『ジャイプル経由で念願のタージ・マハルの地アグラーへ!』

 3月9日の深夜にジャイサルメールを発ち、ジョ−ドプル経由で翌10:30にジャイプル入りした。列車が到着する前に、貧しそうな子供の2人兄弟が強引な靴磨きや歌を歌うことによって金集めをしていた。我々にもルピーを求めてきた。車窓から景色を眺めながら、彼らの歌を聞いていると悲しい気分になってきた。 駅を出ると、相変わらずポン引きオヤジがウザい。適当にあしらって、オヤジから聞いたアグラ行きのバス切符の取り方を参考に、切符を買いに行った。(122Rs)その後空腹を満たし、ジャイプル市内を観光した。超有名な宮殿内のマハラジャの住まいが非常に豪華絢爛だった。ジャイプルはデリー・アグラを含め『黄金の三角地帯』と呼ばれるほど有名な観光地だが、宮殿や『ピンクシティ』と呼ばれる街中の建物くらいしか見所が無く、大したことはないと感じた。また、宝石が安く買えることで有名らしいが、そんなの興味ないし、ツアー客用な観光都市であろう。ボッタクリ等のトラブルも多いようだし。個人的にはそんな印象だ。

  

宮殿内のマハラジャの住まい。カラーで撮るべきだった・・  ジャイプル市内。通称『ピンクシティ』な建物

 17時のバスに乗り、23時頃アグラーに着いた。バススタンド近くのSakuraという地球の歩き方に載っていた宿に決め、(W200Rs)ホットシャワーを浴びて寝た。そういえば、この宿には『missing〜』という行方不明者に関するポスターが数名分壁に貼られていた。日本人も何人か貼られていた。インドではmissingになってしまう旅行者が結構いる。それを見てゾーーッとした。インド人に連れ去られたのか、または自らどこかへ潜んでしまったのか。ん〜何とも言い難いものだ。我々もそうならない様にと、身が引き締まる思いがした。

 翌朝、Sakuraを退室して、駅へバラナシ行きの切符を買いに行ったが、意外にもすんなりget出来た。(207Rs)駅からプリペードのリクシャを捕まえようとしたが、「ストライキだ!」とか何とか言われて、そこらのリクシャを拾うことにした。言い値の半額の50Rsに負けさせて、念願のタージ・マハルへ向かった。例の如く、リクシャマンが何度もホテルを紹介してくるが超シカトしてやっと着くことが出来た。奴らは異句同音に「グットホテル!」とかベーリーチープ!」とか言ってくるが、信じたら最後、まんまとボラれるのである。こいつはウザいことに、「遠回りしたから20Rs追加だ」とホザかれたが払う訳も無なく、タージ・マハルへ向け歩いた。まずは、タージ・マハル近くのSikanderという宿にcheck in してから行くことにした。この宿は、タージ・マハルに程近く、屋上からも見える位置にあり、お勧めしたい。値段も安かったはずだ。

『感動したっ!!タージ・マハル』

 さあ念願のタージ・マハルだ!大勢の観光客が周囲を取り囲む中、チケットを買いボディーチェックを受け、遂に入場した。いきなり壮大なタージ・マハルが目に入ってきた。感動した。何とも言えないオーラのようなものがあり、これまでとは違う雰囲気が素晴らしかった。綺麗だった。輝いていた。恐らく初めてであろう。旅をしていて建造物を見てジーンと感動して目が潤んでしまったのは。格が違う!何というか、不思議な魅力というか輝きというか。これは、実際に見た者でないと感じることの出来ない何かがタージ・マハルにはある。今まで何ヶ国、何十という観光地を旅したが、感動した!!という点ではタージ・マハルがダントツNo.1である。たっぷりと時間をかけ、写真を撮りまくった。多くのインド人や外国人もそうしていた。タージ・マハルを訪れる皆が幸せそうに見えた。インドでは、こういった場面も体験することが出来るのだ。

  

これが正面から見たタージ・マハル。背景の青空と  タージ・マハルの裏側。右端に警備員。床もピカピカ

白く輝くタージ・マハルが綺麗に映えている       で、ご覧の通りタージ・マハルはデカい!

  

白黒で撮影したタージ・マハル。いい味出てます。   翌朝7時頃、朝霧に包まれ何ともエキゾチック!

  

 朝霧タージ・マハル  Part 2               SikanderG・H屋上よりタージ・マハルを望む

 翌日は、6時半に起床し早速タージ・マハルへ向かった。中に入ると既に沢山の人々が朝日を待ちわびているようだった。朝日は残念ながらハッキリとは見えなかったが、朝霧が発ち込めていて、それに包まれるタージ・マハルは何とも言えない不思議な雰囲気をかもし出していて、とてもエキゾチックだった。また、タージ・マハル裏のヤムナ川にかかる川霧も凄かった。 タージ・マハルを後にし、部屋で仮眠をとった。目が覚めると、腹が痛くチョッとヤバめだった。これが後々大変なことになるなんて思いもしなかった。宿をcheck out してアグラー城へ向かった。ここもタージ・マハルと同様に金曜日は無料だった。

(ちなみにタージ・マハル入場料は当時15Rs。但し、日の出〜8時迄と、16時〜19時迄が105Rs。金曜日は無料であった。が、何と値上げが進み2003年現在で750Rsだそうだ。数年の間にゴッ、50倍になってしまたのである!!!!!詳しいことはよく知らないが、インドルピーの他にUSドルも取られたりするらしい。もし今度タージ・マハルを訪れても1回しか入れないだろうなぁ〜・・・)

 アグラー城に入ると猿がいたり、インド軍人予備軍学生風若者10人前後に囲まれた。適当に話をしたり、一緒に写真を撮ったりした。城内からは遠くタージ・マハルを眺めることが出来た。

  

 写真中央部に僅かタージ・マハルが見える  インド軍人予備軍学生風若者10人前後に囲まれた

                        

『事件発生!!列車強盗に遭遇っ!!!』          またいつの日かタージ・マハルを見たい!

 その後歩いて宿に戻り、同宿の人と、暗くなるまで夕暮れのタージ・マハルを眺めながら語っていた。21時過ぎに宿を去り、アグラー・カント駅へ向かった。22時前にバラナシへ行くために夜行列車に乗り込んだ。インドの列車はというと、無賃乗車はともかくスリ・強盗や睡眠薬強盗etcが多発しているらしく、現にインド人も荷物を大事そうに抱え込んだり、チェーンで手すり等に巻きつけたり、スーツケースなんかもダイヤルロックを施している。窓ガラスにはしっかりと鉄格子でガードされているのだ。今までの列車中では何のトラブルは無かった。しかし、デリーからカルカッタまでの路線、特にアグラー・バラナシ辺りが危険地帯とは知っていた。アグラーは途中駅ということもあり、既に多数の乗客が乗り込んでいた。我々はチケットを見つめながら座席を探していた。やっと座席を見つけだし着席した。が、A氏の様子がおかしい。ナ・何と、身の回り品用のバックが無いと言っている。一瞬耳を疑ったが、やっぱり無いようだ。2人で懸命に探したが見つかるはずも無く、カメラ・フィルム・ガイドブック等々・・・・・。を盗まれてしまった。確かに車内は人がゴチャゴチャしていて、何か殺気立っているというか嫌〜な雰囲気がしていた。怪しそうな奴もいたような気がする。すれ違い様か、ふとバックを置いた瞬間か・・・・。インド人の誰かにやられてしまった・・・。残念無念極まりない。写真好きのA氏にとって特にカメラ・フィルムが痛恨だ・・。

 その夜は、事件の同様のせいか騒々しいせいかあまり寝れなかった。

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