「津軽じょんから節の石碑に幽霊が」
昭和50年代初め、市内の南側を流れる浅瀬石川の『上川原橋』に、幽霊騒動が起きた。
『津軽じょんから節発祥之地』の石碑に、「髪にカンザシをつけた和服姿の女の人影」が車のライトに照らされて浮かび上がるのだ。
当時は連日連夜、見物人が青森市や八戸市などから押し寄せた。
石碑は、近所に住む老人が、上川原橋の下流70mほどの川岸から見つけた巨石だという。
石碑(2003.07.25)
奥に見えるのは国道102号線の赤岩橋。
【因縁話】
【じょんから節発祥の由来】
慶長2年(1597)2月、津軽藩の大浦為信の軍勢が浅瀬石城を攻めたので、この地は戦場になった。
同28日早朝、常縁和尚は主家の必勝を仏前に祈り続けていた。
そこへ軍勢が押し寄せ、乱暴を働くので、和尚は山伏姿になり応戦したが、多勢に無勢。どうすることもできなかった。
そこで、血路を開き、東の山根を目指して逃げ延びた。
追いすがる軍勢に孤軍奮闘したが、捕らわれる寸前に、白岩の断崖から浅瀬石川の濁流に身を投げた。
夏、川原で水遊びをしていた子供たちが、砂の中から変わり果てた和尚の遺体を見つけた。
村人たちはお墓をつくり、手厚く葬り常縁の墓と名づけた。
そして、この川原一帯を常縁川原と称した。
村人たちは、この川原に集まって供養をしながら、即興の唄をうたい盆踊りを踊った。
この時の唄が「じょんから節」であり、くどき節の発祥と伝えられている。
常縁川原もいつの間にか上川原(じょうがわら)となり、さらに「じょんから」と呼ばれるようになった。
人影の見えた向き

Copyright (c)2004 kibitaro<>
Since 02/02/2004, Last Updated 02/02/2004