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Detour 10-4in Middle East
Amman〜Damascus( 6th)
今日も、朝5時起床。これで3日目。慣れると、苦もなく5時に起きれるもんなんですね。
いわれるとおりに、セルビス(乗り合いタクシー)でバス停まで行き、そこからは、またダマスカス行きの長距離セルビスに乗り変えて国境を越えるわけです。
『あっけないぐらい簡単でしょう。』
時間だって、3時間そこそこ。距離的には昨日行ったペトラとほとんど変わりません。でも、手間賃でしょうか、料金は6ディナールと昨日の倍額です。
とりあえず、スムーズにダマスカス行きの4人が集まり出発したはずでした・・・。
ところが、どうやらもう一人乗客が欲しかったんでしょうね。4人よりは5人で行ったほうがもちろんその会社は得ですよね。
車は走り出しましたが、すぐにダマスカスに向かって出発とはならずに、その前にあるロータリーをぐるぐると回るだけなんですね。
「あと一人、あと一人!」って指で、ほかの会社から客を一人融通してもらおうと人差し指を立てているのですが、それが妙に愉快に思えました。
でも、ロータリーを3周かかそこらしたところで、もうあきらめたのでしょうか、いよいよ今度は本当にダマスカスに進路をとり始めました。
いったんアンマンの街を抜けたら、そこは砂漠地帯。でも、そこは我々が一般的に想像する砂漠じゃなくて、岩と乾いた大地しかない平原を示します。限りなくまっすぐな道路とそれに沿うように走る電線だけですね、私の視界に入るのは・・・。
どこまでもまっすぐ続く一本道。気持ちいいでしょう!
出入国の手続きもごくごく簡単。ほとんど時間も要さずに、シリアへ入国です。
国境を越えるときというのは、少なからず“緊張”というものがつきものですが、ここにはあんまり必要ないようですね。
国は違えど、言葉もあらゆる習慣もそんなに変わらないというのが一番の理由でしょう。
あと、約100km。ほ〜んの、ひと眠りの距離ですね。
基本情報
●正式国名:シリア・アラブ共和国
●首都 :ダマスカス
●面積 :18万5000平方キロメートル(日本の約1/2)
●人口 :1746万人
●言語 :アラビア語
●宗教 :人口の85%はキリスト教徒、13%はキリスト教徒、その他2%。
●時差 :日本より7時間遅れ(日本が正午のとき、ダマスカスは午前5時)
シリア、いやダマスカスに入っての一番の変化は、看板の出現ですね。
道路の脇に次々と続く看板。我々には、あたりまえのことかもしれませんが、ヨルダンではあまりそれがなかったんです。
そして、工場。大規模な工場がポツポツと現れてきました。
これが、“経済力の差”なのでしょうか?
それじゃ、その差をじっくり自分の目で見てみることにしましょう。
《ヒジャーズ駅》
『ダマスカス、4000年の歴史を持つ都市。』
期待が否応なしに高まります。あと4日、まだ4日、4000歳のダマスカスでの4日間・・・とにかく期待に胸が高まります。
セルベスを降り、いったんはヒジャーズ駅へ向かって歩き始めました。そこまで行けば、ホテルへも、そして他の場所のどこへでも行けるランドマーク、目印的存在だからです。
ダマスカスについて、そのままパルミラに行くという選択枝もあったのですが、ホテルの相場を確かめようと入ってみたホテルにそのままチェックインしました。パルミラはまた明日です。
ドミトリー(4人部屋)で一泊185ポンド。(550円程度)
階段なんかね、石で出来てるんですが、擦りへっていてでこぼこなんですよ。創業が1200年というから・・・それがなんとなく気にいりました。
《アリ・ハラメインホテル》
荷物を部屋に置き、少し街の空気を吸いに出かけました。
そうそう、両替もしなきゃいけませんでしたしね。
このときのレートは1万円が3760シリア・ポンド。つまり1ポンドは2円〜3円ということです。
すぐ目の前に、サンドイッチ屋さんがあったので、軽い昼食にしました。
《シュワルマ・サンドィッチ》
基本的には、目に見えるものはヨルダンと変わりませんね。街の雰囲気のことです。
ただ、ただひとつ、ヨルダンでは目立たなかったのに、目に見えて増えたものがあります。
それが、警察官と軍人の数ですね。
ガイドブックによると、国家予算の約半分が軍事費だそうですからね。確かに、シリアは地理的に非常に微妙なところに位置しています。すこしでも弱さを見せると、上下左右いずれの国々からも狙われるようなそんなところですからね。そしてダマスカスという、いずれの国にとっても垂涎の都市を持っているのです。
さて、目指すは・・・足の向いた先!
スーク(市場)を見に行くことにしました。
「ここにはないものがない!」シリア一の大スークだそうです。
《オールドダマスカス》
頑丈そうな要塞を構えたスーク。というより、旧市街は全部、この頑丈な城壁で守られていたのです。十字軍と戦うために増強されたそうですから、その歴史が思い図られます。
ただ、肝心なスークは工事中。通路は掘り返され、少なからず店は閉鎖されていましたので、ちょっとがっかりです。
でも、通路はほんとに網の目の様にいっぱいありますから、他を回ればいいだけのことです。
ここには、店がひしめき合うように立ち並んでいます。洋服を扱っている店、おもちゃばかりを扱う店、文房具専門店、スパイス専門店、黄金の専門店、ここはね、場所場所により扱う品物が決まっているんですね。
それは、きっと、100年前も、200年前も、そのまた前もかわんないんでしょうね。
今までイスタンブール(トルコ)のグランドバザールやイスファハーン(イラン)の王のバザール、カイロ(エジプト)のスークを見ていたので、・・・私が初めに想像していたものよりは少し規模が小さいかもしれませんね。
そんな時、ミナレットが私の視界に入ってきました。
『あ〜、ウマイヤモスクだ!』
そのまま入るのがもったいなくて、建物を一周ぐるぐる回っちゃいましたけどね。裏手には、骨董品を扱う店とか、お茶やさんなんかもいっぱいあって、これは期待がもてそうですね。
その中の一軒に入り、一杯だけシャイ(紅茶)を飲みボーッとその建物の内装を見ているとね、ほんとに1000年前にタイムトリップしてしまったようです。
『この建物は、今まで何を見てきたんでしょうね?』そのとき私は詩人の気分でした。
それから、いよいよモスクへ!
ウマイヤモスクは、想像以上にものすごいものでした。
世界でも4大モスクの一つといわれているようで、宗教、国境、民族を越え世界中から人々が集まってきてるようです。
『百分は一見にしかず』
ご自分の目で、お確かめください。
 
 
しばし、私はお昼寝です。 (__)。。ooOZZZZ
そして、私がこのモスクを気に入った点というのは、その歴史的な重みとは反対の現代の“気楽な雰囲気”でしょうね。
誰でも、いつでも入れそう、そして気軽に写真を撮っている。
格式とは反対で、その敷居の低さがここの何よりもの魅力です。
そうそう、その建物の一角にはサラディンのお墓もありましたね。
名前ぐらいは誰でも聞いたことあるでしょ。十字軍を破ったアラブの英雄です。
 
そのあとも、ぐるぐるぐるとスークをぶらついていました。
迷路のようなスーク、気がつくと、ときどき同じ道をさまよってしまうこともあるのですが、それでも新しいものにであったときは、すごい発見をしたようでとてもうれしく感じてしまいます。
今、いったんホテルに戻ってこの原稿を書いています。
これから、夕食に出かけますが、またどんな発見に出会えるかと思うと・・・わくわくしますね。
《夕食後》
でも、結局夕食もサンドイッチでしたね。あれこれ食べたいのですが、結構1個食べるとお腹いっぱいななっちゃいます。ちょっとのつもりで食べたのが、それで夕食っということになったりするんです。まだ、イスラムの国名物カバブー(羊の串焼き)さえも食べててないんですから・・・。
明日からは、少し食事にも変化をもたそうかな?
そうそう、オールドタウンには、まだまだ数は少ないですが、古い建物を利用したおしゃれな建物が所々に見られます。
もし、その気になれば、もっともっとたくさんの、そう今の何十倍もの観光客を世界中からよべるでしょうね。
でも、それを望むならばのことですが・・・。
 
考えてみたら、ここは現在では数少ない“コカコーラがない国”なのです。
私はね、その街の独自の面白さという点では、このシリアという国を支持します。
今までも、いろんな国に行きましたが、“コカコーラのない国”は非常に限られています。
インド(10年前のインド)、ミャンマー、イラン、そしてこのシリアだけなのです。
これも私独自の考えなのですが、勝手に名付けている“マクドナルド指数”。これにも同様なことがいえます。
これが高いほど、街の面白さが減少していく・・・。
どれだけ、その国そしてその街が西洋化されているかという証拠だと思うんです。
少し、余談が過ぎましたね。
少しあか抜けない街ダマスカス。ただ、それがあか抜けるということは、本来のその街が持つ“アク”(面白さ)を犠牲にした結果といえるでしょうね。さて、これからどうなることでしょう?
明日はパルミラに行ってきます。明日も5時に起きてね。
ははは、いい習慣がつきそうだ!
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