 |
朝、目が覚めて外を見ても
やはり日本ではありませんでした。窓を開けて思い切り深呼吸をしてみてもやはり日本ではありませんでした。活気に満ち溢れた
混沌とした空気が僕を包んでいるようでした。そんな異国の地「微笑みの国タイ」にいたるまでの道中はかなり長かったです。まず
僕の住んでいる福岡から神戸まで新幹線で行き、神戸に住んでいる今回のたびのメンバーでもあるナミの家に一泊した。そして翌朝
三宮からバスに乗り関空までいき、そこで落ち合うはずだった残りのメンバー、クロハン、ガコちゃん、ハマコーと合流した。そして
仁川空港経由でバンコク国際空港へ。途中仁川空港では五時間くらいの待ち時間があったため、結局神戸のナミの家を出て微笑みの国
に到着するま時間でにかかった時間は14時間くらいだったと思う。
|
| 旅の初日というものはいつもそうなのかもしれないが、目的地までの移動と、非日常に対する感動でおわった。
そして旅の二日目さらなる目的地「南の島」へと向かった。あまり観光地化されていないところがいいということで、バンコクから
東へバスを4時間くらい走らせたところにあるバンペーという村の沖に浮かぶサメット島がその向かう先となった。
サメット島に訪れる人は主にバンコクの若者らしく、道中僕たちの周りはほとんどタイ人だった。道中一緒だったタイの若者は、日本の若者と同じく
ほとんどの人が携帯電話を持ってるようで、時折電話をかけていた。タイの携帯電話は日本のものよりもずいぶん小さく
話口がほっぺたのあたりにある状態で話していたので少し違和感を覚えてしまった。別に携帯電話ばかり見ていたわけではないが、
そうこうしているうちにいつのまにか、バンペーからサメット島に向かう船は島に着いた。着いてみると、人間の手が少しは入っているが、
それでも青くてきれいな海が広がっていた。 |
 |
 |
このサメット島に僕たちは三泊四日滞在した。
滞在初日は、ウォンドゥアン湾に泊まった。島に着いたときが夕方近かったことや、その日が週末であったことから、
泊まる部屋がなく結局ベットが二つしかないコテージに5人で泊まった。エアコンがなく扇風機がひとつそして窓はあるがあけると
蚊が入ってくるそんなコテージだった。。。滞在二日目以降は違う湾(キャンドルライトビーチ)にあるコテージを借り、快適に過ごした。
このコテージにもエアコンはついていなかったのだが、海から吹いてくる絶え間ない穏やかな風が、エアコンがこの世に存在すること
を忘れさせてくれるような感じだった。キャンドルライトビーチは、本当に自由な感じで、みんなのんびりと時が刻々と刻まれている
様子を感じているようでもあった。 |
| 昼間僕たちは、一人一人が自分の気の向くまま何かをして(泳いだり、本を読んだり、釣りをしたり、昼寝をしたり。。。)
夜になるとみんなで海の家まで繰り出し、食べたり飲んだりした。海の家のママ?やおじさん、そしてそこにいる17くらいの
女の子と仲良くなった僕たちは毎日大宴会をしてしまい、おかげで二日酔いが連日続いた。。。確かに二日酔いで毎日つらい思いをしてしまったが、
それ以上に得るものはたくさんあった。海の家で働いている人とはもちろんのこと、海の家に来ていたタイの若者や、ドイツ人のお兄さんや
デンマーク人のおじさんとも交流することができたからだ。タイの若者とは、一緒に踊ることができたし、ドイツ人とは学校で習ったドイツ語を使って
コミュニケーションをとることができた。デンマークのおじさんは酔っ払ってたのでよくおぼえていない。。。そんなこんなで過ごした
サメット島とも別れを告げないといけない日がもちろん来るわけで、世の無常を感じながらも僕たちは島を離れた。ありがとうサメット
、また来るぜサメットと心の中で言いながら。。。 |
 |
 |
サメット島を離れた僕たちはバンコクへと戻った。
とりあえず何をしよう何をしようといってるうちに、日本食を食べに行くことになった。久しぶりの日本食
を堪能した後はバンコクの若者や世界中のバックパッカーが集まるといわれているカオサンどうりに向かった。手段は?もちろんトゥクトゥク
である。トゥクトゥクというものは原付の後ろに三人くらい人が乗れる座席が付いているものである。車のように窓などは付いていない。付いているのは
屋根だけである。だから、走っているときは、排気ガスの雲のなかにいるようで、息をするのがつらかった。ただ、これがバンコク観光の
醍醐味なんだと思うと気分は少しいいほうに向かい、トゥクトゥクを満喫することができた。カオサン通りは評判どうりのものであり
活気に満ちていた。そして夜に向かうにつれその活気もヒートアップしていったようなきがるする。
|
| ヒートアップしたその活気はほどほどに感じ、僕たちはホテルに戻り、久しぶりのエアコンのきいた部屋で
気持ちよくねむった。久しぶりということもあり本当に熟睡できた。目が覚めるともう次の日で、僕たちは朝食を済ませ
ホテルを出て、バンコクの観光へと向かった。サメット島であまりにも自由気ままな生活を送っていたせいか、それまでの旅での疲労が
たまっていたせいなのか大都会バンコクでの活動は、非常に疲れた。そんなわけでバンコクの観光はほどほどにして最後の宿泊先のある
パッポン通りへと向かった。 |
 |
 |
バンコク市内の観光といっても、実際に
あらたまって行ったところは王宮と国立博物館くらいでした。ただそのどちらも僕の想像していたタイのイメージを肯定したり、また
打ち壊したりといろいろな面を持っていたように思う。いずれにしてもそのどちらの施設も僕に強烈なインパクトを与えたこと
それは事実であると思う。 |
| パッポン通りという通りは東南アジア一の歓楽街ということもあり夜のその活気はすさまじいものだった。まるで、「昼の
パッポン通りが幻であるのでは」とおもうように。。。昼のパッポン通りの様子は下の写真のような感じであるが、夜になると道いっぱいに露店が連なり偽ブランド物のかばんから
アヤシイおみやげ物までさまざまなものが売られ、その道の両脇では風俗店や酒場のネオンがまぶしいように光っていた。
|
 |
 |
パッポン通りで一夜を過ごした後僕たちは日本へ帰る準備をしパッポン通りに別れを告げ
日本への帰路へついた。 |
| バンコク国際空港へは飛行機出発時刻より半日近く前に着き、いったん荷物を預け何しろ時間があるので、
再びバンコクの繁華街へもどった。みんな自由行動をしようということになって、僕はデパートがたくさんある地区へ行き、
お土産を買ったり、歩き回りタイの空気を思い切り満喫した。そしてみんなと再びおちあい、シーロム通りにある高級そうな
ホテルの中にあるレストランでタイの地における最後の晩餐をあじわった。 |
 |
 |
長いようで短かいタイ旅行はこのようにして終わった。
タイは想像以上に熱い国であり、そのエネルギーを十分に吸収することができたと思う。いつか再びタイを訪れたときにこのようなエネルギーを
吸収できるそんな国でいつまでもあり続けていてほしいと思う。。。。 |
TOP 