中華人民共和国⇒香港1998年3月4日〜1998年3月30日

                         

 『2度目の上海・1998年3月』

 中国への旅は今回が2回目。同い年の従兄弟のヤスと同行した。ヤスとは、小6の時に一緒にオーストラリアツアーへ行ったきり2回目の海外旅行同行である。前回の旅行ですっかり中国の虜となった私は、ヤスを誘ったのだ。打ち合わせの末、ノースウエストで上海in香港outのルートに決めた。

 3月4日、半年振りの中国。まずは、上海からスタート。夜の上海虹橋空港から路線バスとタクシーを乗り継ぎいざ浦江飯店(有名な、上海で数少ない安宿)へ。一人12元(1元=約15円)で着いた!前回、初めての中国旅行では、深夜の北京首都空港を出る瞬間に、無数のお迎え中国人の喧騒と、突き刺さるような視線、『こいつら俺らを狙ってる』的な感覚にビビって全身が萎縮したが、今回は難なくバスを見つけられ、まずは上々の滑り出しである!翌日、CITS(中国国際旅行社)へ列車の切符を買いに行った。そこでは、上海→武漢、武漢→成都、成都→重慶、重慶→昆明etcの区間を全て買いたかったのだが、上海→武漢のしかも硬座(hard seat・最下級座席)しかとれなかった、、、、。残りは全て現地調達である。中国旅行において列車の切符手配は最も重要なことの1つである。何せ、最長で4000kmを超える路線もあるほどの広大な国土を数十時間かけて移動するのである。時には車内泊、連泊だってする。それに、本数は1日に何本も走行していなくて、路線によっては1本だったりする。しかも、ライバルは15億人ともいわれる中国人だ!中国国内の旅行ブームで、主要路線では切符が取り辛くなってきている。一般の切符売り場において、こいつらは、並ぶことや譲ることを全く知らない。割り込みが当たり前である。長いこと並び待たされて、『やっと次は俺らだ!』と思っても何食わぬ顔して強引に割り込んでくる。弱肉強食というか、割り込んだもん勝ちである。加えて、站(駅)の服務員の大部分は感じ悪く無愛想で、カッタるそうに喧嘩腰で応対しやがる。「没有。」「没有??」「没有!!」(無いよ。無いの?無いって言ってるだろ!!)中国人の嫌なところの一つである、勤労意欲の欠如&喧嘩腰の態度と口調・顔つきでの接客である。彼等らにしてみれば、これが当たり前というか普通であり、まぁ慣れれば気にならないのではあるが、、。外国人旅行者にとって、中国の列車の切符手配は慣れるまでは至難の業である。また、限られた時間の中での自由旅行であれば、中国旅行の成功の鍵を握るとても重要な作業である。失敗すると予定が大幅に狂い、最悪行きたいところにすら行けなくなってしまう可能性もあるのだ。

 さて、今回の上海stayでは、前回の北京で見れなかった雑技団のショーを見に行くことが最大の目的であった。前日には無事チケットをget出来た。リッツ・カールトン・ホテル(もちろん5つ星ホテル)内にある上海商城劇院が会場である。60元の席はナ何と前から2列目であった!!しかも司会の女性が超美人だった。とにかく、人間離れした技の数々。圧倒された!!さすが中国人!恐るべし中国人!!もし、中国へ行った時は必見です!!(詳細はPhoto special をご覧下さい) ⇒すみません、まだ工事中です・・・・。

 

          上海・外灘(バンド)の夜景           有り得ない超技の数々!☆上海雑技団

           

 『上海→武漢』

 上海を後にして、次に武漢へと向かった。約23時間の長旅であった。硬座に乗ったのだが、最下級の座席とあって、人民(一般中国人)がやたらと多かった。駅に止まる度に乗客が増えていき、座席は狭いし、人民は多すぎるし、うざいし、寒いしー・・・・・。と悪条件が重なったので、硬臥(3段ベットの2等寝台) にup gradeしてもらおうと、車掌を尋ねた。何とか交渉して、空きがあった様なので、1人114元追加払いをして硬臥をgetした!これは大きかった。なにしろ、ベットで横になれて、プライバシーの空間を確保できるのだ。硬座、軟座、硬臥、軟臥と4gradeあるが、もちろん硬臥がベストである。この後にも何度か硬座→硬臥へのup grade することが出来た!そう、没有に屈してはいけないのだ。世の中そんなもんである。交渉次第で、何とかなることは多々あるものだ。 

 『地味な街、武漢』

 何はともあれ、無事武漢へ着いた。黄鶴楼や東湖を観光した。1泊2日したが、武漢の印象は、地味な街、であった。人々も静かであまり豊かではなさそうに見えた。天気が悪いせいもあって、いっそうそんな印象が強かった。でも、タクシーに4回乗ってみたが、運ちゃんは皆いい人だった。宿は1つ星の黄鶴飯店(T・178元)にした。黄鶴楼の最上階からは長江が望めた。また、チャイネー(中国の若い女性)には黄鶴楼記念メダルを作ってもらった。とにかく、中国入りしてから天気が悪く、毎日のように雨だった。特に武漢は寒くて(5℃前後)震えるほどで、体調は最悪であった。肯徳基(ケンタッキー)で紅茶を飲んで寒さをしのいだりしていた。

  

         黄鶴楼と長江大橋&列車            武漢市内の中心部らしき通り

 

  『四川盆地を跨ぎ成都へ』

 今度は無事に武漢→成都の硬臥がget出来た。約1700km・30時間の長旅である。加えてこの寒さ。硬座だったらと思うと、ゾッとした。車内では福建省の泉州出身の、22歳靴職人と、24歳の公安員と親しくなった。旅行で成都と桂林に行くらしい。2人とは、トランプをしたり談笑などをして親交を深めた。トランプはババ抜きと大貧民を教えたのだが、覚えが良く、挙句には大貧民で私が負けてしまった!ビールやチキンをもらったり、子連れの若奥さんがみかんやりんごをむいてくれた。途中站から次々に乗客が増えていき、いつの間にか我々の周りを囲んで和気あいあいと筆談が始まった。皆が我々と話したがっていた。何だか有名人にでもなった気分である。寒くて体調が思わしくなかったが、皆のおかげ(?)で回復した。

 車窓の外を見ると段々と高度が上がっていくのがわかり、地味〜な高原地帯を走り抜けていた。相変わらず天気はさえなかった。

 

      福建省泉州出身の2人組           途中站の安康にて。人民は食料を補給する    

                    

 

 

    成都站(時計下の広告は有名?な即席麺)             成都の街並み@

    

 

     成都の街並みA毛沢東像              平日の昼間から麻雀をする人民(王建墓にて)

   

 

麻婆豆腐発祥の地・陳麻婆豆腐店にて激食!

                               『由緒正しき都市・成都』

 成都站前は、広くて栄えていた。まずは、交通飯店へcheck in!(T・200元)見た目と違い、部屋は綺麗でバスタブ付きだった!成都は四川省の省都でありチベットへの玄関口である。(といっても距離はかなりあるが、、、)拉薩(ラサ)へ飛行機も出ているし、チベットへのツアーの起点でもある。 まずは、陳麻婆豆腐店へ行った。ここは麻婆豆腐発祥の地として有名な、ちょい高級なレストランである。早速、麻婆豆腐を食べてみると想像を絶する辛さだった!ナンと舌が痺れ麻痺したのである。(脂汗!!)四川盆地産の山椒がヤバいのか、生涯初めて、こんな辛いのと出会ってしまった!辛さは☆☆☆☆☆以上である!!目から口から火が出そうだった!恐るべし中国人。何食わぬ顔して、食ってやがる、、、。さすがである。恐れ入りました中国人と陳婆さんの麻婆豆腐っっ!!私はどうしても食べ切れなかった。(超激辛!!)

 成都では他に交通飯店のレンタサイクル(10元)で武侯祠(三国志関連を祭った所)杜甫草堂(唐代の詩人・杜甫が成都に住んでいた時の居所)なんかに行った。相方のヤスはすっかり武侯祠を気に入り、見入っていた。三国志を良く知らない私には、価値が分かんなかった。とにかく成都では晴れて良かった!!レンタサイクルでは中国人の洪水にまみれて人民に成りすまし、屋外麻雀を至るトコで見かけたし。何といっても成都は綺麗な街だった。ゴミも少なく、色んな所で掃除をしていたし、道路は整然としていて、流れる2本の河川も由緒正しそうだった。中国の都市はピンからキリまでといった感じで、それぞれ特色がある。その中で成都は上流な都市といってもいいであろう。こんな綺麗好きな都市は、今のところ見たことはない。

***かなりヤバかったので、モザイクしちゃいました・・・・。

                               

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