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Detour 11-5 in Philippnes
Manila(17th)
『どうしてだろう・・・?』
またもや、目覚ましが不発。しかも、ウェイクアップコールまでもがならなかったのです。
今日はサバンつまり、ユネスコの世界遺産にも指定されており、今回の旅行の目玉でもあるアンダーウラウンドリバーに向かうことにしているのです。
そして、何度も言っているように、毎日天候でツアーがキャンセル。最終の手段は・・・直接現地に乗り込むことだと思ったからでした。
で、目が覚めたのは6時45分。
バスの出発時間は7時00分。
『げっ!』
ということは、現状を冷静考えている暇はありません。
『急げ!』
フィリピンに来てから、初めてですね、街を走ったのは・・・。
でも、出発5分前にはバス乗り場に到着。
そして、いつものごとくサバン行きのバスは出発時間を遅れて、ようやく出発したのでした。
アジアにはよくある事ですが、7時出発とは、7時以降で満席になり次第出発というのが普通です。ここも例外ではないようです。そっちの方が、経済的ですが、お客さんはたまったもんじゃありません。
 
パラワン島は地図で見てもお分かりの通り、細長い島です。ですから、やはり平野の部分が少なく、ちょっとの移動でも、山越えを余儀なくされます。
それでも、プエルト・プリンセサからでる、主要道の方は舗装もされており、いくら粗悪なバスといえども乗車は快適です。
バスが停まれば売り子が
それが、サバンに向かうために、主要道から外れてしまうとどうでしょ、舗装とは縁遠い、自然の道があるだけです。
岩がむき出し、凸凹は自然そのまま、雨が降ればプールのような水溜り・・・。
オフロード車で来るのは楽しいかもしれませんが、バスで来るのは考え物です。
時折、バスが跳ねて、人も跳ねる・・・。
『ハッ!』と思う場面が何度もありました。
そして、大雨。
『果たして、アンダーウラウンドリバーには行けるのでしょうか・・・?船は出るのでしょうか?』
出発してから3時間半ぐらいたったでしょうか?
人がどんどん少なくなって、終点サバンに到着です。
バスが停まったのは港の広場。まさに、終点って感じです。
そう、サバンは一応町なのですが、小さな小さな小さな港町です。
これじゃ、定期バスが少ないのも当然ですね。
嬉しいことに、バスを降りるとすぐに目の前に、ユネスコの世界遺産アンダーウラウンドリバーを示す看板が立っています。そして、その隣にはブッキングオフィスが。
何はともあれ、そこで聞けば「行けるのか、行けないのか」わかるはずです!
サバンのバス停留所
『は〜っ。』
やはりここまできて正解。事務員さんは、何にも問題がないかのようにアンダーウラウンドリバーへの入場券を発見してくれました。外国人への入場料は200ペソ(500円程度)、実際にはそれにボート代金が一隻あたり500ペソかかります(1250円程度)。
プエルト・プリンセサからサバンへの3時間半のバスの代金が80ペソということを考えれば、決して安い代金じゃありませんね。
ユネスコ世界遺産を示す標識
『さあ、いけるぞ!』
そう思っていたら、幸運なことに同じバスにアンダーウラウンドリバーに行くフィリピンの女の子が2人いたんです。
それで、アンダーウラウンドリバーへは同行することとなりました。
その内の1人は、富士通の働いており、日本にも出張で神戸・川崎と何度か来ており、とても親日家。
今回に限っては珍しく、しかもラッキーな展開です。
ということで、ボート代は頭割り。したがって1/3の料金。しかももう一方の女性は何回かここに来たこともあって、私も気分的に楽です。
またまたラッキーな展開です。
アウトトリッガーボート
まず、アウトトリッガー船で20分ぐらい船の旅。さすがに、台風の影響がまだ残るため多少の波はありますが、それよりも海の美しさは、それをも忘れさせてくれます。ここはプエルト・プリンセサの海なんか比べられないぐらいきれいです。
しばらく行くと、対岸の浜辺に着きます。ここが本格的なアンダーウラウンドリバーの入り口ということになります。
アンダーウラウンドリバーをしめす看板が、気分を盛り立ててくれます。
エントランスゲート
 
ゲートを抜けて、ジャングルのような密林を越えると、ありましたありました、ボートハウスが!
ここからが、本当のアンダーウラウンドリバーなのです。
 
手漕ぎボートにわれわれ3人と、漕ぎ手兼ガイド役の2人がボートに乗船してさあ出発。
そのボートにのって、岩の山肌にポッカリあいた洞窟に入っていくんです。
もちろん、中は真っ暗。ですから、強力なライトを2個を照らしながらね。
アンダーグランドリバー入口
中は真っ暗なんですが、誰もがするように興味本位で自分の頭の上に広がる空間を仰ぎ見ていました。
「口をあけて上を見ないように!」
「バッド・シットに注意!」
そんな声がガイドからかかってきました。
『バッド・・・?』、『シット・・・?』
そんなんですよ、ここにはたくさんの種類のこうもりが棲みついていて、もう少し入るとそこはこうもり天国!
『ん〜。』
ライトアップすると、こうもりが天井にたくさんぶら下がっているのがわかります。
そして、ガイドが言うには、こうもりの溜まり場であるそこは、まさにこうもりのトイレ状態。
何ともいえない、不快な臭いの中をボートは更に進んで行きます。
とりあえず、ここを抜ければ、かなりましになるそうですが・・・。
コウモリの巣
さて、このアンダーウラウンドリバーなのですが、洞窟の内部は、普通でも高さが30〜40m十分にあります。最も高いところでは、100m以上もあるそうです。
そして、現在わかっているだけで全長は8kmもあるそうです。一般の旅行者が入れるのは、その内の約1kmだけです。
その先は、研究目的などに限られるそうです。そして、何よりも置くに行けば行くほど、先に進むことが難しくなるようです。洞窟も一本調子じゃなくなるかもしれませんからね。
ちょうど、大きな鍾乳洞をボートでクルージングしていると思っていただければ、想像しやすいと思いますね。
しばらく行くと、キャシードラル(教会)が現れてきました。
もちろん、人工的につくられた教会があるわけじゃありません。自然の力でできた岩などを、教会やマリア様に見立てているのです。もちろんキリストもいました。
いかにも、キリスト教国って感じですね。
もちろんこれが、キリスト教国以外ならば、別の名前がついているだろうということは想像に難くありません。
他にも、『キャンドル(ろうそく)』があり、『ライオン』がおり、野菜畑には、『マッシュルーム』や『カカオ』があります。
どんなにがんばってライトを照らしても対象物までに距離があり、いかんせん洞窟内が暗いんで、写真はひどい有様です。
デジカメだって、動くボートの上ではカメラがぶれちゃって、まともな写真なんかぜんぜん取れません。
これは大いに残念ですが、まあその分自分の目に焼き付けて帰ることにしましょう。
洞窟の中は、まだまだいろんな生物が潜んでいるそうです。
ひとえにこうもりと言ったって、数十種類いるのが確認されているそうです。ただ、その数は激減しているそうです。
ちなみにこうもりは食用になるそうです・・・。
そうそう、こんなこと言っていました。
「こうもりはおいしいよ。食べるとネズミのような味なんだ!」
どっちも食べたことのない私には・・・その味は想像できませんね。
川の底には、うなぎもいるそうです。
やはりこれも“美味しい”そうです。さすがに、タランチュラーを食べると入っていませんでしたが、タランチュラーつまり毒蜘蛛もいるそうです。
一方では、中華料理の高級素材『ツバメの巣』も、この辺りにはあるそうですが、専門家じゃないと容易には見つからないと言っていました。
ある意味、このアンダーウラウンドリバーは“宝の宝庫”だともいえますね。
最近では、世界遺産になったんでお金を落としてくれる旅行者が増えていますしね!
行きよりも、帰りのほうが早いのは、水の流れのせいでしょうか?
あっという間に出口が見えてきました。
一筋の光が差し、それがだんだん大きくなる様も、ここの見所のような気がします。
そして、唯一“普通のカメラ”で撮れる画像かもしれませんね・・・。
  
おなか満腹とはいきませんが、奇妙な体験とここに来れたという充足感は十分に得られました。
本来なら(天候がよければ)、“モンキートレイル”。つまり、山に入って猿山の散歩もできたのですが、今日はそれをあきらめざるを得ません・・・。
マングローブの森を、パドルボートで散歩する選択肢も、小雨の中じゃ考えたくありません・・・。
 
非常に短い滞在でしたが、サバンの港に戻りました。
そして昼食を済ませ、彼女たちとは名刺をいただいて、メールでの連絡を約束してお別れです。
朝来たのと同じ時間をかけて、プエルト・プリンセサに戻るともうすでに夕方近く。
まずは、マーケットに直行、プエルト・プリンセサ市民の台所見学。
マーケットの様子
袋売りの少年たち
珍しいイスラム料理店
レチョンになる運命でしょうか?
『あーあ、最後の日ぐらいは晴れていてくれたんだ!』
そんな風を思わせるようないい天気のはずでした。その時までは・・・。
それで、最後にプエルト・プリンセサの街の写真を撮るつもりでした。
パラワン博物館
メンドーサ公園
でも、でも、でも、やはり・・・それはそんなに長くは続きませんでした。
夕方からは雨。
毎日決まったように、夕方から夜にかけて雨なのは・・・私に対するイジメとしか思えません。
仕方ないんで、散髪へ!
カットから、シェービングまで含めて100ペソ(250円程度)。まあまあの値段ですね。
“Hair Cutter”(ヘアーカッター:日本では全く見ない表記方法ですね。)
そんなしゃれたブティックのようなお店がある一方で、私が入ったのは鄙びた裏路地の床屋さん。
なんとなく、そこに入ってみたんです。
そしたら、床屋の主人は73歳のおじいちゃん。
そのおじいちゃんも英語が話せるんで、いろんなことを聞かれるんですよね。
『ヤマシタ・・・ん〜!?』
床屋のマスター
よく考えたら、このおじいちゃんも戦争世代。
山下将軍のことをリアルタイムで知っている世代なんですね。
生まれが1930年、ということは戦争が終わったときは、中学生の年齢だったようです。
当時の日本軍の話もリアルタイムで知っているんですね。
その後、学校の先生になって、引退し現在はこのプエルト・プリンセサで床屋をしているそうです。
散髪の腕にも、別段問題はありません。それにも増して、興味深い話を披露してくれましたね。
『まだまだ、ラッキ−は続いているのでしょうか?』
ただ、外の雨を見ているとそうとも思えないのが辛いところです・・・。
雨のプエルト・プリンセサ最後の夜。
行き場のない田舎町プエルト・プリンセサ最後の夜・・・またベトナム料理で締めくくりました。
『は〜ぁ!』
私の気分はもう、“あきらめモード”から“さとりモード”に変わってしまいました。
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