだろう?』『材料はどこから・・・。』
(カルナック神殿の歴史については以下のこちらをご覧下さい。)

こんなこと、深く考えても限がないのですが、それにしても紀元前2000年ぐらいに造られたといいますから、不思議としか言いようがないですね。
とにかく、想像もできないぐらい巨大な王様の権力だけがあったことは疑えません。
まず、神殿で最初に我々を迎えてくれたのは、羊の頭を頭をもったスフィンクスでした。スフィンクスって、いろいろあるんですよ。我々は、あのライオンの体と人間の顔をもったスフィンクスだけじゃないんですよね。
参拝道を抜けていくと、巨大な門(?)がそびえ立っていました。でも、この門には装飾がありません。時間的な理由で完成しなかったそうです。
しかし、その代わりと言ってはなんですが、神殿のもう一つ内側に設けられた門には、しっかりと装飾が施されていました。しかも、立派な装飾が・・・。
『それにして、エジプト人って人を描くのが好きですよね。』
王様の自己顕示欲の象徴なのでしょうが、それにしても人間の姿を描いた装飾が多く見られます。
それと文字ですね。象形文字(ヒエログリフ)がいたるところにかかれています。ガイドの話では、これもやはり、王様の名前などを示したものが多いとか。

  巨大な石柱郡

いよいよ神殿に入ると、今度は柱の数々。人間2人が両手を広げて囲んでちょうど囲めるぐらいの柱が、何本も立っています。
ここでガイドが質問。
「ここに何本柱があるでしょう。一番近い人には素敵なプレゼントを差し上げましょう。」
答えは、134本。
私は160本と答えたのですが、結果的に私の答えた数字が一番近くてプレゼントをいただきました。
小さな小さな、でも素敵な石でできた“ふんころがし”です。
“ふんころがし”はエジプトでは幸福を呼ぶ虫なんですね。

 そこに並ぶ数多くの石柱を見ていると、そしてその石柱の間を歩いていると、実はここはどこかの迷宮で私は迷宮に紛れ込んでしまったような気がします。
それほど、ここが今までに見たものとは全く異質なもののように感じたのです。
柱1本1本がパピルスや蓮の茎を表しており、また先端の花の部分が閉じておるものは夜を表し、花が開いているものは昼を表しているそうなのです。茎の表面には更なるデザインもあり、とにかく“すごい”という言葉しかでてきません。見るものの何もかもがね。

  オリベスク

さらに前方に進んでいくと、オリベスクもあり、その先には本祭殿というぐあいに、とにかく規模の大きなカルナック神殿なのです。もちろんそこにある建物は今書いたものがすべてじゃないんですがね、それもまたすごいことですよね。

ぐるぐると神殿の内側を歩き回り、ここでいったん建物を出て、次に現れたには“池”
聖なる池なのでしょうか?それとも、生活のための池なのでしょうか?分かりません。
でも、人工的に作られていたのは間違いありません。
そして、その前に、切り出した巨大なオリベスクと、これまた巨大な“ふんころがし”
ガイドが言うことには、「この“ふんころがし”の回りを3回まわってお願いをすると、その願いはかなう。ただし、1回ごとにお尻をなでること!」
なんとも奇妙な、でもどこでありそうな迷信ですよね。
私達4人は一列に並んで、言われたままに、その“ふんころがし”の回りを律儀に3回まわりました。少し恥ずかしかったけどね。
でもやはり、“ふんころがし”お尻の部位分は、よく触られるんでしょう!色がはげて変わっていました。
そしたら、ガイドが質問してきました。
「何をお願いしたか。」ってね。
「素敵な女性が現れますように。」とドイツ人男性。
(ウ〜ん、絵になるなあ!)
「幸せになりますように。」とフィンランド人。
(そりゃそうだ!)
「また、エジプトに来れますように!」と私。
(これが一番だ!)
その後30分間は自由時間でした。

  カルナック神殿

 人の流れが変わり始めました。出口へと向かう人の波。
もうカルナック神殿は閉館時間なのですね。
『ちょっと待てよ、こっちが閉館でルクソール神殿は開いているの?』と不安の私。


 我々は駐車場に停めてあったバンに乗り換えて、ルクソール神殿に向かいました。たぶん・・・。

 すぐに渋滞につかまったと思いました。しかも、それは観光バスの渋滞に・・・。
しかし、そこはもうルクソール神殿の前で、ここが渋滞しているのは客の乗り降りをさせているからのようです。
確かに、バンを降りると人の群れ、群れ、群れ!
とにかく私は、ルクソール神殿がしまっていなかったことに安堵心をおぼえたのです。
それにしても、チケット1枚買うのにも一苦労です。
 そうして、ルクソール神殿に入ったときには、すでに辺りは暗くなり始めていました。


『ワーッ!』
神殿がライトアップされているじゃありませんか?
『何てきれいなんだろう。』

(ルクソール神殿の歴史については以下のこちらをご覧下さい。)

  ルクソール神殿

日暮れとともに、ますます増えていく人々。何だか、まるで縁日にきたような気分にさえなってしまいます。見るべき屋台のお店なんか一つもないのですが、壁や柱に刻まれた模様の一つ一つが、私に何かを語りかけてくるようです。そして、改めてルクソールの歴史を思い直して考えてみると、今から4000年も前の出来事なのですよね、ルクソール神殿ができたのは。
当時も今と同じように夜はふけたことでしょう。
そんな風に考えると、とても不思議な気分です。
ローマ帝国も古い古い大帝国なのですが、さらに古代エジプト文明は古い古い帝国なのですから。
それは、すでにローマ帝国のときにエジプトが観光地となっていたという事実でもわかりますし、ここには更なる証拠もありました。
ローマ帝国の王が、ここルクソールを支配下に入れたとき、もちろんこのルクソール神殿もローマ帝国のものとなりました。そして、ローマの王は、壁に描かれているあらゆる人間の顔をつぶしたそうです。
自分の力の誇示のためです。権力者は昔も今も、自分だけで充分だとでも考えていたのでしょう。本祭殿の一部の壁には、ローマ人が古代エジプトの壁画を隠してしまうため、壁の上塗りが行われ自分達に都合のよい壁画をその上に描いていたそうです。はっきりはわからないかもしれませんが、この壁がそうです。

とにかく、歴史に翻弄されながらも、今まで生き残ってきたルクソール神殿。今では、神殿内にイスラムモスクまで設けて、生き長らえています。

 さて、我々は最後に30分の時間を与えられ、それで今日の観光はおしまいとなりました。
最後に、ここルクソール神殿の前には、巨大なラムセス2世の像はもちろんですが、そのすぐ斜め前に、昔これまた巨大なオリベスクが建っていました。でも、現在は1本だけです。もう1本はその土台だけしかありません。
このオリベスクがどこに行ったかというと、フランスはパリなのです。パリのコンコード広場にあるオリベスクが実はここのオリベスクなのです。
『そういや、昔私も見まわしたわ!』
フランスとの友好のために贈ったそうなのですが、なんて気前がいいんでしょうね!
もう一つ、このルクソール神殿とさっき行ったカルナック神殿、昔は通路でつながっていたそうなのです。
そういえば、さっき見た“羊の顔のスフィンクス”が、ここにもずらっと並んでいるのがわかります。今は途中でその列は切れていますが、昔はそれがカルナック神殿まで続いていたかと思うと・・・昔どんなに、この地が重要だったかということが少しだけでも分かったような気がします。


 近くのマクドナルドで、フィンランドの女の子2人をバンから降ろすと、私とドイツの男性は宿泊していたホテルまで送られました。時間は7時30分過ぎだったでしょうか?
本当だったら、シャワーでも浴びてゆっくり散歩!というパターンなのですが、今日の私のスケジュールでは、夜の11時にルクソール駅からでるカイロ行きの夜行列車に乗らなければなりません。ガイドにも、「10時半にはホテルに戻ってきなさい。」と言われていました。
それにしても、まだ2時間以上もあります。
『食事をして・・・。』
いろいろ考える間もなく、私の体はもう町の方に歩き出していました。
『何かあるだろう・・・!』

私が泊まっていたホテルは“テレビジョンストリート”という放送局の近くにある通沿いにありました。
昨日の夜、タクシーでここに連れてこられたものですから、自分で歩いてきたときのように地理感がつかめません。
それでも、なんとなく歩いていると、ルクソール駅にもルクソール神殿にも歩いていけるほどの便利なところに今自分がいることが分かりました。
そして、なんとなく歩きながらも『今日こそは、カバブを食べるぞ!』と思ってカバブを店頭で焼いているレストランを探していたのです。
しかし、こんな張り切っているときに限ってうまくいかないんですよね。
ある食堂で声をかけてきたマスターに勧められるまま今日の夕食は“トマトとマトン煮込み料理”に変わってしまいました。
結果的に言うと、カバブよりはこの方がむしろエジプト料理!味もなかなか満足のいくレベルでした。
料金は9ポンド。ですから、日本円にして300円程度。この値段でコース料理をお腹いっぱい食べれますから、エジプトにおいては食事だけはほんと言うことなしです。
『でも、もう所持金がほとんどありません・・・心配。』
 お腹もいっぱいになったことだし、まだ時間もあるしということで、さらに私は夜の町へと消えていきました。
さっきバスの窓から見た、スーク(市場)を探して!
 スークでは客引きとの会話が楽しみの一つです。荷物になるので、特段何かを買おうという気はありませんが、いずれにせよここルクソールかカイロでお土産は買わなければいけません。
その時のための、いわば“予行練習”というところでしょうか?
まっ、『あわよくば掘り出し物が・・・!』という気持ちも少々はありましたが。
香辛料を売る店、綿製品を売る店、ピラミッドの置物を売る店、貴金属類を売る店、香水を売る店・・・次々とエジプトの代表的な土産物屋さんが現れてきます。中でもパピルスを売る店の数は多かったような気がします。
 商品をながめながら歩いていると、非常に紳士的な態度で話しかけてきますが、やることはみんないっしょ。少しでも、金持ち外国人からぼったくってやろうという魂胆が丸見えです。
何件かのお店で、足を止めることはありましたが、結局そのスークで私の購買心をゆする物まではありませんでした。
 ブラブラとしながら、ナイル川沿いの道を歩いていると、高級なホテルの1階に連なるテナントショップが私の目に飛び込んできました。
少々高級そうな商品が並んでいるのですが、品質には言うことがなさそうです。
そして、ほんの少しだけそこを覗いてみることにしました。
『なかなかのもんだな・・・。』
何がいいって、“定価”があるって言うのが嬉しいじゃないですか。
しかも、ディスカウント(値引き)なし。
結局そこでね、貝殻とラクダの骨をあしらったクリップと、宝石箱と、フォトフレームをあっさり買ってしまいました。
一目で気に入った物ばかりです。でも、1番のお気に入りは“ラクダの置物”でしょうか。今までも、ちゃちなラクダには何度もお目にかかったのですが、ラクダの本皮で作られたラクダの置物には、正に“一目ぼれ”でしたね。
そして、ここで一つ名案を思いつきました。
『ドルで支払って、ポンドでお釣りをもらったら、今日のところは乗り越えれるぞ!』
どうせ明日両替をしなければならず、早いか遅いかの違いだけなのですがそれでも、それでも何だか満足したものを感じたのです。
 ホテルの戻ると、約束の時間には少し早かったのですが、することもないので駅で列車を待つことにしました。
列車が着くであろうプラットフォームのベンチでこの原稿に取りかかっています。
まもなく、列車が来るでしょう。
そして、列車に乗り込み、今度目を開ける頃にはカイロに到着しているはずです。

  ルクソール駅

実質あと1日を残すのみになったエジプトの旅、あまりにも忙しすぎて充分にエジプトを味わえていないような気がします。明日は、2度目のカイロです。ゆっくり、カイロを味わうことにしましょう。