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Detour 10-5in Middle East
Damascus〜Palmyra( 7th)
今日も5時起床。向かうは今回の旅の第3の目的地パルミラ。でも、今回ここにいる(ここに来る)きっけかとしては、一番比重が重いかもしれません。少し前に、世界遺産の本で見かけて、そのままついついその気になってしまったのです。
きっかけができれば、あとはトントン拍子でしたからね。
言われた様に、流しのセルビスをつかまえて、言葉なんかできなくてもしっかりハラスタ・バスステーションへ。料金もたった5シリア・ポンド(12円程度)。そこは、長距離バス専用の乗り場菜のです。目指すパルミラ行きのバスも難無く見つかり、とても順調な滑りだしです。
私が乗ったバルマンバスっていう会社のバスなんですが、おしぼりは付くは、飲みもの(水ですが)は付くわで、さすが、ヨーロッパに近づいただけはありますね。こんな時、無意識に、トルコのバスやイランのバスを頭に浮かべては、シリアと比べているんです。失礼な話かもしれませんが、・・・やっぱり、比べちゃうんですよね。バス、ホテル、食事、人柄、サービスあらゆるものをね。
それと比べても、サービスは変わりません。ただ、料金と設備は、ヨーロッパに近いほどアップしますね。
予定どおり、3時間経過したところで、パルミラに着きました。
シリアがヨルダンより、国土が恵まれているといっても、見かけ上は、ただ"乾いた大地"があるだけです。他には何もありません。
あまりの景色の単調さに、眠ることが一番の得策のように思えました。
結局、ほとんど寝てたんです。はっきり言うと!
出発して3時間が過ぎていたしょうか。
初めて、停車らしい停車をしました、ただ、パルミラ遺跡のすぐ近くにバス停があるということなのですが・・・それにしてはここからは何も見えません・・・。
バスを降りると、待ち構えたように小型バスの運転手が待ち構えていました。
『単なるバスだろう?』
正解は正解でしたが、おまけ付きです。
「小型バスを一日貸しきりでどうだ。」、っていうんです。
1日で10ドル、ここの物価では決して安い金額じゃありませんが、先日のペトラの一件を考えると安い金額です。
結局、その金額で妥協して、パルミラをいろいろ案内してもらうことにしました。帰りのバスまで、保証してくれますから、半分は安心代だと思えばね。
初めは、なんとか3兄弟の地下墓室、そしてエラベール家の塔墓。
《兄弟の地下墓室》
《エラベール家の塔墓》
ここでもやはり、それぞれに400円とか600円とかという入場料がかかってきますから、墓の中まで入るのはよしました。ガイドブックは、何にも中のことは書いてませんでしたから、そのレベルなのでしょう。きっとそうのはずです!
次ぎに行ったのは、アラブ城砦と呼ばれる小高い山の上に建てられた城砦です。
でも、それだけでした。
鍵がかかってお城の中には入れないんです。
まっ、どっちでもよかったんです。
《アラブ城砦》
それよりも、高いところから眼下を見下ろし、目の前に広がるパルミラの全体像の方を期待していたのです。これだけは、高いところに行かなきゃ見えませんからね。
眼下に広がる遺跡。
でもその荒れ果てた姿からは、いくら想像力の豊かな人でも、すぐに、昔あったでだろうそのイメージを持つことは難しいでしょうね。
テレビとか雑誌で紹介され、それにしたがって我々が見るのと、「どうぞご自由にイメージを抱いてください。」というのではまったく違った見方になってしまうでしょ。
そういう意味では、このパルミラは、かなりの上級者(遺跡に詳しい人)向けの遺跡といえるかもしれません。
「あなたの場合は、いかがでしょう?」
《パルミラ遺跡群》
さっ、一番の見所、ベル神殿に向かうことにします。
何が一番かって、入管時間があり、しかもさっきのお墓以外で入場料をとるのはパルミラではここベル神殿だけなんですから。
300シリア・ポンド(700円程度)の価値があるかどうか、確かめようじゃありませんか!
ついでに言うと、私のホテルは一泊185シリア・ポンドですからね。
「はぁ〜」
『損した。』というのが率直な意見です。
『わざわざここだけ隠す必要なんかないんじゃないの?』
どうせなら、パルミラ全体への入場料としてもいいと思いますよ・・・。
 
神殿として形跡はありますが、その大きさだけが他との唯一の違いであって驚嘆に保存状態がいいとか、何かがあるとかというものではありません。
でも、ここに来た人の"100人中100人"は見てしまうでしょうね。(騙されてしまうでしょうね・・・。)
それよりもむしろ、ベル神殿から歓迎の門である、記念門をくぐりぬけると、浴場があり、円形劇場があり、元老院議事堂があり、取引所があり、4本柱でできたの記念碑、四面門があり、それらを結び付けるように道が設けられています。
《歓迎の門》
《浴場》
《取引所》
《四面門》
そして、最終的にはデオクレティアヌス城砦へ続く道、その方がもしかしたら味わいがあるかもしれません。
人によれば、単なる荒廃した遺跡としか見えないかもしれません。
だって、今では途中からは道としての機能さえ果たしてないのですから。
《列柱道路》
でも、想像力をおもいっきりたくましくして、2000年以上も前のことを思い浮かべてみると
ここはパルミラ(現地の言葉でナツメグ)の実が取れるほど豊かな土地だったんですよね。
しかし、さっきも言いましたが、今は閑散期で観光客が非常に少ないんですね。
だから、今はなおさら、ここが寂しく感じます。
いい意味で言えば、ありのまま、自然体のパルミラが見れたわけです。
反面、今のこの状態は、つまり復旧作業の手がつけられていないのは資金面、技術面で問題があるからかもしれませんね。
まっ、ご覧ください。
《列柱道路》
《葬祭殿》
もう1時になっていましたが、ここで少し遅い食事をとりました。ベトウィーン・マンサフという民族料理です。いい料金にも驚きましたが、その味にも驚きです。
『ぜんぜん、美味しくな〜い!』
サフランライスにナッツ、そして、炊き込んだチキンのっかっており、ヨーグルトをかけがなら食べるんです。どうせなら、別々に食べた方がまだいいと思うんですがね。
しかも、料金はホテル代金の1.5倍です・・・。
パルミラの締めくくりに、パルミラ博物館に行く時間をもらいましたが、これは"高価な昼食"とチャラということで入るのを止めました。
その代わりに、パルミラの町を散歩に出かけました。
私にとっちゃ、町が博物館みたいなものです。
こっちの方が私の性にあっています。
表通りは、観光客相手のレストランやお土産ものやさんらがあるだけで本当の面白さはありません。
でも、一本道を入ると子供達がかくれんぼ、鬼ごっこやビー玉遊びに励んでいます。どこでも同じですね。
「写真とって、写真とって!」 
《パルミラの子供達。》
 
《満腹でしたが食事をいただきました。リンゴ売りの人たち。》
約束の3時が来たんで待ちあわせの博物館の前に戻りました。
そこからは、ダマスカス行きのバス停まで送迎してくれました。
そうそう、かわいい娘が一緒だったんで写真を撮らせていただきました。
ちょっと眠そうでしたね。
《セルビスの運転手》
ダマスカスに到着したのは、少し暗くなりかけたところでした。
今日も、またウマイヤ・モスクまで出かけていきました。何があるわけじゃないんですけど、夜のウマイヤ・モスクを見てみたかったからです。ライトアップされたモスクがどんな姿を見せてくれるかそれが見たかったんです。もしかしたら、昼とはまったく違う姿を見せてくれるかもしれませんからね。
《ウマイヤモスク》
ここダマスカスでも夜8時を過ぎれば、大半のお店は閉まっていきます。これは季節的なものなのでしょうか?
でも、その中にあって、決して1日中光がとだえることがないのが、ここモスクなのです。その気になれば、泊ることだって出来ると思いますよ。
そして、今日もまた、絶え間のないお祈りが捧げられていました。
とりあえず、今日で今回の旅の目的地の3件(ぺトラ、ダマスカス、パルミラ)は見て回ってしまいました。
『急ぐ旅はやっぱり苦手だな〜!』
『明日は・・・ダマスカスの古い町並みを歩きながらゆっくりしていようかな〜。』
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