初詣に三社祭り、ほおずき市、羽子板市、花火大会何度も行っているのですが、案外憶えていないものですね、その大きさやにぎやかさに圧倒されていたのでしょう。
デジカメを手にしてからは細部まで気になるようになりました。

 金龍山浅草寺は推古天皇36年(628)に浜成命、竹成命の兄弟が隅田川で漁中に1寸8分(約6cm)の黄金の観音像を網で取得した。土師真仲知の命の土地にお堂を建て祀ったのがはじまり。秘仏とされ誰も見たことはないんだそうです。都内最古の寺でもある。(浅草寺縁起)
 この3人を祀ったのが三社さまこと「浅草神社」。3代将軍家光の寄進。

 徳川家康が1番の幕府祈願所に浅草寺を決めました。浅草寺は開府前から庶民信仰が深く、意中で一番人が集まるばであったようです。ここを祈願所に選ぶことで江戸庶民の信頼感を得ることができたのです。


  浅草文化観光センターの壁のカラクリ時計。
  白鷺の舞、金龍の舞、奥からはお神輿がでてきます。
  午前10時〜午後7時まで毎正時
   雷門前 03-3842-5566
 雷門 (正式名:)
                   昭和35年建立。コンクリート造り。


 正しくは風神雷神門。天慶5年(924)創建。
雷門と呼ばれているが、雷神、風神が据えられている。
  創建以来、何度も火事にあい名前のみ伝えられてきた。現在のものは昭和35年松下幸之助の寄進された。
 雷門と書かれた巨大堤燈は平成15年8月に張り替えられました。
(10年に一度くらい)

五重塔 
昭和48年(1973)再建
高さ53.32m コンクリート造り


宝蔵門
昭和39年に建立。コンクリート造り。
高さ22m、間口21m、奥行き8m



 左右には仁王像が安置されています。反対側には大きなわらじが奉納されています。その大きさは一緒に写っている人の大きさで想像してください。
 仁王門と呼ばれていたしたが、二層部分を宝蔵庫として国宝の法華経を所蔵したので宝蔵門と呼ばれるようになりました。
 大堤燈の底にも龍の彫り物がされています。
 本堂から見た宝蔵門 
 
上がる煙は大きな線香たて。ここにお線香をあげその煙で悪いところをさすれば治るといわれています。
膝をさする人、頭をさする人もいました。
(2003.7.27)
   


本堂
3代将軍家光が1649年に再建。戦災で焼失。
現在の本堂は昭和33年(1958)建立。

 
 ↓本堂外陣の天井画は川端龍子の「龍之図」、堂本印象の「天人之図」「散華之図」。
  

鳩ポッポの歌碑
 
 浅草寺の境内で遊ぶ鳩を見て東くめが作詩、作曲は滝廉太郎。歌碑には歌詞と楽譜が刻まれています。朝倉文夫の鳩の彫刻と本物の鳩がならんでいる。
*私たちが知っている「鳩ポッポ」とは違います。

平和の時計

二天門 (国の重要文化財)
元和4年(1618)東照宮随身門として建立
間口8.18m、奥行5.45m、高さ9.85m

 明治に入り持国天と増長天を祀ったので二天門と改称された。
画像左には久保田万太郎の句碑
竹馬やいろはにほへとちりぢりに

浅草寺六角堂 東京都有形文化財

江戸初期の建築と考えられる浅草寺境内で最古の遺構である。
木造、瓦葺。建物中央の直径1.82M。

 半七塚の碑 岡本綺堂の記念碑
 正岡子規句碑  観音で雨に逢いけり花盛り
浅草神社 
 推古天皇の御世、観音像を見つけ祀った3人を祀っている。三社さまの名で親しまれている。
 3代将軍家光が寄進した権現造りの本殿は、重要文化財に指定されている。
  
浅草寺の鮮やかな朱色に比べて落ち着いた色合いです。イチョウの黄葉に映えそうです。
   



  


      猿回しのお猿さんです。時間待ちをしている様子でした。
時の鐘
 江戸時代、人々に時刻を知らせるためつかれたのが時の鐘。
 鐘の大きさは、高さ2.12M、直径1.52M
 元禄5年(1692)8月、5代将軍徳川綱吉の命により改鋳し、費用は下総関宿藩主が200両を寄進した。
 昭和20年東京大空襲で火を浴びたが残り、当時の姿を見せている。鐘楼は焼け落ちたため昭和25年再建されたもの。
 除夜の鐘 信徒108名により打たれる。

      花の雲 鐘は上野か 浅草か      芭蕉

芭蕉の句碑

  文字は判読できませんでしたが、下に芭蕉の座像が刻まれているのは見えました。

  くわんをんの いらか見やりつ 花の雲

仲見世通り  江戸から続く老舗がびっしり並ぶ。朱塗りに石畳の仲見世通りは明治の面影が残るといわれています。

 仲見世の風情ができたのは、8代将軍吉宗の代、それまで茶店しか許されていなかったものを、物販店が並ぶようになりました。(将軍や身分の高い人がお参りする時は、屋根をはずせるようにするのが決まりでした。)
「雷おこし」 東京を代表するお土産。「名を起こす」「家を起こす」という縁起のよいお菓子。
「人形焼」  鳩、堤燈、雷様、五重塔の4種類。
おぼろ昆布を目の前で削ってくれるお店があります。おいしい!
扇子・うちわ・花かんざし・蛇の目傘・江戸玩具などを見て歩く。

『芋ようかん」 舟和

常磐堂雷おこし本舗 雷門のすぐそば

雷おこしを売っています。(現代風なピーナッツ味も○)
     

2階で軽い食事もできます。
         (ラーメンを食べました。500円)
雷門を目の前でみることができます。座敷もあります。

暮れ六つ

和食のお店ですが、夕方からあけるようです。


神谷バー
 建物も内装も、大正ロマンを感じさせる。帽子をかぶった老紳士、昼から生ビールを大ジョッキで飲む女将さんの姿も珍しくないのです。
 名物「電気ブラン」260円 
 名の由来は明治時代”電気”という言葉がハイカラで新しいものには”デンキ”をつけるのが流行っていたんですって。
 1Fビアホール、2Fレストラン、3F割烹


対照的な駅

東武線浅草駅
 デパートのマツヤの2Fから発車します。
日光行きの特急もここから出発進行です。
地下鉄浅草駅入り口

 

 2月
 3月
 4月
 5月
7月9.10日
 8月
10月
11月
12月
節分・福聚の舞
金龍の舞
白鷺の舞
宝の舞・三社まつり
四万六千日・ほおづき市
薪能・サンバカーニバル
金龍の舞・菊供養
白鷺の舞・時代まつり
羽子板市                
浅草寺金龍の舞 
 観音が現れたとき竜神が金鱗を輝かせながら舞い降りたところから奉納される。昭和33年観音堂落慶を記念して創始された。総重量80kg、頭の重さ11kg、長さ14.5m。8人の若者が棒で支え勇壮に舞う。3月18日、10月18日に奉納される。

針供養
  
 2月8日  裁縫の古い針を持ち寄り、豆腐の上に刺して供養する。本堂左淡島堂 
四万六千日 
 7月10日に観音様にお参りすると四万六千日お参りしたのと同じご功徳があるといわれた。元禄時代に始まった縁日だというがずいぶんお徳ですよね、仏縁を結ばせるための方便でしょう。

雷除けのお守り
 江戸時代には小豆色した「赤トウモロコシ」が雷除けのおまじないになると人気を集め、
7月9日10日の二日間だけ浅草観音の境内売られてきました。ところが明治の初め不作の年があり、店が出せなくなりました。そこで浅草寺は他家苦心挟んだ三角形のオフだが出され、これがありがたがれトウモロコシ屋は姿を消していきました。

ほおづき市 
 7月9日、10日。この四万六千日にあわせて開かれている。よしず張りのホオズキ屋250店が境内に立ち並び、ハッピ姿や浴衣姿の粋な姿で夜を徹してにぎやかな呼び声がひびいています。
鉢植えのほおずきを江戸ガラス風鈴とセットで2500円。宅配も0kです。

この人気のセンナリホオヅキは江戸川の鹿骨町で栽培されています。
 愛宕権現の本地仏の縁日で市がたっていました。この日も四万六千日に当るとされ、いつしか浅草にもホオヅキの市が立つようになり、かえって愛宕より盛大になりました。

 
 私が買ったお店では”浅草四万六千日”と書かれている木の札がついています。
だからこのお店にしました。
ちょっといいでしょ その家のおじいさんの手作りなんですって。だから大きさや厚さがいろいろなんです。

                   常磐堂雷おこし本舗 2パック入り500円也→

羽子板市
 12月17.18.19日 に市が立つ。立派な古典的な役者の押し絵羽子板をみることができる。