日本国宝展        00’ Tokyou National Museum

 ‘玉虫の厨子 

中学生のとき修学旅行で、この玉虫の厨子を見ました。ガラスの向こうに小さく見た記憶が・・
 月日は流れ・・図書館で池田理代子さんの『聖徳太子』を読んだのです。そのなかで、法隆寺は太子の創建、夢殿に太子がこもった話、「捨身飼虎(しゃしんしこ)」の話(飢えた虎にわが身を投げ与えた。)、そしてその話が玉虫の厨子に描かれているとを知ったのです。
 この国宝展にその‘玉虫の厨子’があったのです。記憶より大きく美しい。

宮殿扉には邪気を踏んだ二天像、両脇には菩薩像。須弥座の背面は須弥山図。

 総高226.6cm 宮殿104.2cm 須弥座92×49cm  台座高30.6cm

 仏像や経巻を安置するためのもの。名の由来は透かし金具の裏に玉虫のはねが敷かれたいるから。9000枚以上が用いられたと推測される。台座の透かし彫りの下に玉虫の羽は、今もわずかながら煌めきをを残している。

  右側面に、捨身飼虎(しゃしんしこ)」の図→
 釈迦の前世でマカサッタ王子だった時、とある竹林で、飢えた虎が子と共に瀕死の状態であるのに遭遇した。王子は高所から投身し虎の親子の命を救った話を描いている。
 一つの絵の中に、崖の上で衣を脱ぐところ、飛び降りているところ、虎に食べられるところが同時に描かれ、ストーリーの展開を伝えている。異地同図法という。

左側側面に、施身聞偈(せしんもんげ)の図。
釈迦がバラモンとして苦行していた時、帝釈天がその意思ををためすため羅刹に変身し「諸行無常、是生滅法」の二句を唱えた。飢えた羅刹に自分の肉体を与えることを約束し「生滅滅己、寂滅為薬」の二句を聞く事が出来た。それを岩壁、樹木、道に書き残し、高い木から身を投げました。すると羅刹は帝釈天の姿に戻り、空中で抱きとめました。










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鳥獣人物戯画 甲巻」高山寺、東博、京博(全4巻) 
 作者は鳥羽僧正と伝えられているが確証はないという。複数の絵師によると想定されている。
 風刺画、仏教寓話ではあるが、自由に描かれているように感じます。漫画を見ているようです。
蛙、うさぎなどの相互の争いや相撲、水遊びなどを行なうようす、笑っているところが擬人化されユーモラスに描かれている。鳥獣戯画の風刺精神も注目される。
 のびやかで生気あふれる線描写。墨のみで描かれ彩色はなく、詞書もない。
「風神雷神図」 俵屋宗達  先日、光琳の「風神雷神図」を見たばかりなのに、本家にお目にかかれるとは思っていませんでしたので、感劇です。