武田神社
![]() 甲府駅の窓口で地図をもらい武田神社へいきました。お盆の甲府はとても暑くウォーキングを楽しめそうにはありませんので、バスを利用しました。 |
![]() 標高2000〜3000mの南アルプスや奥秩父の山脈に囲まれた甲府。北の山裾には武田信玄が館を構えた。付近は城下町として栄え、武田氏の一族にまつわる神社仏閣が多い。また、野草も多く見られ、歴史と自然を楽しむウォーキングが楽しめる。 甲府駅北口から出発 サドヤ醸造所:レストラン、売店あり 大泉寺:武田信虎の菩提寺。黄檗様式の総門。 信玄火葬塚:信玄の病没は3年間秘密にされたため、複数の墓が生じた。この墓は信玄を仮埋葬し、のちに火葬したのが由来という。 武田神社:躑躅ケ崎と呼ばれる居城跡に建てられた。 信玄像は甲府南口 |
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◆由緒 武田晴信公は、大永元年石水寺要害城(社殿後方の山)
で生まれ、天文5年3月元服の折、将軍足利義晴公より一字を賜り、晴信と名乗った。 天文10年、父信虎公の後継者として甲斐の国主となり、天正元年4月12日、京に上る途中53歳で病死した。 晴信公は早くから兵法に通じ、甲州流の基を築き、世に信玄家法として知られる法度を定め、国内当時の基礎とした。信玄堤として今日に残る治水工事、産業開発、甲州金の鋳造などその功績は大きい。 人は城 人は石垣 人は堀 なさけは見方 仇は敵なり 大正4年、大正天皇即位に際し、従3位を贈られ、これを機として、社殿を造営、同8年鎮座祭が行なわれた。 例大祭は4月12日に行なわれる。 |
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躑躅ケ崎と呼ばれる武田氏居館跡に信玄を祭神と、大正8年に創建された。例大祭は信玄命日の4月12日。 武田氏関係の宝物や資料を展示する宝物殿、明治8年建築の擬洋風の旧睦沢小学校校舎などもある。 古井戸、水琴窟 武田神社社務所:甲府市古府中町2611 055‐252‐2609 |
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・躑躅ケ崎館模型 ・武田二十四将図 ・信玄公肖像 ・明珍信家咲く鉄小星形兜 ・太刀 銘「一」(重文)金蒔絵糸巻き ・甲州金 ・信玄鍔 ほか |